「6月13日から天皇陛下と雅子さまがオランダとベルギーを歴訪されます。両陛下と両国の国王夫妻とはご親交も深く、このたびのご訪問でさらに絆が強まることでしょう。

両国では歓迎式典や晩餐会のほかにも、戦没者慰霊碑への拝礼も調整中で、“戦争”について天皇陛下がどのように言及されるかも注目されています」

そう語るのは宮内庁関係者。

いまでこそ“親日国”のイメージがあるオランダだが、かつて戦火を交えた悲劇の歴史がある。

欧州王室に詳しい駒澤大学教授の君塚直隆さんはこう話す。

「日本とオランダは、第二次世界大戦中に、旧オランダ領東インド(現在のインドネシア)を巡って戦いました」

侵攻した旧日本軍は占領地で軍人4万人、民間人9万人の約13万人のオランダ系住民を収容所に抑留。その占領期間中に強制労働や病気などで約2万人が亡くなり、慰安婦として働かされたと戦後に訴え出た女性たちもいた。

「収容所での劣悪な待遇も尾を引き、生存者や遺族たちの反日感情も強かったのです。’71年に昭和天皇がオランダを訪問した際には、車列に魔法瓶が投げられるほどでした。

また’91年に海部俊樹首相がオランダのハーグで、日本占領期の犠牲者を追悼するために建立された慰霊碑に供花したときのことです。その数時間後に、抗議する人々が花輪を慰霊碑のそばの池に投げ捨てたのです」(前出・君塚さん)

そんな状況のなか、’00年にオランダを公式訪問されたのが上皇さまと美智子さまだった。

「日本とオランダの交流400年という節目でしたが、緊張感に包まれていました。上皇ご夫妻は、国家的な追悼行事も催されるハーグでの慰霊碑への供花をお考えだったそうです。

しかし根強い反日感情も考慮し、アムステルダムのダム広場で第二次世界大戦の犠牲者のために建てられた戦没者記念碑に供花されることになったのです」(前出・宮内庁関係者)

■26年前は物々しい雰囲気のなかで拝礼を

上皇ご夫妻の供花は、武装した兵士たちがデモや暴動に備えて周辺で目を光らせる物々しい雰囲気のなかで行われた。

ベアトリクス前女王が付き添っていたが、これは異例のことで、上皇ご夫妻のオランダご訪問を成功させようと前女王自らが提案したという。

「この供花の数時間後に、同じ場所で元捕虜や遺族による抗議活動が行われたことは、日本ではあまり報じられませんでした」(前出・君塚さん)

供花で上皇ご夫妻は、1分以上も頭を下げて黙祷された。そうしたお姿や、上皇さまの被害者たちを思いやる晩餐会でのスピーチなどにより、オランダ国民の反日感情はある程度和らいだのだ。

それから26年、天皇陛下と雅子さまは、日本とオランダの友好のために、“さらなる一歩”を進めることをお考えだという。

「両陛下はハーグにも足を運ばれる方向で調整が進められています。そして両陛下は、上皇ご夫妻が果たせなかったハーグでの拝礼を望まれていると伺っています。日本が引き起こした痛ましい戦争の記憶とも、向き合われようとしているのです」(前出・宮内庁関係者)

4月29日に挙行された「昭和100年記念式典」に両陛下が臨席されたのち、宮内庁は次のようなお考えを公表している。

「両陛下は歴史から謙虚に学び、終戦以来人々のたゆみない努力により築き上げられた平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれていた」

天皇陛下と雅子さまは“たとえ悲劇的な歴史であっても目を背けずに真摯に向き合い、将来の平和のために努力を続ける”ことを宣言されたのだ。

前出の君塚さんもこう話す。

「欧州ご訪問に向けて、オランダの元捕虜や遺族団体などとの話し合いが持たれていると思います。大きな反発がなければ、ハーグでのご供花も実現するのではないでしょうか。

オランダでは議会も訪れられるそうですが、陛下に戦争を振り返り、平和を訴えられるスピーチをしていただければ素晴らしいことです」

ご出発まで、あと3週間ほど。

天皇陛下と雅子さまは、“平和を希求する旅”への準備を続けられている。

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