看板娘という名の愉悦 Vol.102
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。

雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。

吉祥寺ハモニカ横丁。

戦後の闇市の名残を色濃く残す人気の飲み屋街だ。

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その一角に今回の舞台となる「ハモ肉870」を発見。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
白いマフラーを巻いているのが看板娘だ。

隙間風が入るので冬はこのような服装で働く。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
カウンターの中では店主の島香さんが働いているが……。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
18時になると看板娘にバトンタッチ。

好きなお酒を聞くと即答で「ハイボールです」。しかも、ウイスキーはサントリーが誇る「知多」というこだわりを見せる。いただきましょう。


看板娘、登場

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
「お待たせしました〜」。

トップライトを浴びて輝く彼女は23歳の和華(のどか)さん。都内の医学部に通う才媛だ。絶品ハイボールを飲みながら、ゆっくりと話を伺いましょう。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
こちら、1杯600円。

フードも安くて美味しそうなものばかり。なお、メニューボードに描かれた牛の絵はバイト嬢たちの競作だという。和華画伯の作品はホウレン草の下のキリンっぽい牛。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
「絵は苦手なのに無理やり描かされたんですよ……」。

何はともあれ注文だ。和華さんが絶賛する「牛タン塩焼き」(680円)は外せない。「白ハマグリのホイル焼き」(450円)も食べたい。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
肉は1枚から注文できる。

なお、フードは向かいの「ハモ肉」で調理される。そう、「ハモ肉」のハナレ的場所にある2号店ゆえに「ハモ肉870」なのだ。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
2016年にオープンした「ハモ肉」はハモニカ横丁で唯一の焼肉店。

やがて、美しい牛タンと白ハマグリが運ばれてきた。

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山口の銘酒「貴」(500円)を合わせた。

かなりお安い立ち飲み屋価格。しかし、店主の島香さんが「美味い肉を気軽に食べられる店で勝負をしたくて」と語るだけあって本気の味だった。

さて、和華さんは東京・上野駅の近くで生まれ育った。上野公園で遊び放題かと思いきや、「3歳から水泳に打ち込んでいたので、遊ぶ暇はまったくなかった」そうだ。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
1人だと泣いてしまうが、お母さんが隣に来たら笑ったという3歳の七五三。

「かなり落ち着きがない子供で道路にもすぐ飛び出すから、しょっちゅう交通事故に遭うんです(笑)。7歳のときにも轢かれて、くも膜下出血で親を心配させました」。

また、小学生の頃に自分でお風呂に入ろうと思って溜めたお湯が熱湯。左脚の膝下に大火傷を負い、即入院。さらに院内感染でICUに移された。

「お医者さんからは『今夜が峠です』と言われたらしいんですが、なんとか復活しました」。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
北島康介も輩出した東京スイミングセンターでお姉ちゃん(右)と。

全国中学校水泳競技大会やジュニアオリンピックにも出場したというからすごい。ここで常連さんが注文したハイボールをなぜか和華さんが受け取った。

「いつもご馳走してくださるんです。トマトも私が食べたいと言ったから注文してくれました(笑)」。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
男性も嬉しそうだからウィンウィンの関係である。

入店から30分。和華さんから「すみません、忘れてました!」とおしぼりを渡された。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
腹が立つどころか、むしろ好感度がアップするのが不思議。

そして、医学部に進学した理由を聞いて涙した。

「ちょっと格好つけてる言い方になっちゃいますが、私、お母さんが大好きなんです。あ、お父さんも好きですけど。だから、両親とか大事な友達が風邪を引いたりケガをしたりしたときに自分で診療できたらなと思って」。

感動しつつ和華さんを見ると、お客さんが注文した料理に箸を伸ばしている。

「この自家製チャーシューも最高に美味しくて。あ、彼は大学の友達です」。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
あまりにも自然で清々しい。

ここで2回目の来店だというカップルが登場。大学の友達ともすぐに打ち解けて盛り上がっている。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
これぞ、狭い立ち飲み屋の醍醐味だ。

お酒のお代わりは何にしようか。

「実はクラフトジンにも力を入れているんです」。

なるほど。1848年に創業した泡盛の老舗蔵元、沖縄・瑞穂酒造の「ORI-GiN 1848」(750円)をソーダ割りでいただきます。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
さくら酵母で仕込んだ泡盛をベースにしたトロピカルな風味。

順調に酔いが回ってきた。トイレに行きたいが、ハモニカ横丁にはトイレを持たない店舗が多い。この店でも専用の鍵でドアを開ける共同トイレを利用する。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
年季の入った木札付き。

店に戻り、クラフトジンも飲み干したところで、お会計。和華さんが大学を卒業するのは来年の春。そこからはどこかの病院で研修医として働く。医師と患者として再会する日が来てほしいような来てほしくないような……。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
お見送りもしてくれました。

最後に読者へのメッセージもお願いします。

ハモニカ横丁の立ち肉バーで、看板娘が医者を目指す理由に涙した
苦手なイラストも頑張って描いてくれました。

【取材協力】
ハモ肉870
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-8
電話:090-7213-1093
www.instagram.com/8mo29_870/

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石原たきび=取材・文