「自己チュー」というと、否定的なイメージしか感じられないが、あえて肯定しているのが、本書「激動期でも食っていける 自己チューのすすめ」(秀和システム)である。

いったいどういうことだろうか、と読んでみると、意外な教訓に満ちた本だった。

「激動期でも食っていける 自己チューのすすめ」(永田雅乙)秀和システム

著者の永田雅乙(まさお)さんは、1976年生まれ。10代で「創作イタリアン」というコンセプトで初の店舗をプロデュースし、慶応義塾大学卒業後、フードビジネスコンサルタントとして活動している。

「永田ラッパ」の異名をとった映画会社「大映」の社長・永田雅一が曽祖父で、幼い頃から薫陶を受けた。著書に「あたりまえだけどなかなかできないサービスのルール」などがある。

「自己チュー」は本当に悪いことか?

「自己チュー」という言葉からは、「自己中心的な考え方をするヤツ」と思われがちで、ネガティブな使われ方をされている。だが、永田さんは、「自分を中心に置いて考えること」は本当に悪いことだろうか、と問題提起する。

飲食業界にかかわり、いろいろな人と仕事をしてきた体験から、「人の役に立てている人は、まず自分自身を満たしている」と断言している。つまり、いわゆる「成功者」の人たちは、ほぼ例外なく自分自身が満たされているというのだ。

もちろん、「自己チュー」と言っても、他人をないがしろにして、自分勝手に振舞えということではない。永田さんにとっての「自己チュー」とは、いろいろな人が存在する世界で、ちゃんと世界の中心に自分を置いて、何よりも自分を最優先にしていくことを意味している。

苦手分野を克服することを強いる日本の教育を批判し、自分の長所や得意分野を伸ばすこと、つまり、ポジティブな側面に目を向ける習慣づけをすることが大切だ、と説いている。その習慣づけには、3カ月あればいいという。

早起きでも、ウォーキングでも、ジム通いでも、語学の勉強でも、3カ月続けられたら、だいたいできるようになる。まずは、3カ月、自分のポジティブな側面に目を向けることを習慣づけよう。長所を見つけて伸ばすことにより、自分自身を唯一無二の存在に高めることができるのだ。

嫌われるのが怖い人こそ、「思い切り嫌われてみろ」

だからといって、無理にポジティブになる必要はないという。

ネガティブな感情にフタをする必要はない。そこで、大切なのは「俯瞰すること」だ。

ネガティブになっても、短時間で自分をいやして、ネガティブな感情を手放すことを勧めている。

AI(人工知能)が普及すると、人間の仕事が大幅に減る可能性が指摘されている。生成AIのChatGPTは、さらにその勢いを加速させようとしている。「自分らしさ」をいかに磨いていくかが、この先の世界を生き抜く武器になる、と強調している。

「自己チュー」がいい、と言っても、他人からいい人と評価されたい、人の目が怖いという人もいるだろう。そんな嫌われるのが怖い人こそ、「思い切り嫌われてみろ」と、逆説的な言い方をしている。

嫌われる練習として、こんな方法を勧めている。

「自分が参加している飲み会やお茶会がつまらないなと思ったとき、『ごめん、ちょっと仕事あるから、中座させてもらうね』などと、一応は上手に言っておくとしても、遠慮なく帰っちゃいましょう」

それでも問題になったことはないという。すると、「恐れている」ものの正体がたいしたことではないことに気づき、自分を中心とした思考が自然とできるようになるそうだ。

では、どうやったら、「自己チュー」で、自分ファーストに物事を考えるようになれるのか。

潜在意識の活用がコツだ。人間の脳は、自分でコントロールできない潜在意識が多くを占めているが、唯一、潜在意識の誘導に従えるのが「感情」だという。

日常生活の中で、飲み物や食べ物を直感で選ぶなど、自分の感情や感覚を大切にして、そこに意識を向けて自分らしく生きることが、「自己チュー」への始まりだ。

唯一無二のYouTubeが自信になる

永田さんは、2022年9月に、「永田ラッパ~食事を楽しく幸せに~」というYouTubeチャンネルを始めた。

台本がなく、その場でバンバン質問が飛んでくるが、質問者とのやりとりをしながら、ほとんどの質問にその場で答えている。そうしたライブ感が評判になり、「飲食店経営」のジャンルでは、「そこそこ」上位に表示されるようになったそうだ。

130本超の動画を公開しているが、登録者数や再生回数を気にせず、続けてきたことが良かったと振り返っている。YouTubeを続けていると、永田さんのチャンネルは他の同業者が真似できない内容だということがわかり、唯一無二感によって自己肯定感が上がったという。

「好きな分野で自分が発信できること、何年でも続けられる確信があることは、自分の自信にもつながっていく」と書いている。

YouTubeで成功しているタレントを見ると、安定して数字が取れている人は、自分のやりたいことを自分のペースでやっている。これが成功の秘訣だという。

アンチや世間から批判を浴びても、まわりには自分を支持してくれる人しか残らない。その結果、自分らしくいることが大変ではなくなり、自然体で振舞えるようになれば、満たされた気分を感じて、自分もまわりの人も幸せにできるようになるというのだ。

フードビジネスコンサルタントという職業柄、コロナ禍の影響は知り尽くしている。「家飲みで十分楽しいことに、多くの人が気づいてしまった」ことが大きいという。にもかかわらず、以前と同じ形態で商売を続けている飲食店が多い、と指摘している。

「コロナの影響を受けた3年間は、世界中の価値観を変えた3年間」で、我々は間違いなく大変革期に生きている。だから、企業も飲食店も個人も、これまでのやり方に固執していたら衰退するだけだ、と警告する。

意外なのは、必ずしも「数が多い」ことを良し、としていないことだ。それよりも大切なのは、「自分が何をやりたいか、お客様のことを考えているかということです」とも。

「自己チュー」になることによって、自分もまわりの人も笑顔になる。難しいことだが、「同調圧力」に弱い、日本人の生き方を変えることが求められているのかもしれない。

評者がふと思い出したのは、最近人気のミュージシャン・タレントの「あのちゃん」だ。自分らしさを貫くことが他者をも喜ばせる。いま、求められている才能だろう。(渡辺淳悦)

「激動期でも食っていける 自己チューのすすめ」
永田雅乙著
秀和システム
1650円(税込)