「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

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生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」を立ち上げた高橋博之さんが、実は新聞記者を目指して議員秘書を勤めていたという20代のお話を伺った前編。

人生を変えた屋久島での出会いを経て、地元の課題を解決する地域に根付いた政治家を目指して、地元・岩手県花巻市で活動を始めた。


地盤や看板がなくても勝てる

地元の岩手・花巻で街頭演説を始め、3カ月ほどたったころ、変化が起き始めた。毎日通る通勤の人がクラクションを鳴らして応援してくれたり、寒い日に温かい缶コーヒーを手渡してくれる人がいたり。カラオケ教室を営んでいる人が「もっと演説に抑揚をつけろ」というメモをそっと手渡してくれたこともあった。

そして1年4カ月経ったときに、チャンスが訪れた。県議会議員の補欠選挙だ。

そして30歳で初当選。1年後の本選挙でもトップ当選。

街角に立ち続け、町の人と繋がっていった結果だった。

「地盤・看板・カバン、なんにもない人が無理だよって言われましたけど、結果、全世代、全地域からまんべんなく票をとることができたんです。

僕の考えに共感してくれた人たちが、『この指止まれ』で集まってくれた。損得ではなく価値観を共有できることが大事。これは、政治でも事業でも同じです」。


知り合い繋がって、他人事ではなくなった

そして、地元での政治活動を通じて、ようやく高橋さんは農業という仕事について知ることになる。

「農家の人たちに話を聞いたり、作業を体験させてもらったりして『すげーな!』と思いました。

思い通りにならない自然に働きかけて食べ物を作るという仕事の奥深さを知ったんです。なのに、農家の人は食えないっていう。私たちの命を支える食べ物を作ってくれている人が報われないって、おかしいじゃないですか。理不尽だと思ったんですよ」

高橋さんは子供の頃から、「理不尽なこと」へ抵抗する気持ちが強かったという。それは、8つ年上の姉がいたからだ。障がいを抱えていた彼女に対する周囲の目線に子供の頃から憤りを感じていた。

「姉はたまたま先天的な障がいを持って生まれてきただけで、何も悪いことしてないのに、どうしてこんな目で見られなきゃいけないんだ!って子供の頃から思っていました。

理不尽なことが許せない気持ちが原点にあるんです。だから、食を支えるという命の一丁目一番地の仕事をしている人が理不尽な目にあっているという状況を、なんとかしたい、と思ったんです」。

(c)ポケットマルシェ

そんな折に起きたのが、東日本大震災だった。岩手県内の大きな被災地は漁村で、被災者の多くは漁師だった。高橋さんはボランティアとして沿岸部の被災地に入り、漁師たちと接する中で、一次産業への思いをさらに強くした。

「農業と同じで、漁業の現場でも震災前から人口減や高齢化といった問題を抱えていて、そこに震災でとどめを刺されたということをたくさんの漁師から直接、聞きました。

ニュースで聞くことって、知識でしかないんですよ。農業や漁業が大変だって新聞で読んでも、顔が見えなければ共感できない。僕は議員時代に岩手県内に農家の友人知人がたくさんできて、そして被災地で漁師に出会った。知り合いである彼らの抱えている問題は、僕にとってもう他人事じゃなくなっていたんです」。


事業家に転身、「東北食べる通信」が誕生

高橋さんは、震災後の岩手県知事選に立候補した。

被災地沿岸部270km歩き回って一次産業の重要性を訴えたが、結果は惜敗。37歳のときのことだった。

「4年後の再挑戦も考えましたが、当選するための政治活動も虚しく感じて。一方で被災地で出会った若者がゼロから立ち上がろうとしているわけです。自分ももっと生産者と近いところで手足を動かそうと、政治家を辞めて事業をやることにしたんです」。

それで2013年に生まれたのが、食べもの付き情報誌「東北食べる通信」だ。

生産現場のストーリーを特集した雑誌と、彼らの作った旬の食べ物がセットで届けられるというもの。大きな反響を呼び、日本全国で同ビジネスモデルのご当地「食べる通信」が発行されるようになった。

そして2016年に、「食べる通信」が育んだ生産者と消費者の繋がりを日常にまで広げるビジネスとして、ポケットマルシェがスタートする。流通を通さず、直接生産者から購入することで、消費者にも生産者にもひと手間が増える。

たとえば、送る側は梱包をする手間がかかるし、届いた食材は時には自分で捌かねばならない。しかし一見面倒にも聞こえるこの「ひと手間」が、生産者と消費者のコミュニケーションを生み、このサービスに意義を生み出している。

都市部に住むある70代の独居女性がポケットマルシェを利用して、「買うだけじゃなくて、それをきっかけにやりとりをして豊穣な人間関係を他人と作れることにびっくりした。認知症予防になりそう」と言ったそうだ。

食の裏側のストーリーを可視化し、生産者と消費者をつなげることで、生産者を支えることはもちろん、都市に暮らす消費者に人との関わりや生きる実感を取り戻してもらう。

これが高橋さんのいう「世なおしは、食なおし」の意味なのだ。

高橋さんが現在47都道府県を行脚しているREIWA 47キャラバンでの講演会。

「結局、政治家を志したときから今まで訴えてきたことは同じなんです。28歳で花巻に帰って街頭で初めてしゃべったことは、人間中心主義、物質主義を脱しようということ。環境問題も、都市の抱える問題も、地方の課題も表裏一体なんです。

画一的な価値基準の中で優劣や効率ばかりを求めるのはやめて、いろいろなつながりの中で生かされているという感覚や、生きる実感を取り戻していくことが大事。ずっとそういうことを訴え続けてきた『言い出しっぺ』として、その社会が実現するまで言い続けていかなければいけないなって思っています」。

そのために、高橋さんはこれからも「世なおしは、食なおし」を掲げて生産者と消費者をつなぎ、地方と都市をかき混ぜ続ける。

高橋博之(たかはしひろゆき)●1974年岩手県花巻市生まれ。青山学院大学卒業。国会議員秘書を経て、2006年岩手県県議会議員補欠選挙に無所属で立候補して当選。2期勤める。2011年に岩手県知事選挙に立候補し、次点で落選。実業家に転身し、生産者と消費者を「情報」と「コミュニケーション」でつなぐ食べもの付き情報誌、「東北食べる通信」を創刊。その後「日本食べる通信リーグ」を設立し、全国各地の「食べる通信」が誕生し、グッドデザイン賞金賞(2014年度)、日本サービス大賞(地方創生大臣賞、2016年)受賞。2016年、生産者が農水産物を出品し、消費者が直接購入できる「ポケットマルシェ」をスタート。「世なおしは、食なおし。」の旗を掲げ、全国各地を行脚している。著書に『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)など。東日本大震災10年を前に、岩手県沿岸を再び徒歩で巡り、47都道府県を行脚する旅「REIWA47キャラバン」開催中。https://47caravan.com

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真