「ESG投資」「エシカル就活」「倫理的消費」など、企業を選ぶ際の指標となる考え方がいろいろと出てきているが、共通するのは「この企業の取り組みに共感する」といった思いだろう。
そして、その根幹にあるものといえるのが、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんが提唱する「ファンベース」ではないだろうか。
佐藤さんは「いまの日本こそ、ファンベースが重要」と話す。その理由とファンベースの進め方について聞いた。
情報があふれているいまこそ「ファンベース」が重要

「ファンベースとは、『ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や価値を上げていく』という考え方です。そして、ファンとは『企業やブランド、商品が大切にしている価値を支持してくれている人』を指します。例えば、安い商品を選ぶ人はさらに安い商品が見つかればすぐに他社に乗り換えますが、企業の理念や取り組みに賛同している人は簡単には乗り換えません。後者をファンと捉えています」(佐藤さん・以下同)
なぜ、いまファンベースが重要なのか。その理由は時代の変化にあるという。
「もっとも大きな変化といえるのが、情報量の増加です。かつてはテレビCMやインターネット広告を出せばある程度の人に届きましたが、メディアやSNSが増えているいまは、広告を出しても届けたい人に届くかわかりません。露出を増やしても情報量がさらに増えるだけで、商品やサービスを知ってもらうことが非常に困難な時代になっています。さらにAIが進化し、パーソナルエージェント的に個々の嗜好に合わせて商品を選んでくれるようになったら、ますます広告は届きづらくなるでしょう」
かつてCMやウェブサイトを手掛けていた佐藤さんは、時代の変化を受けて伝える仕事をやめようと考えたこともあるそう。しかし、2015年頃にファンの存在に気付いたという。
「ビジネスには『パレートの法則』というものがあります。顧客の上位20%が売上の80%を占めるという法則で、メーカーでも小売店でもスポーツチームでも大体当てはまります。この20%こそファンであるといえます。食品・飲料メーカーのカゴメでは、顧客の2.5%が売上の30~40%を占めているそうです。それだけファンの存在感は大きいので、多くの人に向けて広告を出すよりもファンに商品やサービスを使い続けてもらう工夫をしたほうが、売上が安定しやすいといえます」

さらにもうひとつ、ファンが重要になる理由に「口コミ」があるとのこと。
「ファン総合研究所が情報に対する信頼度を調査した『推奨行動に関する調査(2022速報値)』では、『専門家』『インフルエンサー』『芸能人・著名人』よりも『友人や親しい人』『家族』のほうが信頼されているという結果が出ています。特にZ世代では、ネット上の友人やクラスメートよりも母親が信頼されているというデータもあります。つまり、自分で調べて情報を得たものより、家族や友人に勧められたもののほうが購入や利用につながりやすいと考えられます」

友人や家族に対する信頼度が群を抜いている。
「類は友を呼ぶ」という言葉があるように、家族や友人は価値観が近い場合が多い。そのため、家族や友人が愛用しているものや好きなものを勧められると、自分も気に入る可能性が高いのだ。
「企業側からすると、ファンに向けた取り組みを行い、ファン度を上げていくことで売上が安定するだけでなく、ファンが自主的に口コミを広めてファンを増やしてくれる可能性もあるというわけです。家族や友人は相手の熱意に共感し、好きが感染していく。
「製品の機能・価格」だけを追求すると企業は疲弊する

企業がファンベースを取り入れるには、従来の考え方を変える必要があるという。
「これまでのビジネスモデルは『BtoB』『BtoC』と表現されてきましたが、これからは『BwithF(Business with Fan)』が重要になると考えています。一方的に商品やサービスを与えるのではなく、ファンと共創していく。その関係をきちんと築くことができれば、ファンが離れることはなく、企業活動も続けていけるといえます」
佐藤さん曰く、「現代の日本企業の多くはファンベースと逆の方向に向かっている」とのこと。
「もともと日本の商店は、顧客の台所まで行って御用聞きをやっていました。これはまさにファンベースといえる取り組みです。しかし、マスメディアができて、いっぺんに情報を発信したほうが効率的だという考え方が一般的になり、大量伝達・大量生産・大量消費の時代になってしまった。その結果、企業の理念よりも製品の機能性や安さが重視され、価格競争のような消耗戦になっているのです」
そんないまだからこそ、「ファン」と向き合い、その企業らしさを伸ばしていけたところが生き残っていくのだといえる。
「振り返ってみると、効率化されたマスメディアの時代はたった100年弱で、歴史から考えるとむしろ大量伝達・大量生産・大量消費のほうが特殊なのかもしれません。ビジネスの基本はファンベースであると、立ち返るときに来ているのだと思います」
ファンの心をつかむのは「企業が持つストーリー」

ファンベースで注意すべきなのは、「ファンマーケティング」や「ファンビジネス」とは異なるという点だ。
「ファンから儲けようとすると、ファンベースはうまくいきません。ファンを感情のある人間として考え、大切にすることで、結果的にLTV(顧客生涯価値)がじわじわと上がり、口コミによって新たなファンが増えていくものです。そのために重要なのは、製品の機能性や価格だけでなく、企業やブランドが持つストーリーです。
ストーリーとは、企業が大切にしている理念や商品開発に臨む姿勢、ブランドが目指す世界などが挙げられる。例えば、環境問題に意欲的に取り組んでいる企業がその姿勢を打ち出すことで、共感する人がファンとなり、世界中の製品のなかからその企業の製品を選んでくれるようになるだろう。
一般的には新規顧客獲得が優先されがちだが、ファンと向き合い、長い関係を築くことが先決だという。
「新規獲得などの短期的な勝負は、ファンとの関係を築いてからでも遅くないと思います。商品開発が多少遅れたとしても、関係が強ければファンは待っていてくれるはずです。ファンベースを取り入れたからすぐに業績が上向きになるわけではなく、5~10年かけて関係を築いていくものと捉えることも大切です。パレートの法則を踏まえると、ファンと向き合うことで業績が悪化するとは考えにくく、逆に安定化に進んでいくでしょう」
企業によっては、ファンとの関係を維持していくなかで、ファンが株主になるケースもあるそう。
「その企業が好きで株まで買った株主は、最強のファンといえます。ファン株主は投機目的ではなく、ずっと保有し続けたいと思って株を買う方が多いので、企業にとってはとても強力な支えです。カゴメの株主は、カゴメの商品を一般消費者の13倍購入しているという話を聞いたことがあります。企業はファン株主のこともちゃんと見て、経営方針などを考えたほうがいいでしょう」

企業活動の基礎となり得る「ファンベース」。後編では、企業の具体的な取り組みについて、佐藤さんに伺う。
(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)