昨日26日より始まったフィギュアスケートの全日本選手権。最大の注目は、男子シングルで羽生結弦の3連覇なるか、だろう。
今年2月に行われたソチ五輪で、フィギュアスケート男子シングルでは日本人初の金メダルを獲得した羽生結弦。また20歳と若いために、4年後に韓国で行われる平昌五輪での2連覇も期待されている。
しかし、今季は初戦として参加を予定していたフィンランディア杯を腰痛のために欠場、中国杯ではフリー直前の6分間練習で中国の閻涵(エン・カン)と正面衝突し、頭部や左太ももなど5カ所にけがを負った。傷が癒えないまま出場したNHK杯では4位に甘んじ、中国杯やNHK杯を強行出場したことにマスメディアやネット上では連日のように賛否が飛び交っていた。
そんな周囲の騒がしさに加えて、今年2月に国際スケート連盟がルールを改正したことや村上大介、宇野昌磨といったライバルの台頭、さらには金メダリストとしての圧倒的な勝利を期待する声など、羽生を取り巻く環境は厳しく、精神状態が心配されている。
まさに王者ならではの苦悩といった様相だが、かつて羽生と同じように厳しい立場に置かれていた選手がいた。それは、韓国の女子フィギュアスケーターのキム・ヨナだ。王者としての重圧は具体的にどんなものなのだろうか。羽生・ヨナの両者をコーチしたオーサー・ブライアン氏の著書『チーム・ブライアン』(講談社)からは、2人の類似点が見て取れる。
一つ目は報道の過熱ぶり。韓国では「国民の妹」と呼ばれ、CM出演なども多い分、一挙手一投足が報じられたヨナ。オーサー氏はそのときのことを「韓国のマスメディアはいつも大げさで、大変なプレッシャーをヨナにかけます」「数多くのマスメディアがたったひとりのスケーターを苦しめるのです」と回想しており、白熱した報道によりヨナが苦しめられていたことがうかがえる。
二つ目は、がむしゃらな練習量。「ヨナとの練習で、一番の課題は『練習量を減らすこと』」だったと振り返るオーサー氏。アジア人特有の「苦しくて辛い練習が多いほどよい」という考えは、ヨナだけでなく羽生にも見られるようで、オーサー氏は「ユヅルはちょっと頑張りすぎるタイプ」「がむしゃらに汗だくになるまで練習する」と指摘している。極端な練習量はケガを生みやすく、実際に負傷すれば精神的にも追い詰められる。
三つ目は王者としての立ち居振る舞いを求められること。ただ、この点においては、両者の間にまったく異なる態度がある。ヨナは金メダルを獲ったバンクーバー五輪で引退することを韓国国民の無言のプレッシャーで許されず、ソチ五輪にも出場。結果、2連覇はならず銀メダルとなったが、オーサー氏はソチ五輪でのキムの滑りを「明らかに義務的に滑っていた」とみている。
一方の羽生に対しては、「まだ情熱があり、スケーターとしても若い」という評価。それを裏付けるかのように、先日のグランプリファイナルでは2位に30点差以上をつけるスコアで優勝し、「滑っていて幸せだった」と顔をほころばせている。
さらに上のレベルに到達するためにオーサー氏が羽生に提言しているのが、「ピーキング」を意識すること。ピーキングとは、シーズン中の大切な試合に向けての「ピーク」を調整することをいう。
オーサー自身、若いころは練習でも本番でも常にベストのスケーティングを見せることがファンを喜ばせる王者の務めだと思っていたと言い、羽生にもその傾向があると話す。しかし、それでは平昌五輪までの間に羽生自身が疲弊してしまうと警告。「すべて全力ではなくリラックスする、ミスも受け入れるという境地に至ってほしい」「ユヅルはもっと格好悪いところを見せても大丈夫」「(ファンは)苦しむ姿にも共感してくれます」と常に完璧じゃなくてもかまわないと説いている。
決して万全な体調ではないまま、今季の前半戦を終えた羽生。ケガのために優勝を逃した試合もあったが、「完璧」じゃない姿を見せたことで、彼自身が一皮むけたのかもしれない。昨日行われたショートプログラムでは見事1位につける好発進。本日行われるフリーでもさらに進化した姿が見られるだろうか。
(江崎理生)