■ 「しょっぱい」は物足りない? 変わる“おいしさ”の基準
甘みの強いしょうゆやだしのきいた風味は、もともと一部の地域に根付いてきたものだ。それが現在、全国的な広がりを見せ、地域による味の境界線が曖昧になっている。キッコーマンの担当者は市場の現状を次のように分析する。
「ここ数年、『だししょうゆ』の市場が伸びたり、九州のあまくちしょうゆも全国で手に取られるようになったりしてきました。昔ながらのしょうゆに加えて、甘みや旨みのしっかりした味わいが支持されていると感じています。その背景には、日本人の味覚が変化し、甘みや旨みの強い味を好む傾向が強まっていることがあると考えています」(キッコーマン食品 プロダクト・マネジャー室 しょうゆ・みりんグループ恩田 友貴さん/以下同)
味覚変化の要因のひとつとして、外食や中食(総菜・弁当)の日常化が挙げられる。洗練されたプロの味に触れる機会が増えたことに加え、全国展開する回転寿司チェーンなどで「だししょうゆ」が広く使われるようになった影響も大きい。だしの旨みや甘みがきいた奥行きのある味に日常的に親しむ中で、現代人の舌は「単にしょっぱいだけでは物足りない」と感じるようになり、旨みやコクを含めた“総合的な濃さ”をおいしさの基準とする傾向へとシフトしてきたとみられる。
■ 一発で「プロの味」に、共働き世帯が醤油に求める“確実性”
食卓を取り巻く環境の変化も、しょうゆの味づくりに反映されているという。仕事と家事の両立に追われる現代の家庭では、限られた時間で効率よく料理を仕上げることが求められる。
「DEWKS(子育て共働き)世帯を中心に『とにかく時間がない』という声が増えています。その結果、調味料の各カテゴリーでは“1本で味が決まる”といった簡便性の高い商品が支持を集めています。しょうゆにおいても、甘みや旨み、だしといった要素をあらかじめ組み合わせることで、さまざまな料理に活用しやすくなります。この点からもこれらのしょうゆのニーズが高まっているのではないでしょうか」
計量の手間を省き、誰が作っても失敗せず「期待通りの味」を再現できる。このタイムパフォーマンスへの欲求も、だしや甘みをあらかじめバランスよく配合したしょうゆの支持につながっている。
■ 健康か家族の「おいしい」か、食卓で揺れる切実なジレンマ
しょうゆをめぐっては、旨みや甘みを重視する傾向とは別に、もう一つ大きなテーマがある。「健康との両立」だ。家族のために塩分は控えたい、そう思いながらも、「おいしさ」は簡単には譲れない。そんな相反する思いに、多くの家庭が向き合っている。
キッコーマンが家族を持つ層を対象に行った調査でも、その実態が浮かび上がった。
「家族が濃い味やしっかりした味を好むため、塩分など健康面を心配している方が非常に多いことがわかりました。
同社が今年2月に発売した「いつでも新鮮 丸大豆しょうゆ まろうま仕立て」は、このジレンマに応えると同時に、近年の“旨み・甘み志向”という味覚の変化にも対応した商品だ。コンセプトは「塩分を抑えながらも、味はしっかり」。塩分を20%カットしつつ、旨みと甘みを効かせることで、塩味の物足りなさを補い、味に厚みを持たせた。独自製法の丸大豆しょうゆに純米本みりんなどを組み合わせることで、まろやかでコクのある味わいを実現した。
■ 「こいくち・うすくち」はもう古い? しょうゆ選びの“新・基準”
こうした味づくりの変化は、しょうゆの選び方にも影響を及ぼしている。これまでのしょうゆ選びは、「こいくち」か「うすくち」かといった、塩味の強さや色合いなどを軸にしたシンプルなものだった。だしの風味や甘み、旨みといった要素に加え、「塩分カット」などの健康機能を持つ商品が登場したことで、複数の価値をどう組み合わせるかが選択のポイントになってきた。
「これまでの商品の分け方では、お客様はどのしょうゆが自分に適しているのかがわかりにくい。今後はご自分のライフスタイルや味のお好みに応じて選んでいただけるように、各商品の選択基準を明確にする必要があると考えています」
塩味を調える基礎調味料から、料理の風味や健康への配慮も含めて選ぶ“食卓の調整役”へと役割を広げたしょうゆ。味わいや機能性を意識して選ぶことで、家庭料理の仕上がりを整え、毎日の食卓を支える存在となっている。
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