「鉄の肺」ポリオを治療するために用いられた医療機器。現在もそれで命をつないでいる人も
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 「ポリオ(急性灰白髄炎)」は、ポリオウイルスにより感染する伝染病で、かつて世界でもっとも恐れられた命にかかわる病だった。

 1940年代後半、アメリカでは毎年平均3万5000人がポリオに感染したと言われている。
だが、ワクチンの普及により、今ではこの病気はほぼ根絶され、2019年のWHO(世界保健機関)の記録では、野生株ポリオの発症はパキスタンとアフガニスタンのみで、わずか175件だという。

 感染者のほとんどは、ポリオにかかっても目立った症状は出ないが、重症化すると脳炎症状を引き起こし、呼吸困難となる。そこで開発されたのが巨大な金属製のタンク「鉄の肺」である。

 そして現在も尚、鉄の肺で命を繋いでいるポリオサバイバーたちがいる。

かつて大流行したポリオ ポリオはポリオウイルスによるウイルス性感染症で、脊髄の灰白質(特に脊髄の前角)が炎症を起こす。

 主に感染した人の便を介してうつり、手足の筋肉や呼吸する筋肉等に作用して麻痺を生じることがある。
永続的な後遺症を残すことがあり、特に成人では亡くなる確率も高い。

 1940年代後半、アメリカでは毎年平均3万5000人がポリオに感染した。日本でも1951年の半年(1~6月)で1500名の患者が出たため、当時の厚生省は直ぐにポリオを法定伝染病に指定。

 1960年春には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生する大流行となったが、1961年にソビエト連邦から経口生ポリオワクチン(OPV)を緊急輸入し、一斉に投与することによって流行は急速に終息したと言われている。

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ポリオ患者が使う鉄の肺で埋まったカリフォルニア州の病棟(1953年) / image credit:Food and Drug Administration / public domain/wikimediaポリオによる呼吸不全を治療するための装置「鉄の肺」 「鉄の肺」は、ポリオによる呼吸不全を治療するために1928年に実用化されたもので、1950年代までは広範に用いられていた。

 2メートル以上の長さがある巨大な人工呼吸器で、患者は頭だけ外に出してこの中に横たわり、首まわりで密閉して、中を真空状態にする。


 装置の底部にある送風機は人間の横隔膜の働きをするもので、陰圧にすると患者の肺が広がって空気が満たされ、陽圧にすると肺がしぼんで空気が吐き出される。

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1950年代後期から2003年まで使用されていた鉄の肺 / image credit:public domain/wikimedia

 だが鉄の肺は装置が大がかりで高価なこと、頭部以外の全身をタンクが覆うために患者のケアが難しいこと、陽圧換気による人工呼吸器が普及したことなどもあり、現在ではあまり使用されていないという。

1956年の鉄の肺のプロモーション映像

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1956 Iron Lung現在でも鉄の肺を使用する生存者マーサ・リラードさんのケース
 ポリオの生存者の中には、今でもまだ「鉄の肺」を使用し、命を繋いでいる者もいる。

 1953年6月8日、マーサ・リラードさんは、オクラホマの遊園地で5歳の誕生日を祝ってもらった1週間後、目覚めたときに喉がひりひりして首に痛みを感じた。病院で診てもらうと、ポリオだと診断された。

 マーサさんは6ヶ月病院で過ごすことになり、弱った呼吸を補うため、「鉄の肺」に入れられた。
そして68年たった現在もこの機械に頼って生きるひとりだ。

 現在73歳のマーサさんは毎晩鉄の肺に入って眠る数少ない生存者の中の1人だ。多くの元ポリオ患者や、その後遺症をもつ者は、すでに他の人工呼吸器に変えたが、彼女にとって鉄の肺が一番効果的でもっとも快適な治療法であるという。

鉄の肺に入る子供時代のマーサさん

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credit:Radio Diaries My Iron Lung - Radio Diaries
 この旧式のマシンは、今となっては一般家庭よりも博物館にありそうな代物だ。1990年代に使っていた「鉄の肺」が壊れてしまい、マーサは病院や博物館に電話をして、古いものが保管されていないか訊ねてまわった。

 しかし、処分されてしまってもうないか、所有者がコレクションを手放す気がなかった。
マーサさんはやっとのことで、ユタ州に住む男性から一台手に入れ、今日に至る。

 マーサさんにとって、「鉄の肺」の部品の摩耗が、目下の大きな問題になっている。ベルトは数週間ごと、内部の寝台も半年ごと、モーターも12年くらいの頻度で交換しなくてはならないのだ。

 今一番困っているものはカラーだ。これは首まわりをしっかりと密閉して気密性をつくり出すもので、ひとつ数ヶ月しかもたない。すべての在庫を買い占めたが、現在はもう製造されていない。


 カラーが劣化してくると圧がもれてしまい呼吸がしづらくなるという。今、残っているカラーはわずかだ。「本当に必死なんです。このカラーを製造できるところが見つからないことが、今、人生でもっとも恐ろしいことなんです」

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使用中の「鉄の肺」 (1960年) / image credit:public domain/wikimedia

ポール・アレクサンダーさんのケース
 そしてもう一人、テキサス州で暮らすポール・アレクサンダーさん(74歳)も鉄の肺で命を繋いでいる1人だ。

 1952年、6歳のときにポリオに感染したポールさんは、麻痺により呼吸困難となり緊急気管切開手術を行い、鉄の肺に入った。

 首から下が完全に麻痺してしまったポールさんだが、厳しいリハビリを乗り越え、舌咽頭呼吸(ぜついんとうこきゅう)ができるようになったが、寝るときはやはり鉄の肺に頼っていた。


 出席せずに高校を卒業し、大学に入り、車いすで活躍する弁護士になったポールさんだが、現在は再び24時間、鉄の肺に入っている。 

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The Last Few Polio Survivors – Last of the Iron Lungs

ポールさんは2024年1月現在も鉄の肺で治療を続けており、自身のTikTokでその様子を公開している。鉄の肺での治療は72年目となったそうだ。

@ironlungman Replying to @Michelle Great question! We had an issue with the machine yesterday. And Paul had to breath on his own for a few minutes until we could replace the part. Apologies for the squeaking from the replacement part of the machine. #conversationswithpaul #ironlung #poliopaul #PaulAlexander #QandA ♬ original sound - Paul “Polio Paul” Alexander
停電で命を落とした生存者も 鉄の肺にとって停電は命取りだ。3歳でポリオとなり自力呼吸できなくなったテネシー州に住む女性ダイアン・オデルさん(61)は、鉄の肺を使用し60年近く生存していたが、2008年、停電により鉄の肺が停止してしまった為亡くなった。

 オデルさんはワクチンが開発される直前にポリオに感染し全身がまひした状態だった。突然の停電で緊急用の発電機起動が間に合わず、亡くなったという。

 マーサさんも停電の被害にあったことがある。オクラホマ州を冷たい暴風雨が襲い、非常用発電機が作動しなくなって、暖房なしのまま鉄の肺の中に閉じこめられてしまったのだ。

 やっとのことで携帯がつながり、救急隊員が発電機を作動させてくれたので、事無きを得たという。

References:Radio Diaries My Iron Lung - Radio Diariesなど、 / written by konohazuku / edited by parumo

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