「介護をしている家族は心身の健康を損なったり、仕事を犠牲にしていたりするなど多くの問題を抱えています。ところが、そんな家族に支援の手が及ぶことはありませんでした。

この条例が要介護者の影での存在であるケアラー(=家族などの無償の介護者)に光をあてるのです」

3月27日、埼玉県議会で成立した「埼玉県ケアラー支援条例」について、こう語るのは日本女子大学名誉教授で日本ケアラー連盟代表理事の堀越栄子さん。

全国初となる「埼玉県ケアラー支援条例」は、介護をしている人が個人として尊重され、健康で文化的な生活を営めるように、ケアラーが孤立しないように社会全体で支えることを目標としている。

現在、ケアラーについての実態調査が行われており、その後、介護者のための相談窓口の設置や休息施設の整備、経済的支援、就業機会の提供などの支援策が検討されていくという。

条例に関する有識者会議のメンバーでもある堀越さんが解説する。

「実態調査の結果を受け、計画を練り上げ、来年3月には基本方針と具体的支援策を定めるスケジュールで動いています。介護というと、中高年の女性が行う高齢者介護のイメージがありますが、ケアラーには男性もいるし、18歳未満の“ヤングケアラー”から100歳のケアラーまでいます。また2~3人と複数の人を介護している人、子育てと親の介護を同時にしている人など多種多様。当初、ケアラーの定義には、介護期間や継続してやっていることなどの要件がありましたが、間口を広げて、誰もが相談できるような体制にしたほうがいいという認識で、その要件は外されました」

埼玉県条例が定義するケアラーは、次のとおり。

《高齢、身体上又は精神上の障害又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他の身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他の援助を提供する者をいう。》(「埼玉県ケアラー支援条例」第二条一より)

厚生労働省の調査によると、介護者の約6割が同居家族だ。日本労働組合総連合会が’14年に行った要介護者を抱える家族に対しての実態調査によると、介護者の35.5%が要介護者に対して憎しみを感じたことがあると回答。認知症の人を介護している人にいたっては7割にのぼった。

家族介護に依存しない“介護の社会化”を掲げた介護保険制度がスタートして20年たつが、日本では、家族による介護殺人や心中事件は2週に1件の頻度で起きている。また介護離職者は年間約10万人いるが、その8割弱が女性だ。

現在、議論が進んでいる「ケアラー支援条例」では、どのようなサポートが行われるのだろうか。

今回の条例の有識者会議のメンバーでもある「認知症の人と家族の会」副代表理事の花俣ふみ代さんが語る。彼女自身も、姑の在宅介護を7年間したあと、実母の遠距離介護を5年間した経験がある。

「支援策として、1人で抱え込んでいる介護者にとって駆け込み寺のようなところを設置して、介護者が『がんばらなくてもいい』と言ってもらえる空間をつくることが重要だと考えています」

海外では介護者に対する支援を法律で明記している国が少なくない。次にあげた3カ国は、とくにケアラー支援の先進国だ。

■日本が見習いたいケアラー先進国の取り組み(※IACO supported by Enbracing Carers TM、「家族介護者支援に関する諸外国の施策と社会全体で要介護者とその家族を支える方策に関する研究事業」より本誌作成)

【全人口】

イギリス:6,643万5,550人
ドイツ:8,291万4,191人
オーストラリア:2,499万2,860人

【65歳以上人口】

イギリス:1,216万5,557人
ドイツ:1,779万8,089人
オーストラリア:391万4,673人

【65歳以上の割合】

イギリス:18.3%
ドイツ:21.5%
オーストラリア:15.7%

【ケアラーの数】

イギリス:650万人
ドイツ:320万人
オーストラリア:265万人

【ケアラーの定義】

イギリス:無償で長期にわたって、身体・精神的な疾病・障害、また高齢にともなうケアの必要によって、家族や友人、その他の人を世話している人

ドイツ:介護保険で要介護者と認められた近親者を、通常は週に2日以上、かつ合計10時間以上介護している

オーストラリア:障害のある人、医学的状態、精神疾患、または加齢による身体の衰えのある人々に対し、身の回りのケア、手助けもしくは援助を提供する人々

【現金給付】

イギリス:日本円で週約9,000円(介護者1人当たり。収入要件あり)

ドイツ:在宅ケアの場合、月約4万~11万円を要介護度に応じて介護を受けている人に支給

オーストラリア:介護のため就労できない単身者の場合、約10万円を支給

【介護休暇】

イギリス:介護のためにフレックスタイム、休暇および休職を要求できる

ドイツ:最長2年の介護休暇の権利。緊急に介護が必要な場合は最長10日、終末期ケアとして最長3カ月の休暇

オーストラリア:年間10日間の有給の介護休暇に加え、無給の「2日間休暇」やケガや病気を負った場合「2日間特別休暇」など

【保険・税制】

イギリス:現役世代のケアラーでも、基準を満たせば、公的年金を受給できる

ドイツ:収入減には無利息での貸付け制度。ケアラーには労災、年金、失業、疾病、介護保険が適用

オーストラリア:介護者給付、介護者手当は非課税

【その他の支援】

イギリス:夜間の見守りサービス、教会、病院、美容院、映画などへ行く時間などの休養プログラム

ドイツ:介護技術を学べる無料講習や介護者同士の交流の機会の提供

オーストラリア:カウンセリング、デイサービスや宿泊付きの施設利用などケアラーの負担軽減サービス

これら“先進国”から学ぶことは多いと、花俣さんが語る。

「ケアラーが孤立しないように、また苦しくなったり疲労困憊したりしたときに、いつでも休息が取れるなど、さまざまな支援で支えているのが特徴です。

各国のような現金支給の導入も議論されていいでしょう。ただ、それだけでは家族介護の固定化につながるので注意が必要です」

最後に堀越さんが語る。

「ケアラー支援は、よい介護をするための支援ではなく、介護者自身の人生の支援。この埼玉県の動きが国全体にも波及してほしい」

「女性自身」2020年9月8日 掲載

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