介護職へのハラスメント対策の実態
自治体の約8割が対策を実施せず
介護事業者には、ハラスメント対策を取るよう運営基準にも盛り込まれましたが、かねてより労働者団体からは自治体レベルの取り組み強化が要請されてきました。
2018年には、介護業界の労働組合である日本介護クラフトユニオン(NCCU)が、厚生労働省や東京都にハラスメントの発生防止に関する認識と周知啓発を働きかけることを求める要望書を提出。
それによれば、利用者や家族からの著しい迷惑行為や暴力行為を防止するためには、自治体レベルでの対応が必須であると主張しています。
しかし、実際には自治体によるハラスメント対策は進んでいません。
三菱総合研究所が、自治体によるハラスメント対策の実施状況を調べたところ、「行政側からの積極的な情報収集」は実施していないが94.2%、「事業所の運営を支援するための施策」も実施していないが82.6%に上ることがわかっています。
出典:『介護現場におけるハラスメント対策マニュアル・研修手引き等の普及啓発に関する調査研究』(三菱総合研究所)を基に作成 2022年06月30日更新自治体がハラスメント対策をできない理由
自治体が介護事業所への支援を行っていない理由をみると、「介護施設・事業所におけるハラスメントの状況を把握していないため」が46.3%と最多。
次いで、「どのような支援が必要かわからないため」22.6%、「他に優先すべき事項があるため」9.3%と続きます。

また、実際に介護現場におけるハラスメントが要因で、サービス提供を継続することなどが難しい利用者や家族の存在について尋ねたところ、「市町村内にいない(過去においても把握していない)」が58.0%と最も多く、次いで「市町村内にいて対応に苦慮するケースがある」が23.6%、「今年度はいないが、過去に市町村内にいて対応に苦慮したケースがあった」が14.9%となりました。
一方、介護現場ではハラスメントが常態化しているという調査結果もあります。例えば、介護老人福祉施設では実に71%もの職員が、ハラスメントを受けたと回答。
こうした状況を自治体の約6割が把握していないということは、ほとんど自治体が関与できていないと考えられ、対策の遅れが顕著に表れています。
はっきりしている自治体の温度差
厚労省の対策マニュアルの認知度の違い
厚生労働省は、三菱総合研究所と共同で「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を策定し、自治体や介護事業所での利用を推奨しています。
しかし、このマニュアルの存在を「知らない」と回答した自治体は25.8%、「知ってはいるが、内容は確認していない」が32.6%、「知っており、内容も確認してはいるが、活用していない」が26.8%となっており、ほとんど活用に結びついていないことが明らかになっています。

また、「知らない」と回答した自治体のうち、「支援の必要性を感じるが、実施していない」が25.9%、支援の必要性は感じておらず、実施していない」が38.9%に上ることもわかりました。
つまり、6割以上の自治体で、介護現場のハラスメント対策への認識が深まっていないのです。
一方で、マニュアルの存在を「知っており、活用している」と回答した自治体のうち、43.5%がハラスメント対策の支援をすでに実施していることもわかっており、自治体による温度差がはっきりと表れています。
具体的な支援策が明確ではない
自治体がハラスメント対策を進められないのは、「何から手を付けたらいいかわからない」といった理由が考えられ、具体的にどのような支援をするべきか悩んでいる可能性も考えられます。
現在支援を実施しているか、今後予定している支援内容を自治体に尋ねたところ、最も多かったのは「その他」の38.6%でした。
次いで、「介護現場におけるハラスメント研修の実施または事業者が研修を行う場合の支援」が29.5%、「市町村への介護現場におけるハラスメントに係る相談窓口の設置」19.9%、と続きます。
また、自治体が挙げた課題には、ハラスメントが発生した場合、「専門的な知識や法律に詳しい職員がいないため、一般的なアドバイスにとどまってしまう」や「それぞれのケースに対して個別対応が求められるため、対応をマニュアル化しづらい」などが挙げられています。
自治体が対応すべき課題は、その地域によってさまざまで介護現場のハラスメント対策のために人員を割けないといった実情もうかがえます。
取り組み事例からみる今後の展望
自治体単体ではなく他団体を頼ることが重要
自治体が積極的に個別の事例にかかわることが難しい現状では、ハラスメント対策に直接介入するのではなく、連携して対応することがポイントです。
例えば、具体的に支援を実施した自治体の多くは、「地域ケア会議やケース会議などにおける関係者との協議」「利用者や家族などからの事情の聞き取りや施設・事業所との仲介」「専門家や関連機関の紹介」などを挙げています。
また、利用者や家族からのハラスメントによって、サービスの提供が困難になった事例に対しては、他団体と連携して対応するケースが多いようです。
連携した職種としては「地域包括支援センターの職員」が64.1%と最多で、次いで「ケアマネージャー」が58.7%となっており、自治体単独で対応したのは22.2%にとどまっています。
このように、すでに支援を実施した経験のある自治体は、他団体を頼る方が効率的だと考えていることがわかります。
自治体は周知と実態把握を行い、対応を専門家に任せる
自治体のハラスメント対策としては、主に一般市民への周知と、窓口としての役割があります。
福岡県では、県民に向けて介護現場のハラスメントを周知するリーフレットなどを配布しています。地道な活動ではありますが、こうした周知活動も大切です。
自治体の支援のあり方としては、個別のケースに積極的にかかわるというよりも、介護現場のハラスメントの実態を把握し、それを基に関係機関と連携して対応するための窓口となることも考えられます。
現状では、自治体に介護職専門の窓口を設置しているのは36.4%にとどまっています。
自治体は多くの課題に向き合っているため、介護現場のハラスメント対策に力を入れられない実情があります。そこで、地域包括支援センターなどとの連携力を深めて、お互いの役割を効率的に果たすことが重要です。