《性加害・性暴力・二次加害が、当事者だけの問題ではないと広く認識されることを私たちは望んでいます》
《映像業界における性加害・性暴力を可視化し、撲滅するための実態調査に加え、しかるべき第三者機関の設置が必要であると考えます》

4月27日、『映像業界における性加害・性暴力をなくす会』が結成にあたり声明を発表した。

映像業界で起こっていた性加害が相次いで明らかになっている。

3月9日、“女性の性被害”に焦点を当てた映画『蜜月』で監督を務めた榊英雄氏(52)が女性たちに性行為を強要していたとの報道が。続いて俳優の木下ほうか氏(58)や映画監督の園子温氏(60)、さらに映画プロデューサーの梅川治男氏(62)といった面々の性加害疑惑が被害者の声とともに伝えられることとなった。

映像業界と性暴力の問題が波紋を呼ぶなか、是枝裕和氏や西川美和氏といった監督らは3月に『映画監督有志の会』を結成。ハラスメント防止に向けた提言書を日本映画製作者連盟に提出した。

有志の会は提言書で、映連に対して「労働環境保全やハラスメント防止に向けた明確な改善策を打ち出す社会的責務がある」と指摘。それを受けて、映連は「暴力やハラスメント対策を検討している」と明かしたが、有志の会は「取り組みは評価するが、具体的な施策や実施時期が明記されていない。引き続き提言、協力を行っていきたい」とコメントした。

有志の会が映像業界に具体策を求めているのに対して、『映像業界における性加害・性暴力をなくす会』は“被害者目線で”というスタンスをとっている。なくす会を構成するのは、性暴力の被害者とその支援者だ。そして、声明には「声をあげることは容易ではなく、これまで私たちはそれぞれの不安と葛藤の中にいました」と綴られている。

なぜ、有志の会とは違う方針をとることにしたのだろうか。そこで本誌は、なくす会のメンバーであり、映画『蜜月』の脚本家である港岳彦氏に話を聞いた。

■声明を作成することで、性暴力問題の“複雑さ”を知ることに

まず結成の経緯について、港氏はこう語る。

「なくす会は『蜜月』のカメラマンの早坂伸さんや、俳優の石川優実さんを中心にして結成されました。

榊氏の件あたりから、早坂さんと石川さんのもとに次々と被害報告が寄せられたそうです。しかも、榊氏のケースだけではありません。2人は映像業界における様々な性被害を目の当たりにしたことから情報収集し、被害者とのやりとりも重ねていくことに。そうするうちに『何か声明を出すべきではないか』となり、会が結成されました」

会には4月、『図書新聞』の連載「シネマの吐息」で榊氏の性暴力を実名で告発した女優・睡蓮みどり氏も所属している。

「睡蓮さんは『週刊誌報道で他の被害にあった方々の存在を知り、黙っていることができなかった』と話していました。彼女も長らく性被害の経験に苦しんできた女性の1人。ただ、あのやり方では彼女の立場が危うくなってしまう可能性もあります。そこで早坂さんが『1人で戦うより、連帯しませんか』と連絡を取りました」

なくす会の声明は、2000字以上にもわたる。そこには、こう綴られている。

《制作スタッフにおける性加害・性暴力の事例もあとをたちません。

上下関係や会社間のパワーバランス、ジェンダーギャップなどを背景に、加害側の横暴を許す制作体制がパワハラを生み出し、その延⻑線上に性加害・性暴力が起こります》
《極端な過労と睡眠不足によって、気力も体力も失われているところに加害者がつけ込むなど、劣悪な労働環境が性加害・性暴力の温床ともなっているのです》
《加害が明らかになった後でも、加害者がその立場を失うことなく起用され続けることは、加害を擁護することに繋がり、その二次加害によって被害者の回復は妨げられます。加害者と利害を共有することの責任についても、無自覚ではなかったでしょうか》

この声明を作成するにあたり、港氏は性暴力問題の“複雑さ”を知ることになったという。

「声明は1ヵ月半ほどの時間をかけて作られたものです。会には性被害の当事者が集まっています。そして皆さんそれぞれの苦しみを抱えている分、文言に対して『この言葉は認められない』や『その言葉を使って欲しくない』など多くの意見が集まりました。

そのため、どんどん内容が変わっていき、文章量も増えました。“被害者”と一口に言っても、そのケースは様々なんです」

■俳優だけでなくスタッフも被害にあっている

多様な被害者がいることを知った港氏は、「自分の思い込みに気付かされることもありました」と明かす。

「脚本家は、現場との接点がそれほど多くはありません。ですから会を始める前、僕には『業界内での被害当事者は俳優たちばかり』という思い込みがありました。しかし、なくす会で話を聞くうちに、スタッフもひどい目に遭っていると認識することができました。

多くは女性ですが、男性が被害者になるケースもあります。会が結成されていなければ、気づかないままだったのかもしれません」

港氏は「なくす会には、被害当事者と支援者が参加しています。

両者が集まっているからこそ、被害者が声を上げやすい環境作りに貢献できるのではと考えています」といい、こう続ける。

「声を上げる当事者たちは、それだけで大変な思いをしています。ですから、それ以上の活動を押し付けるべきではない。映像業界から性暴力をなくすためにできることは、むしろ支援者が積極的に行うべきだと思います。

また我々は、『被害者は必ず声を上げなくてはならない』とは考えていません。被害者にはそれぞれの事情があるためです。

この会は『被害を受けた人たちがこの業界をどうしたいと考えているのか』と被害者ファーストで、映像業界における性暴力の問題に取り組んでいきたいと考えています。なくす会の存在が、立ち上がった被害者や声を上げることのできない被害者、それぞれの心の支えになればいいと思います」

■いまだ、映像業界の権威である日本映画監督協会は全く動かない

最後に、港氏は会の目標についてこう語る。

「次のステップは要望書を映像職能連合に持っていくことです。映職連には撮影や編集、録音や記録といった映像制作に携わる全パートの協会が集まっています。

是枝裕和監督らの映画監督有志の会は要望書を映連に持って行きました。また今は映像業界だけでなく、演劇や出版といった業界でも性暴力をなくすための団体が次々と生まれています。

色々な角度から性暴力の問題に関して提起することが重要ではないでしょうか。それぞれの視点で活動しつつ、連携していければとも考えています」

また、なくす会は映像業界で性被害を受けた時の相談窓口や、勉強会の機会も作っていきたいという。

「『蜜月』以降、映像業界での性暴力が相次いで注目されました。でも、映像業界の一応は権威であるはずの日本映画監督協会は全く動こうとしません。これほど性被害を訴える声が相次いでも、声明すら出さないんです。

韓国では性暴力の問題が起きたとき、初代共同代表の一人をパク・チャヌクが務めたことで知られるDGK(韓国映画監督組合)が即座に声明を出し、性暴力防止委員会を発足させ、専門家による性暴力防止レクチャーを監督たちに受けさせたと言います。

日本の古い世代の監督たちには、映像業界で起きている性暴力事件の告発の重大さがわかっていないし、異常事態だという認識がないんです。このが早く通り過ぎてくれないかと待っている節すらある。現実に被害者がいるという重さがわかっていない。今わからないのなら永遠にわからないでしょう。

だから『動かないんだったら別にいいよ』というスタンスでいいのかなと思います。問題点に気づいた人たちが動けばいい、と。

この業界が改善するまでに長い道のりが待っているかもしれません。被害者の声に寄り添いながら、なくす会を進めて行きたいと思います」

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