地方に暮らす、40代独身女性にお話をうかがうシリーズ、3回目は富山県在住のカスミさん(42歳)。現在、生まれ育った家に母親とふたりで住んでいる。
「ウチは4人家族で、父と、専業主婦の母、それから年子の姉とこの家で暮らしてきました。姉が生まれる前に建てたので、築44年。
カスミさんは自室にある、モスグリーンのソファに背を預けて、インタビューに答えてくれた。そこここに、センスが光っている。都市部の人が見たら「田舎の古い家でこんなふうに暮らしてみたい」と憧れそうだ。
家を出るには理由がいる
しかし母とふたりで住むには、広すぎる。山間部で冬になれば雪が積り、不便も多い。カスミさんの胸にある、家を出たいという想いは強まったり弱まったりすることはあっても、消えたことはない。“土地柄”というのは数値では示しにくいものだが、富山の“家に対するこだわり”は統計にも表れている。同県は持ち家率が77.5%と非常に高く、全国2位。
ひとり暮らしの経験
それゆえ多くの人の意識に、「結婚したら実家を出て、家を建てる」というライフプランが刷り込まれている。逆にいうと、結婚するまでは実家を出る必要がないことになる。「ひとり暮らしをしたことはあるんです」と、カスミさんはつづける。
「母はいまで言う“毒親”。当時はそんな言葉なかったのですが、私の子ども時代は、瞬間湯沸かし器のようにすぐ怒る過干渉な母の顔色を常にうかがい、気の休まらない毎日でした」
そこで地元の短大に入学した姉が、「アンタは、この家から出たほうがいい」と助言してくれた。
進学校に通っていたカスミさんは「4年後には必ず帰ってくる」「公務員になる」を条件に京都への進学と、ひとり暮らしの許可を両親から得た。
カスミさんは約束を守り、新卒で地元の役所に就職。教育関係の業務を担うようになって今年で20年目になる。
結婚した後も手元に置きたい
職場は実家から車で10分。時間には余裕があったので、ヨガやフラワーアレンジメントなど趣味にも精を出した。結婚するまでの自由な時間を楽しみたかった。母親は、カスミさんが就職するやいなや、どこからそんなに集めてくるのか、たくさんのお見合い話を持ってきた。
「私はお見合い相手にはウケがいいんですよ。次女で、仕事もカタい。母もそれをわかっているのか、肩書きのある人ばかりすすめてきましたね」
相手とその親から望まれても、母親がいくら推しても、カスミさんは、交際を固辞した。
「母親の敷いたレールには乗りたくなかった。何がイヤって、近隣に住んでいる人ばかりなんですよ」
賃金の低さからくる消極的な選択
富山は車社会で、2時間もあれば近県にも足を伸ばせる。しかしカスミさんの母が想定していたのは車で20分程度の地域に住む人ばかり。結婚しても手近に置いておきたい、そんな意図を感じた。日本では、都市部でも地方でも「結婚するまでは実家で暮らすもの」という考えが一般的で、特に未婚の女性は男性に比べると親との同居率が高いことがわかっている。
ちなみに40代にかぎっていうと、未婚の子どもが親と同居している率は富山県が全国1位。先述した持ち家率の高さと、決して無関係ではないだろう。
「地方はどこも同じだと思いますが、富山はお給料が安いんです。そのぶん物価も低いんでしょうけど。長く勤めても賃金は上がらないし、転職する人も少ないから、いきなり収入が増えることも考えにくい。だから親から『ひとり暮らしするより貯金しなさい』といわれると、それもそうだと納得してしまうところがありました」
しんどいと思いながらもつづく、実家暮らし。友人から「親のことが本当にイヤなら出るはず」と言われると、責められていると感じてつらかった。理屈はわかる。でも、親のこと家のこととなると、簡単には割り切れない要素がいくつも重なってくる。
そんななか、姉が家を出た。
苦しすぎた灰色の30代
それ以降も姉は何かあれば帰ってきてはくれるが、カスミさんはますます親と家の重みを感じるようになった。「もう無理、出よう! とやっと決心したのが、30歳目前のとき。そのタイミングで父が倒れてしまって……あーあ、これで家にいなきゃいけなくなったなと思いましたね」
やがてコロナ禍がはじまり、カスミさんは職場と家と、父が入院する病院を行き来するだけの日々に入る。毎日が息苦しかった。カスミさんが40代を迎えて間もなく、父が他界した。
父を見送り、母とふたりの生活がはじまった。水面は、常に見えている。でもそこまで浮上できない。息継ぎができず苦しいのに、もがくほどに沈んでいく。
シングル女性の居場所がない
「友だちの多くは20~30代で結婚して、いまは子育て真っ最中。会いたくても予定を合わせづらいし、行く場所もない。せいぜい休日のランチかな。ひとりで出かけるのもイヤではないのですが、知り合いと会うかもしれないので……」これは、カスミさんの自意識が過剰というわけではないだろう。都市部では出かける先が無数にあるが、地方では人が集う場所がある程度、決まっている。それから、とカスミさんはつづける。
お話している最中、カスミさんは何度も「都会はいいですね、他人に関心がなくて」とつぶやいた。都市部には都市部の苦労があるし、他人への無関心がもたらす弊害も多い……なんてことは、カスミさんだって言われなくともわかっている。それでも地元の人間関係の息苦しさから、ついそう思ってしまう。
カスミさんは、服を買うのが好きだった。インタビューの日も、人気ブランドの赤いカーディガンが似合っていた。20代のころは、東京に買い物に出ることもよくあった。
好きな服を買うだけなら、いまだとネット通販で十分事足りる。
「でも実際にモノを見て、触っていないから、買い物の勘がにぶってしまうというか……あれ、人生の楽しみってどうやって見つけるんだっけ、って感じです」
結婚出産はしたいけれど
そんなカスミさんは、これからの40代半ば~後半の人生をどう考えているのか。「子どもを産んでみたい、とはずっと思っていたんです。年齢的に厳しいのはわかっていながら、まだ心のどこかで可能性はゼロではないと思ってしまうところがあって。マッチングアプリもやってみましたよ。地元だと、知り合い以外の人と出会うにはそれしか方法がない。でも、話が通じない人や“ヤリ目”の人ばかりでした。私は私で、毒親育ちゆえに人の顔色を見るクセがあって、恋愛が下手ですし」
「先日、母の口から『結婚しても、一緒に住んでよ』『私を食べさせて』と言われたんです」
カスミさんは小さく身震いする。最近、母親の体調が思わしくない。本人も不安なのだろうとカスミさんは推察するが、結婚して子どもを産み、働きながら子どもを育て、さらに親の面倒を見る……すべて求められるとなると、自分の人生は誰のためにあるんだろうと思わされる。
考えたくない、直視したくない現実
そして、生活に安心できるほどの預金も無い。「最初の話に戻りますが、ご近所からは『お母さんのこと、見捨てたらいけないよ』といわれます。わりと近くに親戚の家が何軒もあって、私自身は交流があるのですが、母はその短気な性格から嫌われているのでサポートは期待できそうにないんです」
遠方に住み、現実を目の当たりにしなくていい姉夫婦の気楽さがうらやましい。
「気が晴れないんですよね」とため息をつくカスミさんに共感する、40代独身女性はきっと全国にいる。
<取材・文/三浦ゆえ>
【三浦ゆえ】
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。