“人生100年時代”を迎え、多くの人が長生きできるようになったのはありがたいが、“長生きリスク”が伴うことになる。特に気をつけたいのは認知症だ。

’25年には、高齢者のじつに5人に1人にあたる約700万人が認知症を発症するともいわれ、年々増える傾向にあるという。

介護が必要になり、長生きするほど老後のお金はかかってくる。家族や本人が認知症を発症するとその費用はさらに大きくなり、同時に認知症にかかった人の資産が凍結するといった事態も生じることになる。

こうした“認知症になったときに直面するお金のリスク”について、一度きちんと考えて、いざというときに慌てることのないようにしておきたい。

■役立つ「制度」を活用する

認知症になる前に親の資産を管理する方法には、成年後見制度の「任意後見」と「家族信託」、「日常生活自立支援事業」などがある。

任意後見は、子どもなど信頼できる相手を元気なうちに後見人として選んでおき、認知機能が低下したときからさまざまな手続きを任せる制度。後見人の不正をチェックするため、弁護士などが監督人になる。預金の引き出し時の証明は不要になるが、後見人から監督人に定期的な報告が必要となる。

さらに、監督人には月1万~2万円程度の報酬を、親が亡くなるまで支払い続けなければならない。

「ランニングコストがかかるうえ、監督人への報告する手間や、一度始めたら途中でやめられない、といった点から、任意後見はあまり普及していません。その代わり、認知症の人の財産への備えとして『家族信託』を利用する人が増えています。家族信託は、元気なうちに財産などの管理を家族に託しておく制度。

利用するときには、財産の管理を託す親が『委託者』になり、家や預金の一部など信託財産を決めます。財産を預かり管理をする子どもが『受託者』、信託財産から生活費などを受け取る親が『受益者』となり、委託者と受託者の間で信託契約を交わします」

そう話すのは、認知症高齢者などの問題に詳しい、司法書士・行政書士の元木翼さん。成年後見制度と違い、家庭裁判所に提出する書類はなく、相続に詳しい司法書士などが書類を作成し、公証役場で信託契約を公正証書によって交わし開始するのが一般的。毎月の費用は不要だが、契約書を作成する際に司法書士などに払う初期費用(相場は信託財産の1%ほど)が必要。このほか公正証書を作成する手数料も必要だ。

「たとえば、夫に先立たれて、将来自分が認知症になるかもしれないという一人暮らしの高齢女性のケースでは、女性が委託者で受益者、子どもを受託者として設定します。認知症になってからは、生活費や医療や介護費の支払いは、子どもに信託財産から払ってもらいたいと思っています。また、ある程度認知症が進んだら、自宅を売却したお金で施設に入りたいという希望を持っていました。手続きの順序としては、(1)親が持っている資産のすべてを洗い出したうえで、使う目的を明らかにします。(2)司法書士などの専門家が、家族と話し合いながら契約書を作成します。(3)その後、金融機関で『信託口口座』を開設して、信託財産を移します。また、不動産の登記も変更します。

(4)委託者と受託者が公証役場に行き、公正証書を作成、そこで家族信託が成立します」

受託者である子どもが不正を行っていないかチェックするための監督人を置くケースもあるが、その場合は毎月の報酬を設定する場合が多い。

「本人が亡くなったら信託財産はあらかじめ信託契約で定めた人に承継されます。子どもがいない人が自分の甥、姪に遺したいという場合は家族信託に自分の意思を反映させられます。認知症になってからどのような生活を送りたいのか、といったことも含めてご家族で話し合っておくことが大切です」

信託銀行などの金融機関では、認知症になってもお金の取引ができるサービスが次々と登場している。

【三菱UFJ信託銀行】

〈商品名・つかえて安心〉:200万円以上預けると、認知症になった本人に代わって代理人がスマートフォンのアプリを使いお金を下ろせる。使い込みを防ぐために、事前登録をした別の家族にもアプリで知らせる。

〈商品名・みらいのまもり〉:1,000万円以上預けると「有料老人ホームなどの入居一時金」「1件あたり10万円以上の医療費」についてのみ払い出しができる。現金での払い出しはできない。

【みずほ信託銀行】

〈商品名・認知症サポート信託〉:500万円以上預けると、認知症になったときに介護費などを、直接銀行が支払ってくれたり、立て替え分を本人の口座に振り込んでくれたりする。

【三井住友信託銀行】

〈商品名・安心サポート信託〉:金銭信託型を選び3,000万円以上預けると、老人ホームの入居費用などの支払いを代行してくれる。本人の生活費や孫の教育費用など、用途は柔軟に対応している。

「判断能力が低下したとき、高齢者施設への費用の振り込みをするタイプもあるように、用途が限られているものもあるので、親の目的に合うのかどうか、代理人になる子どもと一緒によく相談してから契約したほうがいいでしょう」

また、認知症に備える保険といえば、認知症と診断されたときに一時金がもらえるタイプと、徘徊中などでのケガなどに対して給付金が支払われるタイプがある。

「認知症になったときに給付金がもらえるタイプは若い人が将来に備えるのであれば保険料が安いのですが、高齢者が加入すると高いことがあります。他人にケガをさせたり、物を壊したりして法的な賠償責任を負った場合などに補償される『個人賠償責任保険』に加入しておくと安心です」

「個人賠償責任保険」はクレジットカードに付帯して、数百円程度で加入できるものもあるが、最近の自治体では、認知症高齢者が事故を起こした場合の賠償金を自治体が肩代わりする救済制度を導入している。

■個人賠償責任保険を導入している主な自治体

〈青森県むつ市〉:「むつ市認知症SOSネットワーク(おかえりネット)」の登録者
〈福島県田村市〉:「高齢者おかえり支援事業」の登録者
〈神奈川県大和市〉:「はいかい高齢者等SOSネットワーク」の登録者
〈東京都中野区〉:在宅で生活している65歳以上など
〈愛知県大府市〉:「おおぶ・あったか見守りネットワーク」の登録者
〈愛知県刈谷市〉:「行方不明高齢者等SOSネットワーク事業」の登録者
〈福岡県久留米市〉:「久留米市高齢者あんしん登録制度」の登録者で、日常生活自立度2a以上など
〈佐賀県吉野ヶ里町〉:「吉野ヶ里町認知症見守り台帳事業」の登録者で、日常生活自立度2a以上など
〈大分県豊後大野市〉:「豊後大野市徘徊高齢者等SOSネットワーク」の登録者で、日常生活自立度2a以上など

こうした制度は全国に広がっているので、親が住む自治体の制度を確認してみよう。

編集部おすすめ