幹細胞から初めて「ヒト」の人工胚を作成することに成功。倫理的な問題を懸念
 イギリスの科学者が、卵子も精子も使うことなく、幹細胞から”ヒト”の人工胚を作ることに成功したそうだ。

 ヒト胚とは、卵子と精子が結びついてから8週目までの人間のごく最初の段階のこと。
9週目以降は胎児と呼ばれるようになる。

 つまりは精子も卵子も使わずに、仮にそのまま成長するとしたら人間になるものが人工的に作られたことになる。

 この人工ヒト胚をモデルとして使うことで、遺伝子疾患や繰り返される流産などの原因究明を進めることができるという。

 その一方で深刻な倫理的および法的問題を引き起こす可能性があると指摘されている。

胚性幹細胞から育てたヒトの人工胚、14日間培養に成功 この画期的な研究は、ケンブリッジ大学とカリフォルニア工科大学のマグダレナ・ジェルニツカ=ゲッツ(Magdalena Żernicka-Goetz)教授らによるものだ。

 その成果は、ボストンで開催された国際幹細胞研究学会(International Society for Stem Cell Research)の年次総会で発表された。


 この人工ヒト胚に心臓や脳はないが、胎盤や卵黄嚢になる細胞や、胚そのものを成長させるための細胞ならきちんと持ち合わせている。

 ただし、これを人間の女性の子宮に移植したとして、きちんと子供が生まれてくるのか今のところわからない。

 そもそも、これを人間の子宮に移植することはイギリスにおいては違法とされている。

 ジェルニツカ=ゲッツ教授らの目的は、人工胚から人間を作り出すことではない。まだ解明があまり進んでいない発達の初期段階を理解する手がかりにすることだ。

 そこで胚性幹細胞から作られた今回の人工ヒト胚は、法律によって許されるギリギリの14日目まで育てられた。
(現在多くの国が、胚や胚様の構造物を14日以上研究のために実験室で培養することは規制されている)

 この時期になると、「原腸陥入」という胚の発達の一大イベントが起き始める。それまで、球のような細胞の塊だったものにくぼみができて、内側へ向かって「原腸」が作られるようになるのだ。

 ただし、この人工胚の場合、その時点ではまだ腸も心臓も腸もなかった。それでも卵子と精子の素になる「始原生殖細胞(将来生殖細胞になる根本の細胞)」があることなら確認されている。

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人工胚がきちんと最後まで成長できるかどうかは不明 こうした人工胚作成技術は、現在急速に発展を遂げているとのこと。

 たとえば昨年、イスラエルの研究チームが、マウスの幹細胞から初期の胚に似たものを作ることに成功した
その胚状の物体には、腸やごく最初の脳、鼓動する心臓といった構造が備わっていたという。

 だが、こうした人工胚が、最後まで成長できるのかどうかよくわかっていない。

 マウスの人工胚は、自然の胚とほぼ同じような見た目だったが、メスの子宮に移植しても最後まで育たなかったのだ。

 さらに、とある中国の研究チームがサルの細胞から作った人工胚の場合、メスに妊娠初期の兆候が現れたが、こちらも数日以上は成長しなかったという。

 こうした失敗の原因が技術的な問題なのか、それとももっと根本的な問題があるのか、よくわかっていないとのことだ。

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倫理的な問題と将来的な影響 そしてこの研究には深刻な問題もはらんでいる。


 人間に成長する可能性がある存在を、純粋に研究目的で作り出すことが倫理的に許されるのか、という問題だ。

 この人工胚が遺伝病や老化についての理解を深める手助けになる可能性は十分あるが、その一方で、このような研究が、中途半端で不完全な生命をを生み出してしまう危険性につながる可能性もある。

 アデレード大学のレイチェル・アンケニー教授は、「この種の研究とそれがもたらす未知の要素について、研究者が透明性を持って対処することが重要であり、より強力な法律が必要となる」と述べている。

 このような新たな科学的進歩により倫理的な問題は、科学技術が急速に発展する現代社会では避けられない課題だ。

 科学者たちがどのように進歩を進めるか、そして社会全体がその影響をどのように理解し、対処していくかがこれからの課題となるだろう。

References:Synthetic human embryos created in groundbreaking advance | Biology | The Guardian / Synthetic human embryos raise ethical questions / written by hiroching / edited by / parumo

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