看板娘という名の愉悦 Vol.102
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
吉祥寺ハモニカ横丁。
その一角に今回の舞台となる「ハモ肉870」を発見。
隙間風が入るので冬はこのような服装で働く。
好きなお酒を聞くと即答で「ハイボールです」。しかも、ウイスキーはサントリーが誇る「知多」というこだわりを見せる。いただきましょう。
看板娘、登場
トップライトを浴びて輝く彼女は23歳の和華(のどか)さん。都内の医学部に通う才媛だ。絶品ハイボールを飲みながら、ゆっくりと話を伺いましょう。
フードも安くて美味しそうなものばかり。なお、メニューボードに描かれた牛の絵はバイト嬢たちの競作だという。和華画伯の作品はホウレン草の下のキリンっぽい牛。
何はともあれ注文だ。和華さんが絶賛する「牛タン塩焼き」(680円)は外せない。「白ハマグリのホイル焼き」(450円)も食べたい。
なお、フードは向かいの「ハモ肉」で調理される。そう、「ハモ肉」のハナレ的場所にある2号店ゆえに「ハモ肉870」なのだ。
やがて、美しい牛タンと白ハマグリが運ばれてきた。
かなりお安い立ち飲み屋価格。しかし、店主の島香さんが「美味い肉を気軽に食べられる店で勝負をしたくて」と語るだけあって本気の味だった。
さて、和華さんは東京・上野駅の近くで生まれ育った。上野公園で遊び放題かと思いきや、「3歳から水泳に打ち込んでいたので、遊ぶ暇はまったくなかった」そうだ。
「かなり落ち着きがない子供で道路にもすぐ飛び出すから、しょっちゅう交通事故に遭うんです(笑)。7歳のときにも轢かれて、くも膜下出血で親を心配させました」。
また、小学生の頃に自分でお風呂に入ろうと思って溜めたお湯が熱湯。左脚の膝下に大火傷を負い、即入院。さらに院内感染でICUに移された。
「お医者さんからは『今夜が峠です』と言われたらしいんですが、なんとか復活しました」。
全国中学校水泳競技大会やジュニアオリンピックにも出場したというからすごい。ここで常連さんが注文したハイボールをなぜか和華さんが受け取った。
「いつもご馳走してくださるんです。トマトも私が食べたいと言ったから注文してくれました(笑)」。
入店から30分。和華さんから「すみません、忘れてました!」とおしぼりを渡された。
そして、医学部に進学した理由を聞いて涙した。
「ちょっと格好つけてる言い方になっちゃいますが、私、お母さんが大好きなんです。あ、お父さんも好きですけど。だから、両親とか大事な友達が風邪を引いたりケガをしたりしたときに自分で診療できたらなと思って」。
感動しつつ和華さんを見ると、お客さんが注文した料理に箸を伸ばしている。
「この自家製チャーシューも最高に美味しくて。あ、彼は大学の友達です」。
ここで2回目の来店だというカップルが登場。大学の友達ともすぐに打ち解けて盛り上がっている。
お酒のお代わりは何にしようか。
「実はクラフトジンにも力を入れているんです」。
なるほど。1848年に創業した泡盛の老舗蔵元、沖縄・瑞穂酒造の「ORI-GiN 1848」(750円)をソーダ割りでいただきます。
順調に酔いが回ってきた。トイレに行きたいが、ハモニカ横丁にはトイレを持たない店舗が多い。この店でも専用の鍵でドアを開ける共同トイレを利用する。
店に戻り、クラフトジンも飲み干したところで、お会計。和華さんが大学を卒業するのは来年の春。そこからはどこかの病院で研修医として働く。医師と患者として再会する日が来てほしいような来てほしくないような……。
最後に読者へのメッセージもお願いします。
【取材協力】
ハモ肉870
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-8
電話:090-7213-1093
www.instagram.com/8mo29_870/
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石原たきび=取材・文