俳優の坂口健太郎が主演する映画『私はあなたを知らない、』が、8月28日より全国公開される。『湯を沸かすほどの熱い愛』『浅田家!』などを手がけた中野量太監督が、約10年ぶりに完全オリジナル脚本で描く感動のヒューマンサスペンスだ。


 人を愛すること、罪と贖罪、赦しをテーマにした本作で、坂口が演じるのは、天涯孤独の青年・西山夕平。決めたルーティンに沿って淡々と暮らしてきた夕平は、ある女性との出会いをきっかけに、“家族”という幸せの形を知る。しかし、その愛情は思いもよらない方向へ進み、やがて重い罪を犯してしまう。

 孤独な青年期から40代までを演じた坂口は、「台本を読んだ時は、とても難しい役だなと思ったんですよね」と振り返る。

 「今回の夕平役はいろいろな捉え方ができると思ったので、『絶対にこの役はこうです』というものは、正直ありませんでした。中野監督といろいろ話しながら、『夕平だったらどうするだろうね』と一緒に考えながら、演じていきました」

 撮影では、同じ場面を異なる感情や表現で演じることもあったという。

 「感情をどこまで表現するのか、表現しない方がいいのか。いろいろなパターンを撮りました。つないだ時に、そのうちの一つが正解になるのだと思いますが、演じている時はどれも間違いではなく、どれも正解だと思っていました。地道でした。一歩一歩という感じでしたね。夕平の内面をずっと考え続けました」

 しかも、中野監督からは、「立っているだけでかっこよく見えてしまう」と指摘され、夕平としてその姿をどう崩すかを求められた。


 「自分では普通に立っていただけなんですけどね(笑)。でも、夕平を演じる上では、その“普通”をもう少し崩す必要がありました。監督から『情けなさで顔がぐしゃっと崩れるような表情を撮りたい』とも言われていたので、自分の中にある情けない部分を、もっとさらけ出してみようと意識した瞬間もありました」

 完成した作品について、坂口は「自分からすると、ちょっと恥ずかしい部分がある映画なのかもしれません」と話す。

 「普段、自分の中に出てこないような感情なので、簡単には表現できませんでした。自分がそこまでの感情になったら、どのような表情や声色になるのか。それを毎日振り絞っていました」

 夕平は、職場で出会った紗月とその娘の幼い朝子を本当の家族のように、狂おしいほど愛した男だ。しかし、その愛情は少しずつ行き場を失い、夕平は紗月を殺めてしまう。

 人を愛することと、その愛にとらわれること。行為を肯定することなく、そこに至った夕平の感情をどこまで表現できるのか。坂口は、演じる上で感じた難しさをこう振り返る。

 「もちろん、絶対に許されることではないし、『夕平にはこういうことがあったから、仕方がないよね』とはなりません。ただ、演じる以上、彼の悲しみや、そこに至るまでの心の動きを理解した上で、カメラの前に立たなければならない。
そこがものすごく難しいと思いました」

 事件に至るまでの夕平の心情は、作中で明確な答えとして示されない。坂口は、この人物を演じる難しさが、そうした“語らなさ”にもあったと話す。

 「夕平は、『あの時、こういうことがあった』と自分から語らないじゃないですか。(面会室での)朝子の言葉によって少しずつ過去が見えてきますが、夕平自身が説明しているわけではないんですよね」

■不器用な愛情はなぜ危うさへ変わったのか

※以下は映画『私はあなたを知らない、』の重要な展開に触れています。

 物語を通して見えてくるのは、朝子への深い愛情と、それをうまく表現できない夕平の姿だ。

 朝子の運動会では、うまく走れなかった朝子のため、競技を止めて「もう一回やろう」と訴える。この行動については、撮影現場でも受け止め方が分かれたという。

 「『さすがにそこまでしてしまうと、ほかの保護者の目もあるし、朝子も恥ずかしいよね』と感じる人もいれば、父親だったらそこまでする方が深い愛情を感じる、という人もいました。現場でも、捉え方が真逆に分かれていたんですよね」

 坂口自身は、同じ状況になっても、夕平のように競技を止めることはできないという。一方で、夕平と朝子が運動会に向けて一緒に練習を重ねてきたことも知っているからこそ、夕平の悔しさも理解できた。

 「夕平は、とても深い愛情を持っている。ただ、その愛情の放出の仕方、表現の仕方がうまくなかったんだろうなと、演じながら思いました」

 遊園地の場面にも、夕平の不器用な愛情の表し方が出ている。
ソフトクリームを買って戻ってきた夕平は、すぐには朝子のもとへ行かず、一人で待つ朝子が夕平を求めるまで様子を見てしまう。

 その直前、夕平は朝子から「夕平なんていらない」と言われていた。幼い朝子が、その場の不満から口にしただけで、悪気がないことは夕平にもわかっていたのかもしれない。それでも些細なひと言がトゲとなって、心に刺さったままになってしまう。

 「夕平が少し意地悪をしたくなる気持ちもわかるんです。『僕はこんなに愛情を持っているのに、なんでだよ』という気持ちもあったのだと思います。夕平は天涯孤独で生きてきたから、自分が必要とされていないと感じることに敏感だったのかもしれません。朝子を深く愛していても、その気持ちをうまく表現できなかったのだと思います」

 夕平の中に積み重なっていた、孤独や悲しみ、行き場のない愛情。坂口は、それまで抑えていた感情が、事件の瞬間にあふれてしまったのではないかと考えた。

 「同じ状況に置かれても、ほとんどの人は夕平と同じ行動を取らないと思います。ただ夕平は、それまで抱え込んできた感情が、あの瞬間に一気にあふれてしまった。その結果、越えてはいけない一線を越えてしまったのかもしれません」

 夕平の行為を肯定することはできない。
それでも坂口は、朝子を愛した時間や、必要とされることを求めてきた夕平の心をたどることで、事件に至った感情を理解しようとした。

 試写を見た知人の中でも、男性の反応は特に熱量が高かったという。

 「たまたま僕が感想を聞いた人に男性が多かったのですが、反応の熱量が高かったんです。殺人に至る感情そのものではなく、幼い朝子と一緒に過ごし、やがて離れなければならなくなる。その愛情や悲しみが、意外と男性に響いたのかもしれません」

 朝子への深い愛情は、なぜ危うさへと変わっていったのか。夕平をどう受け止めるかは、見る人によって異なるだろう。坂口も「みなさんがどのように思うのか、すごく興味があります」と話していた。
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