植物の中には、種子を介さず自分のクローンを直接生み出す「無性生殖」で増える種類がある。
その遺伝子の「スイッチ」を、広島大学を中心とする研究チームが世界で初めて発見した。
コケ植物のゼニゴケで見つかったこの遺伝子は、スイッチを入れ、その働きを活性化するだけでクローン体の形成が始まり、やがて新しい個体へと育っていく。
この研究成果は『Current Biology[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00431-8]』誌(2026年5月4日付)に掲載された。
植物のクローン繁殖に残された大きな謎
植物の繁殖といえば、花が咲き、受粉して種子を作るイメージが強い。
しかし植物界には、種子をまったく介さずに自分のクローンを生み出して増える種類が数多く存在する。これを「無性生殖」という。
ジャガイモが地下茎から新しい株を増やしたり、サツマイモが根から芽を出したりするのも、この無性生殖の一種だ。
種子を必要としないため短期間に大量の個体を増やせる効率のよい繁殖方法であり、農作物の品質を均一に保つうえでも重要な仕組みとなっている。
ところが、この無性生殖がどのような遺伝子の働きによって引き起こされるのか、そのメカニズムはほとんど解明されていなかった。
植物研究で世界標準として使われるモデル生物のシロイヌナズナは遺伝子解析のツールが豊富に揃っているが、自然状態では無性生殖を行わない。
一方、ジャガイモのように無性生殖を行う植物は多く存在するが、遺伝子解析に必要なツールが十分に整っておらず、研究に使うことが難しかった。
ツールが揃った植物では無性生殖が起きず、無性生殖が起きる植物ではツールが揃っていない。この状況が長年、研究の進展を妨げていた。
研究の突破口となったゼニゴケの特性
広島大学大学院統合生命科学研究科の平川有宇樹教授率いる研究チームが着目したのが、身近な場所に生えるコケ植物、ゼニゴケだ。
湿った地面や石の上でよく見かける平たい緑の植物で、日本を含む北半球の人が住む地域に広く分布している。
ゼニゴケは「無性芽(むせいが)」と呼ばれる小さなクローン繁殖体を自分の体から生み出し、雨水に乗せて周囲に散布することで個体数を増やす。
自然状態で無性生殖を行うだけでなく、遺伝子解析に必要なツールもすでに整っている。
長年の課題を解決する条件を、このコケ植物は兼ね備えていた。
研究チームは、すでに先行研究で、植物体内において細胞間の情報伝達を行う植物ペプチドホルモン「CLEペプチド」がゼニゴケの無性生殖を抑制することを突き止めていた。
このホルモンを過剰に産生させたゼニゴケでは、無性芽を作るための構造である「杯状体(はいじょうたい)」がほとんど形成されなくなる。
そこで研究チームは、CLEペプチドを過剰産生させたゼニゴケの株を使ってトランスクリプトーム解析を行った。
トランスクリプトーム解析とは、細胞内で働いている遺伝子を一斉に調べる技術だ。
解析の結果、CLEペプチドの影響を受けて働きが変化した遺伝子群が特定された。研究チームはこれらの遺伝子群が無性生殖に関与していると考えた。
クローン繁殖を完全に止めた1つの遺伝子
研究チームは特定された遺伝子群の中から一つの遺伝子に注目し、「CRISPR-Cas9」と呼ばれるゲノム編集技術を使ってその働きを止める実験を行った。
するとゼニゴケは無性芽と杯状体をまったく作れなくなり、クローン繁殖が完全に停止した。
この結果から、対象の遺伝子が無性生殖に不可欠であることが確認された。
研究チームはこの遺伝子に「GEMMIFER(ジェミファー:GMFR)」と名付けた。
さらに研究チームがGMFR遺伝子の働く場所を調べたところ、クローン繁殖が始まるごく初期の段階、無性芽の起点となる幹細胞においてこの遺伝子が活動していることが確認された。
幹細胞とは、あらゆる細胞に変化できる元になる細胞のことだ。
農作物への応用が期待される今後の展開
GMFR遺伝子がクローン繁殖に不可欠なことが明らかになった。
次に研究チームは、この遺伝子を人工的にオンにしたら何が起きるかを調べるため、薬剤によってGMFR遺伝子の活性を制御できる遺伝子組み換えのゼニゴケ株を作製した。
医療分野でも使われるステロイド系薬剤のデキサメタゾンを投与してGMFR遺伝子を一時的に活性化させると、2日後には無性芽の起点となる幹細胞が形成された。
その後、薬剤を取り除いて育成を続けると、1週間ほどで多数の無性芽が生じた。
この無性芽を新しい培地に移したところ、新たな個体として成長することも確認された。
GMFR遺伝子を活性化するだけで、クローン繁殖の全プロセスが開始されたのだ。
さらに研究チームが解析を進めると、GMFR遺伝子は別の遺伝子「GCAM1」の働きを高めることで機能していることも判明した。
GCAM1は先行研究でも無性芽形成に必要であることが確認されていた遺伝子だ。
この2つの遺伝子の関係が明らかになったことで、クローン繁殖を引き起こす遺伝子の連鎖反応の初期段階が解明された。
GMFR遺伝子はゼニゴケだけに存在する特殊な遺伝子ではなく、無性生殖を行わない種を含む多くの陸上植物が持つことも確認されている。
今後この遺伝子の作用メカニズムが詳しく解明されれば、農作物を含むさまざまな植物のクローン繁殖を人工的に制御できるようになる可能性がある。
平川教授は「、従来のモデル植物で観察できなかったことは自然界の他の場所でそれが起きていないことを意味するわけではなく、自然界にはまだ知られていない仕組みが数多く残されていることを示している」と述べている。
まとめ
この研究でわかったこと
・ゼニゴケのクローン繁殖は「GEMMIFER(GMFR)」という1つの遺伝子がスイッチになっていた
・このスイッチを人工的にオンにするだけでクローン繁殖の全プロセスが始まる
・GMFRは多くの陸上植物にも存在する遺伝子だった身近な例に例えるなら?
コピー機の「スタートボタン」を押すだけで、自動的に原稿と同じ紙が次々と出てくるように、GMFR遺伝子というスイッチを入れるだけで、植物の体の中から自分とまったく同じクローンが次々と生み出される。まだわかっていないこと
・GMFR遺伝子が細胞の性質をどのように書き換えるのか、詳しい仕組みは不明
・ゼニゴケ以外の植物でも同じ役割を果たしているかどうかは未確認
References: How plants make copies of themselves – key gene identified in model plant[https://www.eurekalert.org/news-releases/1126608] / ゼニゴケのクローン繁殖を誘導する遺伝子を発見 ―農作物種を含むさまざまな植物への応用に期待[https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/97250] / 10.1016/j.cub.2026.03.083[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00431-8]











