変わる介護施設の実地指導
政府、実地指導のオンライン化を検討
介護施設への実地指導とは、都道府県及び市町村の指導監督者が、介護事業所を直接訪問し、介護保険法に沿った運営が行われているかどうかを確認することをいいます。
この実地指導は、事業所の育成・支援を目的としており、主に「運営基準を満たしているか」と「サービスが適切に提供されているか」などを調べて指導を行います。
この実地指導において政府は、「介護サービスの実施状況指導」、「最低基準等運営体制指導」、「報酬請求指導」の3つにおいて、ルールを明確化する方針を固めました。
このうちの「介護サービスの実施状況指導」について、オンライン化が容認される見込みです。
オンライン会議ツールによる運用が認められるのは、コロナ以前は異例のことで、今後は実地指導のあり方が大きく変わる見込みです。
争点となった実施頻度のあり方
今回の見直しでは、原則として事業所が指定される有効期間(6年)内に少なくとも1回以上、実施指導を行う旨が提案されています。
一方、施設系・居住系サービスについては、現行での実施状況を踏まえて、3年に1回以上の頻度で実施することを目標に掲げています。
この実施頻度については、自治体や業種別により、大きく意見が分かれています。
例えば、医療・福祉・介護事業のコンサルティングを手掛けるウェルビーが行った「実地指導の効率性の向上に資する手法等に関する調査研究事業報告書」によると、「内容を簡素化して年間の実施件数を増やすこと」という量の問題と、「たとえ実施件数は少なくても深い指導をめざすこと」という質の問題とでは、どちらが望ましいと思うかを尋ねた時、その判断は各自治体でほぼ二分されたのです。
出典:『実地指導の効率性の向上に資する手法等に関する調査研究事業』(ウェルビー)を基に作成 2022年02月11日更新また、国立長寿医療研究センターが業種別に実施指導の頻度を調査したところ、施設系サービスでは「2~3年に1回程度」が39%、「6年に1回程度(指定期間内に1回)」が33.3%となりました。
その一方で、居住系サービスでは「2~3年に1回程度」が31.1%、「6年に1回程度(指定期間内に1回)」が45.3%と、業種別でも実施指導の頻度に差が生じていることがわかりました。
こうした調査結果を尊重して、政府は実態に即した実地指導の頻度の原則を明確にしたのです。
実地指導の目的と現状の問題点
実地指導を行う目的と効果
実地指導は「サービスの質の向上」や「運営基準の遵守」を目的に実施されていますが、その実施要項は2010年に策定されたマニュアルを基にして、自治体ごとに定められています。
そのため、実施頻度を重視する自治体と、指導の質を求める自治体で意見が割れているのです。
しかし、当の事業所側は、実地指導に対して一定の効果を実感していることがわかっています。
ウェルビーの調査によると、「実地指導受けるための準備が、職員の知識・技術の向上につながった」、「実地指導での指摘事項を改善することがサービスの質の向上につながった」、「実施指導の機会に、自治体職員から疑問点等の解釈を聞き出せている」といった、効果があったことを示す回答が多かくなっています。

この結果から実地指導は、質向上に一程度寄与していることがわかります。
これまでの実地指導の問題点
超高齢化社会となり介護事業所は年々増加しています。事業所が増えた分だけ、実地指導をマンパワーで行う自治体への負担は増えています。
中でもとりわけ負担が大きいのは、書類の管理・整理です。これまでにも、実地指導では記録すべき文書が多いことが問題視されてきました。
例えば、特別養護老人ホームに対する提出書類は、勤務体制一覧表や職員名簿、職員勤務実績表といった職員関係の文書から、運営規定や施設の平面図といった運営・設備に関する文書、サービス計画書や利用者名簿など多岐にわたります。
さらに、こうした書類は事前に提出が求められるものもあれば、現地で提出するものもあり、そのルールは自治体によっても異なっています。
自治体の多くは実地指導の効果を感じつつも、同時に、実地指導への準備や管理する文書が多いことを負担に感じています。
効率的な実地指導を実現するために必要なこと
オンライン化のメリット・デメリット
今回、国がオンライン化を容認したのは、実地指導で煩雑になりがちだった文書の確認を効率化することが大きな目的です。
標準で確認する文書を明確にすることで、自治体間での格差を是正し、パソコンなどのディスプレイ上で表示できる書類については、オンライン会議ツールなどを活用して確認することを認めました。
国立長寿医療研究センターの調査によると、コロナ禍において、33.1%の自治体が実地指導を延期・中止にしていたことがわかっています。
実地指導をオンライン化すれば、コロナ禍のような事態に陥ったときでも最低限実施できるというメリットがあります。

介護保険サービスの充実に与える影響が大きいことを考えると、実地指導が計画通りに実施できない状況は喜ばしいことではありません。オンライン化は、サービスの質の低下を防ぐ一手でもあるのです。
ただし、オンライン化するうえで、利用者の個人情報のセキュリティを強化する必要がでてきます。
2008年7月1日から2021年5月31日の期間に、中央省庁では、約1万7千件の個人情報が漏洩している事実があります。今後オンライン化を進めていくのであれば、十分なセキュリティ体制を整えることが肝心です。
アウトソーシングなどの連携も視野に
政府に先がけて、各自治体でも実地指導の効率化に向けた取り組みが行われています。愛知県豊田市では、実地指導の法人へのアウトソーシングを推進しています。
同市では、事務所数の増加と人事異動による指導経験の低下がありました。そこで2018年度から法人への委託を開始。年間計画数の約半数をアウトソーシングしています。
現在はまだ受託できる事業者が少なく、育成をしなければならないといった課題がありますが、都道府県や政令指定都市などの広域事業として広げていけば、ビジネスとして大きくなる可能性を秘めています。
また、業種別に専門的な知識を持った受託業者が生まれることで、より実態に見合った指導を行うことにつながります。
実地指導は介護保険制度の質を確保するためには必要不可欠な事業です。
今後も増加する事業所に対応するためにも、オンラインツールなどのICT活用に加え、アウトソーシングなどの視点を交えたアプローチも有効といえるでしょう。