高齢化が進む日本では、身体機能や認知機能が低下した高齢者の数が増加しています。病気ではないものの、年齢とともに、筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい状態はフレイル(虚弱)と呼ばれます。

フレイルを予防するうえでは、適度な運動や栄養の管理が重要だと考えられています。

また、病気や怪我によって身体機能が低下した場合には、運動能力の回復を目的としたリハビリテーションが行われることも多いでしょう。

近年では、栄養の管理や薬物療法の内容を考慮しながらリハビリテーションを行う、リハ栄養やリハ薬剤と呼ばれる新しい考え方も登場しました。この記事では、後者のリハ薬剤を中心に、具体的なケアの考え方や、リハビリテーションにおける薬剤師の役割について解説します。

リハ薬剤の基本的な考え方

病気や怪我などによって、身体の能力が低下すると、日常生活にも大きな支障をきたすことになります。運動障害だけでなく、精神的な障害もまた、患者さんの生活の質を大きく低下させてしまうでしょう。

リハビリテーションは、身体の機能をもとに戻すための訓練だけでなく、健康な人と同じ水準で社会生活を送ることができるよう、さまざまなケアを通じて患者さんを支援するものです。

リハビリテーション(Rehabilitation)という言葉は、「再び」を意味する「Re」と、「適した」あるいは「ふさわしい」を意味する「habilis」から成り立っており、「人間らしく生きる権利の回復」や「自分らしく生きること」を目的としたケアの総称と言ってもよいでしょう。

リハビリテーションを必要としている患者さんに対して、リハビリテーションの内容に合わせた栄養管理や、栄養状態に合わせたリハビリテーションを行うことを、リハビリテーション栄養(リハ栄養)と呼びます。

東京女子医科大学病院の若林秀隆先生が考案したリハ栄養の考え方は、栄養療法とリハビリテーションを区別せず、患者さんの状態に合わせた最適なケアを提供することで、生活の質の改善や社会活動への復帰を促すこと目的としています。

リハ薬剤は、リハ栄養の薬物治療版ともいえ、リハビリテーションに合わせた薬物療法と、薬物療法に合わせたリハビリテーションを行うことで、患者さんの生活の質の改善や、社会活動への復帰を促します。

なお、リハ薬剤は、リハビリテーション薬剤の略称であり、正式な学術論文では「リハビリテーション・ファーマコセラピー(Rehabilitation pharmacotherapy)」すなわち、リハビリテーション薬物療法と呼ばれています。

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リハビリテーションと薬物療法の関連性

リハビリテーションに合わせた薬物療法とは?

リハ薬剤において、リハビリテーションを考慮した薬物療法には、身体機能の障害を治療するための薬物療法が含まれます。具体的には、尿が出にくくなっている状態や、心臓の機能低下、脳の機能障害や認知機能の低下に対する薬物療法などが行われます。

一方、薬の副作用によって身体機能の障害がより強まってしまうことも起こり得ます。例えば、一部の薬では、副作用として嚥下機能を低下させることが知られています。嚥下とは食べ物を飲み込み、口から胃へと運ぶ一連の動作のことです。嚥下の機能が低下すると、食べ物や飲み物が気管に入ってしまい、肺炎(誤嚥性肺炎)を発症してしまうこともあります。

また、食欲が低下することは、リハビリテーションの継続に支障をきたすと考えられますが、薬の副作用で食欲が低下することもあります。さらに、数多くの薬が併用投与されているポリファーマシーの状態では、転倒や骨折のリスクが高まる可能性もあり、不適切な薬の使用を減らすこともまた、リハビリテーションに合わせた薬物療法の重要な役割です。

薬物療法に合わせたリハビリテーションとは?

薬物療法に合わせたリハビリテーションとは、薬物療法によって期待される効果や副作用の危険性を考慮してリハビリテーションを行うことです。病気の治療のために、多少の副作用が出たとしても、薬を服薬しなければいけないケースも少なくありません。このような状況では、薬の影響を十分に考慮したうえで、リハビリテーションを安全に実施することが求められます。

例えば、抗てんかん薬の副作用とリハビリテーションの安全性をあげることができます。脳梗塞などで脳の一部に障害を受けると、てんかんの発作を起こしやすくなります。てんかんとは、脳が一時的に過剰に興奮することによって、意識を失ったりけいれんが生じたりする病気です。

脳梗塞などを発症した場合には、てんかんの発作を予防するために、抗てんかん薬による薬物療法がおこなわれることが一般的です。

しかしながら、抗てんかん薬には、眠気やふらつきなどの副作用があり、リハビリテーションの内容も、これらの副作用を考慮したプログラムで実施する必要があります。

また、統合失調症と呼ばれる精神の病気では、抗精神病薬による薬物療法が行われます。しかし、抗精神病薬を服用すると、多くの方で薬剤性パーキンソニズムと呼ばれる副作用が発生します。

手が震えたり、動作が遅くなる、歩幅が狭くなるといった症状が特徴の薬剤性パーキンソニズムは、転倒などを引き起こす原因にもなります。

しかし、統合失調症の治療では、抗精神病薬の薬物療法を優先した方が良い場合も少なくありません。このような状況でリハビリテーションを行う場合、当然ながら薬剤性パーキンソニズムの症状を考慮したプログラムを提供しなければならないでしょう。

リハ薬剤における薬剤師の役割と今後の課題

リハビリテーションと薬物療法を一緒に考える「リハ薬剤」とは?


リハビリテーションは主に、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士といった医療技術者によって実施されます。

理学療法士は、身体に障害がある患者さんに対して、運動機能の回復や維持を目的に、運動の指導や歩行訓練などを行います。作業療法士は、身体や精神に障害のある患者さんに対して、心身機能の回復を目的に、日常生活の中の作業や動作を利用した訓練や支援を行います。言語聴覚士は、嚥下障害のある患者さんや、話すこと聞くことで悩みを抱えている患者さんに対して、食べ物の飲み込み方を指導・訓練したり、補聴器の調整などを行います。

リハ栄養やリハ薬剤の観点からすれば、栄養管理を行う栄養士や、薬物治療の評価を行う薬剤師もまた、リハビリテーションの実践に必要不可欠な医療技術者です。

身体機能や認知機能の低下を薬の副作用という観点から評価できることは、薬剤師の強みだと思います。

また、薬物療法に関連した副作用リスクをもとに、リハビリテーションに関わる医療技術に対して、より安全なリハビリテーションのプログラムを提案することも可能です。

リハビリテーションを必要としている患者さんは、多くの薬を飲んでいる可能性が高く、質の高いリハビリテーションを行うためにも、薬剤師とリハビリテーションにかかわる医療技術が連携することは、患者さんの病状回復や身体機能の維持にとって有益だと思われます。

一方で、リハ栄養やリハ薬剤の実践で、患者さんの生活の質がどれほど改善するか、あるいは身体機能の回復がどれだけ早まるかなどについて、質の高い研究データ(エビデンス)が不足しています。リハ栄養やリハ薬剤の標準的な方法論の確立と、これらの実践によって得られる有益性についての検証が、今後の大きな課題と言えるように思います。

【参考文献】
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