「がん征圧月間」期間中の2025年9月18日、「がん領域におけるSDM(協働意思決定)セミナー」が都内で開催された。
主催したのはメルクバイオファーマ。
セミナーの冒頭、メルクバイオファーム代表取締役社長のジェレミー・グロサス氏は「当社は一貫して『患者主導』を心掛けてきました」としたうえで、こう話した。
「そのプロセスを私たちは3段階にわけて考えています。まず、患者様や家族の声に耳を傾けること、次に患者・介護者組織とグローバルに協力し、治験や、ヘルスケアの優先事項に取り組み、社会的な不平等の解消に取り組むこと、そして、患者様が医薬品をより使用しやすくなり、健康になり、生活の質の向上に結びつくよう心がけています」
そうした企業であることから今回、SDM(Shared Decision Making)をセミナーのテーマに選んだのは自然な流れだろう。SDMは、まだなじみが薄い用語だが、「協働意思決定」と訳される。
このセミナーでゲストプレゼンテーションを担当したSDMの第一人者、中山健夫(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野)教授によると、「SDMとは、どうしていいかわからない時、相談して協力して一緒に悩んで決めること」と言う。
患者も医師も「後悔しない治療をともに考えて決める」SDMでシェアするのは「情報」「目標」「責任」の3つだと話す。
医師が医学情報だけで治療法を選択するのではなく、患者を「生活者」ととらえ、価値観、大事にしていること、好きなこと、仕事や家族への思い、生活に対する希望などもふまえて話し合うと、選択される治療方法は違ってくるという。患者も医師も同じ目標を見すえ、責任は押しつけあわず、後悔しない治療をともに考えて決める――これがSDMである。
比較されることが多いインフォームドコンセントは、医療者が専門知識や経験で、「よいとされる治療方法」がわかっていて、それを医師が患者に対して、十分に説明して正しく理解して納得し同意するというものである。しかし、がんなどのように、さまざまな病状がある場合には、最適な治療法は患者によって違ってくるのでSDMが必要になってくるのだ。
患者側の壁に「主治医以外からは情報が入ってこない」メルクバイオファームは、日本におけるSDMの「現在地」を調べ、さらにどのような課題があるのかを明らかにするため、「SDMに関する意識と実態調査」を実施した。
調査対象は、過去1年間にがん治療を受けた患者1000人、過去1年間にがん治療を受けたことがある患者の家族1000人、そしてがん治療に関わる医師200人である。
グロサス氏がまず紹介したデータは、「患者がSDMをどれだけ知っているか」。結果は79%が「SDMを知らない」。しかし知らなかった人の95.5%は、「医師と話し合った上で一緒に治療方法を決定したい」と回答している。では、何が壁になっているのか。
「主治医と話し合う際に、約4人に1人が、『知識や情報がなく何を話してよいのかわからなかった』ために、治療に関する意思決定に関わらなかった、と答えています。そう答える患者さんたちのがん治療の情報源を聞くと、33%は、『主治医以外で信頼できる情報源がない』というのです。つまり主治医以外からは情報が入ってこない。そこに大きな課題があることはあきらかです」(グロサス氏)「選択した治療の満足度が高いほど、SDM実施スコアが高い」
一方のがん治療にあたる医師の意識を聞くと、96%が「治療方法に関して、患者さんと一緒に意思決定することを心掛けている」と回答している。現状では患者と医師の間に意識や知識のギャップがあるだけで、将来的にSDMが実現する可能性が高いことを示している。
では、SDMを実施することで、治療満足度にどれだけつながるのか。SDMの実施状況を100ポイント満点でスコア化した「SDM実施スコア」を示しながら、グロサス氏はこう語る。
「選択した治療方法の満足度が高い人ほど、SDM実施スコアが高いことがわかりました。つまり、SDMの実施状況が患者さんの満足度と相関することがわかったのです。また、医師とのコミュニケーション満足度が高い患者さんほどSDM実施スコアが高いことがわかりました」
さらに、がん患者の94%が「SDMを実践することは重要だと思う」と答え、医師も92%が「SDMの実践により、より最適な治療法を提案できる」と回答している。グロサス氏はこう語る。
「患者さん、医師の両者にSDMを実践することへの強いコンセンサスがあることを示しています。理想的なヘルスケアを達成するために、SDMは患者さんにとっても、そして医療従事者にとっても重要なものだということがわかりました」
従来の「患者"中心"主義」から「患者"主導"」の医療へ――SDMという新しい医療が広がっていくことが望まれる。