新卒から18年半、テレビ朝日のアナウンサーとして、報道、スポーツ、バラエティなど多岐にわたる番組を担当してきた大木優紀さん(45歳)。

 40歳を超えてから、スタートアップ企業「令和トラベル」に転職。
現在は旅行アプリ「NEWT(ニュート)」の広報を担当。さらに2025年10月には、ハワイ子会社「ALOHA7, Inc.」のCEOに就任し、家族とともにハワイへ移住。新たなステージで活躍の場を広げています。

 第66回は、先日行われたヴィクトリアズ・シークレットのショーを見て、女性の美しさに対する価値観の変化について、大木さん自身の経験も交えながら綴ります。(以下、大木さん寄稿)

40代で改めて見たヴィクシーショー。変わりゆく美の価値観

娘に「アナウンサー時代の方が可愛かった」と言われた45歳元テ...の画像はこちら >>
 先日、ロサンゼルスで「VICTORIA’S SECRET FASHION SHOW 2026」が開催されました。皆さんは「ヴィクトリアズ・シークレット(VICTORIA’S SECRET)」、通称「ヴィクシー」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。

 1990年代から2000年代にかけて、スーパーモデルたちが華やかなランウェイを歩く姿で世界を魅了した、ヴィクシーのファッションショー。青春時代、圧倒的な憧れとして特別な存在でした。2019年に一度休止されてしまっていましたが、2024年に復活。同世代の方々のなかにも注目されていた方がいらっしゃるのではないかと思います。

 かつては、完璧で手の届かない「美」のファンタジーとして人気を集めたヴィクシー。
しかし今回のショーからは、女性の美しさに対する価値観が変化していることを感じました。

 同時に、アナウンサー時代の自分と、ハワイで暮らす今の自分を振り返るきっかけにもなりました。今日はそんなお話をしたいと思います。

40代の私にとっての「ヴィクシーショー」とは?

 ヴィクシーこと「ヴィクトリアズ・シークレット(VICTORIA’S SECRET)」とは下着や香水などを扱うアメリカ発のファッションブランド。私が働くハワイのオフィスが入る建物にも店舗があり、ピンクと黒を基調とした可愛らしいお店でおなじみです。

 そんなブランドが手がけるファッションショーは、1995年にニューヨークでスタート。当初はブランドの魅力を発信するためのイベントでしたが、やがて世界中から注目を集める一大エンターテインメントへと成長していきます。

 ヴィクシーショーを象徴するもののひとつが、ダイヤモンドなどの宝石をちりばめた豪華な「ファンタジー・ブラ」です。

 1996年に、スーパーモデルのクラウディア・シファーによって、カタログや広告で約100万ドル相当の「ミリオンダラー・ミラクル・ブラ」が披露されていました。

 このときは、ショーでは披露されていませんが、そのあまりの高額さから、撮影現場には武装した警備員が付き添い、装甲車で運ばれたというエピソードも伝えられています。

 翌年の1997年からは、ファンタジー・ブラがショーでも披露されています。毎年、豪華な宝石をあしらった特別なブラが登場し、ショーの華やかさを象徴する存在となっていったのです。

 さらに1999年、ヴィクシーショーが初めてインターネットで世界に無料ライブ配信され大きな話題となりました。
当時はまだ動画配信が一般的ではなく、配信には約150万人がアクセスし、回線が混雑して映像がうまく見られない人が続出するほどの熱狂ぶりだったとか。

 華やかなモデルたちのランウェイを通じて、ファッションの枠を超えた社会現象を生み出してきたヴィクシーショー。私たち世代にとっては、まさに時代を彩る存在だったのです。

復活したヴィクシーショーで感じた「美の基準」の変化

娘に「アナウンサー時代の方が可愛かった」と言われた45歳元テレ朝アナの私。ハワイ移住で手放した“美の基準”
 そんな一世を風靡したヴィクシーショーですが、「画一的な美の押し付けではないか」「ルッキズムを助長するのではないか」といった批判が高まり、2019年に一度休止されました。

 この歴史そのものが、世の中の価値観が大きく揺れ動いてきた変遷を表しているように思います。そんなショーの復活。90年代に青春時代を過ごした40代の私たちにとってはビッグニュース。SNSなどでシェアする同世代の友人も多く、大きな話題になりました。

 今回のショーは、かつてのような画一的な美しさだけが存在していたわけではありません。体型や人種、年齢など、多様な自分らしさを誇る美がそこには存在していたのです。まさに、美の価値観のアップデートを感じました。

 特に印象的だったのは、40代、50代の同世代のモデルたちや、母親である女性たちが堂々とランウェイを歩く姿。産後わずか6週間でランウェイに復帰したバーバラ・パルヴィンの姿も話題になりました。


 年齢を重ねることも、母親になることも美しさにつながる。そんなメッセージを感じました。

 その一方、圧倒的なスタイルや長い脚を持つエンジェルたちが登場すると、やはり目を奪われてしまう自分もいました。

 それをルッキズムと呼ぶなら、そうなのかもしれません。でも、人が思わず見入ってしまうような美しさも、確かにある。美の基準はひとつではないけれど、多くの人を惹きつける魅力というものも、やはり存在するのだと感じました。

「女子アナらしさ」から自分らしさへ。ハワイで変わった美の価値観

 今回のヴィクシーショーを見て、自分自身のことを振り返るのは少しおこがましい気もしますが、私も18年半、アナウンサーとして人から見られる仕事をしてきました。

 私がアナウンサーになった2000年代前半は、まだ画一的な価値観が根強く残っていて、いわゆる「女子アナとはこうあるべき」というイメージが強かったように思います。

 私自身もアナウンサー時代は、少しでも外見をよく見せようと努力した時期がありました。当時はそれが当たり前だと思っていましたが、今回のショーを見て、知らず知らずのうちに「こうあるべき」という美の基準を意識していた自分を思い出しました。

 もちろん、ヴィクシーのモデルたちと私とでは立場も違います。
ただ、画一的な美しさが求められる空気のなかで、少し窮屈さを感じていた過去の自分と重なる部分がありました。

 それから時代が変わり、2020年代に入ると、産休・育休を経て復帰し、仕事の中核を担う先輩たちの姿や思い切ったヘアスタイルなど、自分らしいスタイルで仕事をする人も見られるようになってきていました。

 私自身も、結婚や出産などのライフステージの変化を経験し、アナウンサーを退職。そして今、スタートアップ企業に転職し、ハワイで暮らし始めて1年が過ぎました。

 ハワイには、多様な人種やルーツの人々が暮らしているので、服装や外見に関して、こうあるべきという価値観がない自由さがあります。

 体型にかかわらず、肌を見せたい人は見せるし、そうでない人は見せない。それぞれの選択が自然に受け入れられる。

 周りの人たちを見ていると、誰かの目のためではなく、自分自身の価値観で美しさを定義しているように感じます。

 そんな環境に身を置くなかで、私も「自分自身が心地いいか」「自分自身が着たいか」を基準に身だしなみを整えたりするようになりました。

 娘からは「アナウンサー時代の方がママ可愛かった」と言われることもあります。でも、今ではそれも心から笑って「そうだよね」と返せます。以前よりも、自分自身がずっとラクになったと感じています。


スーパーへ行く日も、私の人生のランウェイ

娘に「アナウンサー時代の方が可愛かった」と言われた45歳元テレ朝アナの私。ハワイ移住で手放した“美の基準”
大木優紀さん
 今回のヴィクシーショーを語るうえで印象的だったのが、かつてその象徴的な存在だったミランダ・カーの選択です。彼女は今回のショーへの出演を見送り、自分らしいあるがままの姿を大切にする道を選びました。

 そんな彼女がSNSに投稿して話題になったのが、シルクのローブを羽織り、ハイヒールを履いて自宅を颯爽と歩く姿。キャプションには「今から子どもたちを寝かしつけに行くところ」というメッセージが添えられていました。

 華やかな大舞台ではなく、子育ての日常のなかに自分のランウェイを見出す姿が本当に素敵でした。

 今回のショーで、年齢を重ねたことも、母親であることも隠さずに堂々と歩くモデルたち。そして、あえて自宅でウォーキングを披露したミランダ・カー。

 輝く場所も、その姿も違うけれど、どちらも自分の人生を自分らしく歩んでいる。美しさは、誰かと比較するものではないのだと感じました。

 モデルたちと自分を重ねるのは少しおこがましい話ですが、お気に入りのスキンケアをして、好きな服を着て、スーパーへ出かける。そんな何気ない日常だって、自分自身が心地よければ、そこが私のランウェイなのかもしれません。

 時代とともに変わってきたヴィクシーショーを見て、改めて、自分の人生のフェーズを受け入れて自分が心地よく生きるための結論を出せたように思います。


 誰かが決めた美しさを目指すのではなく、自分が心地よいと思える自分でいること。これからも、そんな自分なりのランウェイを歩いていきたいと思います。

<文/大木優紀>

【大木優紀】
1980年生まれ。2003年にテレビ朝日に入社し、アナウンサーとして報道情報、スポーツ、バラエティーと幅広く担当。21年末に退社し、令和トラベルに転職。旅行アプリ『NEWT(ニュート)』のPRに奮闘中。2児の母
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