プレゼンやスピーチを成功させるにはどうしたらいいのか。シリコンバレー在住の起業家・今野有子さんは「プレゼンは単なる情報伝達ではなく、聴衆を惹きつける“舞台”だ。
人の心を動かす3つの要素を押さえていれば、相手の行動は促しやすくなる」という――。(第2回)
※本稿は、今野有子『目に見えない価値の伝え方 顧客を感動させる提案の技術』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■なぜアメリカ人のプレゼン能力は高いのか
日本では、小学校の校長先生のスピーチといえば、「長い」「つまらない」「くどい」「結局何を言いたいかわからない」の代名詞です。私自身も子どもの頃、校長先生の話が始まると退屈で仕方がなかった記憶があります。
ところが、娘が通うアメリカの小学校の校長先生、中学校の校長先生、どちらのスピーチも楽しく魅力的で、生徒からも大人気なことに驚きました。学校行事の説明ひとつでも、聴衆を笑わせ、感動させ、ユーモアを交えたストーリーテリングを駆使しながら話し、参加者を引き込む力を持っています。
最初は「たまたま話が上手な先生なのだろう」と思っていましたが、地域のイベントや学校行事に参加するうちに、校長先生に限らず、何らかの役職についている人の多くが優れたプレゼン能力を持つことに気づきました。音楽イベントやボランティア活動のリーダー、行政の担当者まで、彼らは皆、驚くほどわかりやすく、そして面白く話すのです。
では、なぜアメリカ人のプレゼン能力は高いのでしょうか? 伝えることが重視され、効果的な話し方が浸透しているのはなぜでしょうか? その背景には、日本とアメリカの「伝え方に対するアプローチの違い」があると感じます。
■単なる伝達ではなく、聴衆を惹きつける“舞台”
日本では、話す内容の「正しさ」や「情報の網羅性」が重視される傾向が強く、話の組み立てや表現の仕方にはあまり重点が置かれません。一方で、アメリカではプレゼンテーションは単なる情報の伝達ではなく、「聴衆を楽しませ、引き込むためのパフォーマンス」として捉えられています。
たとえば、アメリカの校長先生は、聴衆の注意を引くためにユーモアを取り入れ、冗談を交えながら自然に話を進めることが多く、聴衆は退屈することなく、興味を持って話を聞くことができます。

また、アメリカでは「物語を語る」という手法が一般的です。ただの情報提供ではなく、個人的なエピソードや感情に訴えるストーリーを交えることで、聴衆の共感を引き出し、心に残るメッセージを届けるのです。
このような相手の心を動かす説得の技術は、アメリカで生まれたものではなく、古代ギリシャにまで遡ります。
古代ギリシャ、特にアテネでは、市民が直接政治に参加しており、裁判の判決も市民の手に委ねられていました。論理の力だけではなく、いかに魅力的な言葉で大衆の心を動かせるかが、非常に重要視されていたのです。
■説得には3つの要素が必要
この時代、説得の技術は社会的影響力そのものと言ってよく、議会での討論、法廷での弁論では、言葉の力が大きな力を持ちました。そして、この「説得」の技術を体系化し、理論として確立したのが、「万学の祖」と呼ばれる哲学者アリストテレスでした。
アリストテレスの残した有名な著作に『弁論術』があります。これは、「人をどう説得するか?」という、ある意味とても人間臭く、そして現代のビジネスでも避けて通れないテーマについて書かれたものです。
アリストテレスは、説得には3つの要素が必要だと説きました。それが「エートス(人柄)」「パトス(感情)」「ロゴス(論理)」です。
まずエートスとは「話し手の信用・信頼」のことです。
つまり、「この人の話なら耳を傾けたい」と思わせる人間としての魅力や信頼感が、説得力の土台になります。聞き手が「この人は誠実だ」「この人には経験がある」と感じることで、話に重みが生まれるのです。
次にパトスとは「感情」のことで、聞き手の気持ちを動かすことです。恐れ、希望、共感、怒り──こうした感情に訴えることは、論理だけでは動かせない「人の心」を動かします。
■スピーチ・マーケ・演説すべてに使えるワザ
これはマーケティングやプレゼン、政治の世界でもおなじみですよね。「心を動かさなければ、人は動かない」とはまさにこのことです。
そして最後がロゴス。これは「論理的な筋道」です。
つまり、根拠の妥当性や推論の正しさ。いくら話し手が信頼できて、感情に訴える力があっても、話していることに筋が通ってなければ信じられない──これは現代の社会でもまったく同じです。
つまり、アリストテレスが教えてくれたのは、説得とは「信頼・感情・論理」のバランス芸であり、どれかひとつではなく、三位一体で成り立っているということ。どれかひとつでも欠けると、説得力は半減してしまうのです。

これを2400年前に言語化していたアリストテレス、やっぱりすごいですよね。『弁論術』は、人間の幸福やコミュニケーションに根ざした「説得の技術」として、時代を超えて受け継がれてきました。まさにバイブルのような一冊で、今でも研究され続けている名著です。
現代のプレゼンテーション、マーケティング、政治演説に至るまで──説得の「普遍的ルール」として、アリストテレスの知恵は息づいています。
■プレゼンの天才・ジョブズに説得力はあったのか
私たちが今日から使えるヒントがたくさん詰まっている『弁論術』について具体例を挙げながら、より詳しく見ていきましょう。
アリストテレスの考え方を現代風に表現すれば以下のようになります。
・話し手自身の信頼性を示す(エートス) 話し手が信頼される人間であることを示すこと。「誰が言うのか」という側面に当たる。

・聞き手の感情を喚起する(パトス) 聞き手の感情に訴えかけ、共感や情熱を引き出すこと。「どのように言うのか」という側面に当たる。

・根拠づけて説明する(ロゴス) 聞き手にとって納得できる証拠や論理をデータ、エピソード、理論などを示しながら伝えること。「何を言うのか」という側面に当たる。

これら3つの要素によって、人は心を動かされるのです。説得力のある優れたプレゼンを分析すると、意識的・無意識的にこの3要素が入っていることに気づかされます。
「プレゼン」の天才と言われ、亡くなってからもシリコンバレーの伝説的存在として君臨するスティーブ・ジョブズ。彼の説得力は実際どうだったのか、ロゴス・パトス・エートスの観点で分析したいと思います。
■iPhone発表時のプレゼンを分析
彼が2007年におこなった、iPhone発表の伝説のプレゼンテーションを、100点を満点としてジャッジしてみましょう。
・ロゴス達成度――100点
「iPhoneは、タッチ操作が可能なワイドスクリーンiPodだ」「iPhoneは革命的なモバイルフォンである」「iPhoneは画期的なインターネット通信端末である」といった説明により、すでに存在していた「携帯電話」「iPod」「インターネットコミュニケーター」の3つの製品をひとつに統合しているというシンプルなロジックで革新性を強調しています。
・パトス達成度――150点
「これが電話だと思っていたかもしれませんが、実際には、携帯電話ではない、人生を変える道具です」「iPhoneが新しい時代を切り拓く」「未来の生活を変える」といった言葉で、聴衆を感情的に引き込みました。
製品の革新性を感じさせると同時に、それが個人の生活に与える影響を情熱的に語りかけることで、聴衆の興奮と期待を引き起こし、心を動かしました。ジョブズはiPhoneを実際に操作する場面を多用し、製品の革新性と直感的な使いやすさを視覚的に示し、「欲しい」「興奮する」「驚く」といった聴衆の感情を刺激したのです。
さらに「この製品がどう未来を変えるのか」とユーザーの日常生活や未来にどのような影響を与えるのかを情熱的に語り、聴衆に対して感情的なつながりを生み出し、熱狂させることに成功しました。もはや満点を超えています。
■ジョブズは“つまらない新作発表会”を変えた
・エートス達成度――120点
「Appleはこれまでにいくつかの革命的な製品を紹介してきました。
Mac、iPod、そして今日、私たちは革命的な製品を紹介します」という説明でジョブズはAppleがMac、iPodなど革新的な製品を世に送り出してきた実績を強調し、「Appleなら新しい技術を実現できる」と説得しました。
また、ジョブズは、彼自身が自分の製品に対して非常に強い信念と情熱を持っている人間であることを、確信に満ちた姿勢で表現しました。それが聴衆に信頼感を与え、彼の言葉に説得力を持たせました。
・総合評価――123点
論理的に製品の技術的な優位性を示し(ロゴス)、感情的に未来の可能性を訴え(パトス)、自らの信頼性を基盤に説得力を持たせる(エートス)を巧みに組み合わせた一流の説得だと言えるでしょう。特にパトスが素晴らしく、聴衆に驚きを与え、強い印象を与えることに成功しました。
従来はスペック紹介が中心のお決まりのもので、つまらなくなりがちだった新製品発表を「世界を変えるイノベーション」というドラマチックなストーリーで聴衆を熱狂させるものに変えることで、テクノロジー業界のプレゼンテーションに大きな影響を与えたのです。
説得の3要素は2400年前にアリストテレスが示したものであり、時代やテクノロジーが変わっても色褪せません。あなたの次のプレゼンや提案にも、この普遍的な原則を組み込み、聞き手の心を動かす力に変えてみてください。

----------

今野 有子(こんの・ゆうこ)

アルムンド代表

Philosophy Technologies inc. Co-CEO。早稲田大学商学部卒業後、武田薬品、リクルートエージェント(現リクルート)で法人営業を経験。ニュージーランド、スペイン、フランスに留学後、株式会社アルムンドを創業し、ワインを通じて、新たな市場と顧客体験の創出に取り組んできた。ファイナルファンタジー30周年記念ワイン(スクウェア・エニックス)をはじめ、ヤマハ、NTTドコモ、東急不動産、関西電力グループなど、多業種にわたる大手企業とのコラボレーションを実現。
ワインの輸入販売にとどまらず、ボルドーやブルゴーニュ、ロンドンで得たワインの知見を活かした様々なイベント企画、高級旅館やミシュラン星付きレストランなど、ハイエンド顧客層にコンサルティングを多数手掛ける。これまで6カ国で4言語を用いて生活した経験から培った多文化的な視点を強みに、現在はシリコンバレーを拠点に、哲学的思考を活用したビジネスをグローバルに展開している。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。

----------

(アルムンド代表 今野 有子)
編集部おすすめ