お笑い芸人にとって"貧乏"エピソードは鉄板ネタだ。ダウンタウン浜田雅功の、幼少時に住んでいたアパートがボロ過ぎて上の階の床が抜け、上階の住人が落ちてきたという話。

北野武がストリップ劇場・浅草フランス座で下積みをしていた時代、4畳の屋根裏部屋で寝泊りしながら、日給1000円で働いていた話......と、枚挙に暇がない。

 近年では、貧乏キャラでブレイクした吉本新喜劇の宇都宮まき、『ホームレス中学生』(ワニブックス)がベストセラーとなった麒麟田村裕なども記憶に新しい。

『火花』(文藝春秋)の芥川賞受賞で一躍時の人となった又吉直樹も、そのうちの一人。彼も、上京して吉本の養成所・NSCに通っていた頃、バイトをしようにも社会的適応力がなく面接に落ち続け、住んでいた三鷹からNSCのある赤坂まで、道に小銭が落ちていないか探しながら歩いて通ったエピソードを各所で披露している。

 現在でもその頃の気持ちを忘れないよう、当時住んでいた街に風呂なしアパートを一部屋借りてそこを執筆用の仕事場としており、『火花』をそこで書き上げたという話は有名だ。

 しかし、広いお笑い芸人の世界、まだまだこの程度では済まない、壮絶な"貧乏"を耐え抜いた(もしくは、現在進行形で耐えている)芸人はたくさんいる。

 最近出版された、松野大介『芸人貧乏物語』(講談社)には、そんな芸人たちの悲しくともどこか笑える貧乏話が多数収録されている。

 まず一人目。TKOの木下隆行は、実家が貧乏だった。木下の父は、知り合いの保証人になったことで数億もの借金を背負っていたという。しかし、木下少年は家がそんな状態になっているなんてことは知らず......。

「借金取りから逃げるために引っ越したのが11回。
オヤジの友達の家とかですけど、広島まで夜逃げしてヘルスセンターに泊まってた時期もあった。子供の僕は旅行だと思ってた(笑い)
 オヤジに「僕、学校行かないでエエの?」とは聞きましたけど。あとで知ったら、一泊一泊が、お金ギリギリの生活やったんです」(前掲書より、以下同)

 そして、困窮生活の果てに、ついにはこんな状況に陥った。

「すごかったのは僕が中学の時。ある日、家に知らんオッサンがいきなり入って玄関にガソリンまいたんですわ。「殺すぞー!」と叫んで。
 僕は訳がわからず「おかあちゃーん、知らないオジさんが水まいてるでぇ」とノンキに言った。着替えてる最中でブラジャーと下着とガードル姿のオカンが「ナニしとんじゃー!」とオッサンに飛び蹴り食らわして、倒れたオッサンの上にマウントになってボコボコにしながら「タカ坊! 警察呼べ!」と。
 僕が電話した時、ブラジャーとガードルのオバチャンが男に馬乗りになってるんですよ。で、オカンが警察に取り押さえられてた(笑い)」

 木下のみならず、相方の木本武宏のエピソードも壮絶だ。TKOが何度も東京進出を繰り返しては失敗し、5度目の東京進出でようやくブレイクできたのはお笑い好きの間では有名なエピソードだが、この5度目の東京進出は壮絶だった。この時、木本は35歳。


「上京したはいいけど、住むところがなくて(笑い)。木下は住むとこどうにか探したけど、僕は金もなく(中略)
 でも、他に泊めてくれる後輩もいないし、金が本当になくてファミレスにも入れない。寒い時季だったから銀座のドン・キホーテの店内をウロチョロして時間をつぶして。さすがに何時間もいられず、事務所の松竹芸能の近くにある築地の公園で野宿。だから、体にかけた段ボールの暖かみも知ってますよ」

 野宿生活といっても、木本の場合、男だからまだ危険ではなかっただろうが、なんと、女芸人で一時期、野宿生活に陥った人物がいる。『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)のレギュラーとしてブレイクした、たんぽぽの川村エミコだ。

「私は家賃が払えず、アパートを引き払って公園で寝たり漫画喫茶に泊まったり。そんなどうしようもない状態の時、事務所の先輩のクワバタオハラくわばたりえさんが部屋に住まわせてくれた。当時、りえさん新婚なのに「住んでいいよ」と、リビングの隅に「川村スペース」をつくってくれて、座椅子をくれた」

 野宿とまでは行かなくても、家のなくなってしまった芸人は意外に多い。『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)内の人気コーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」でチャンピオンにも輝いた、元自衛官と元体操選手による異色のコンビ、弾丸ジャッキーの元自衛官の方、オラキヨの話はとんでもない。

「僕は物欲も強いしパチンコもするし、その日のことしか考えない。金が入ればみんなにおごっちゃうから、いつも金がなかった。
ある日、居候させてもらってた彼女から「出て行け」と言われ、急にホームレスになり、うちの事務所が持ってる渋谷の小劇場に「掃除するならいいよ」って条件で1ヵ月半住まわせてもらった。舞台袖のカーテンを毛布にして客席のベンチシートで寝てました」
「その時期、僕は300万円の借金で自己破産してます。実は上の兄貴は雀荘やったら従業員に持ち逃げされて破産し、真ん中の兄貴は婚約した女の1000万円の借金の保証人になったけど払えず自己破産。2人とも破産していて、僕は上の兄貴に相談して債務整理しました。破産3兄弟です」

 オラキヨの話にも少し出てくるが、芸人の世界では、「先輩が後輩におごる」というのは暗黙のルール。たとえ金がなくても、だ。又吉直樹『火花』のなかで、主人公・徳永の先輩芸人である神谷が消費者金融で金を借りてでも、後輩にご飯や酒をおごっているシーンは印象深い。

キングオブコント2012』(TBS系)で優勝し一気にブレイクした、バイきんぐ西村瑞樹は、成功したのにも関わらず、芸人世界の鉄のルールのせいでお金がないという。

「今、事務所(SMA)には芸人が140組もいて、そのうち40人くらいに定期的におごってます! 4人ずつ週に2回は焼き肉とか連れてくので月に40万以上使いますね」
「そんな浪費ばかりで、今は毎月入ったギャラを使い切る状態なので、ブッチャケ貯金ゼロです。だから仕事がなくなるのがすごく怖い」

 彼らの語る貧乏エピソードが人々に好まれるのは、それでも夢のために生きていく芸人たちの力強さだったり、それを支える周囲の人間の人情を感じるからだろう。

「お疲れちゃ~ん!」のギャグで『エンタの神様』(日本テレビ系)を中心に人気を博した、インスタントジョンソンのスギ。は、バイト先でのこんな心温まるエピソードを語る。


「僕は料理好きだから築地の市場で働いてた、真空パックなど魚が加工された商品の仕分け。お金がなかった僕がお笑い目指してるって知ってる職人さんが食材を山ほどくれるんスよ!」
「発砲スチロールの端が欠けたり、売り物にならなくなった食材ですけどね。「そろそろ魚介なくなった頃だろ?」とフォークリフトに載せた加工品をわざと落とすように運転して、「落としちまった! 売り物にならねえから持っていきな! がんばれよ」って応援してくれてた」

『エンタの神様』、『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系)といったネタ番組が終了し、お笑いブームも去ったと言われて久しい昨今。現在のお笑い界は厳しい"冬の時代"となっているが、いま辛酸を舐めている若手芸人も先輩たちにならって「つらいことも"笑い"に変える」姿勢で、是非ともファンに芸を届け続けて欲しいものだ。
(新田 樹)

編集部おすすめ