※本稿は、今野有子『目に見えない価値の伝え方 顧客を感動させる提案の技術』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■商品価値は4つの基準で判断されている
価値は大きく分けて、(1)交換できること、(2)役に立つこと、(3)ポジティブな感情を引き起こすこと、(4)意義があること、の4つの基準によって判断されています。
実際の消費行動や意思決定は、これら4つの基準が組み合わさることで形成されます。
(1) 交換できること――交換可能性
交換可能性とは、「何かと交換できる価値」です。典型的な例は貨幣です。紙幣やコイン自体は何かに使えるわけではありませんが、「何か価値のあるもの」と交換できるからこそ、人々にとって価値があるのです。「市場での価値」とも言えます。
(2) 役に立つこと――目的にとっての有用性
有用性とは「これは何の役に立つのか?」という基準です。有用性には、大きく分けて「機能的な有用性」と「社会的な有用性」の2つがあります。
機能的な有用性とは、自分がそのモノやサービスを使って実際に役立つかどうかです。たとえば、スマホの充電ケーブルは「充電するという目的のため」に買います。
■「楽しい」「気持ちがいい」感情も必要
社会的な有用性とは、他者から評価されるために役に立つかどうかです。たとえば、ロレックスの腕時計には「時間がわかる」という機能的有用性もありますが、多くの人がロレックスを選ぶのは「ステータスを示す」「ビジネスの場で信頼感を与える」という社会的な有用性を評価しているためです。
(3) ポジティブな感情を引き起こすこと――個人的で瞬間的な視点での満足
「楽しい」「気持ちがいい」と感じるものに対しても、人は価値を見出します。
これは、有用性や交換可能性とは異なり、純粋に感覚的な満足や快楽を得ることを目的とした価値です。映画、音楽、ゲーム、美味しい食事といったものは、実用的であったり、交換できたりするわけではありませんが、「楽しい」「気持ちがいい」という理由で選ばれます。
海外旅行をするとき、「とにかく安く移動できればいい」と考える人は、格安航空会社(LCC)を選び、「移動も楽しみの一部だから、快適に過ごしたい」と考える人は、ビジネスクラスやファーストクラスを選びます。前者では有用性が、後者ではポジティブな感情が基準になっています。
■消費行動を促す、人生や社会的な“意義”
(4)意義があること――長期的で普遍的な視点での評価
「意義」を基準にした価値では、快楽や実用性を超え、「自分の人生全体や社会全体にとってどのような意義があるのか?」という長期的で普遍的な視点が重視されます。
普遍的とは「いつでもどこでも誰でも当てはまる」ということで、快楽では「今ここでの私の満足」が重要なのと対照的です。この意義という価値は、大きく「真・善・美」という3つの側面に分けることができます。
(A)真――知ること自体に感じられる価値(知的好奇心にもとづいた探求、歴史や哲学を学ぶ、天体観測など)
(B)善――自分の成長、他者との調和的な関係、社会貢献に感じられる価値(ボランティア、教育、環境保護など)
(C)美――何かを豊かに表現することや、その表現を鑑賞することに感じられる価値(自然や芸術作品の鑑賞、芸術作品の創作など)
私自身、意義の価値にもとづいてどのような行動をしているかを振り返ってみました。
・クラシックピアノの練習
私はどんなに忙しくてもクラシックピアノの練習を続けています。ピアニストになろうという野望も、誰かに聴かせる演奏をしたいという願望もありません。むしろ、自分の下手な演奏に日々がっかりしているので快楽の価値も皆無です。
■ピアノと日本語教師で得られたこと
しかし、なぜ続けているのかと言えば「美しい音楽をもっと深く感じたい」「挑戦して達成感を味わいたい」「少しでも美しい音を表現したい」という、純粋な内発的動機が原動力になっています。私にとってピアノに向き合い没頭できる時間は、とても貴重で、価値のあるものです。
・日本語を教える
私は海外で生活しているので、日本製の高品質な製品や漫画、料理などの日本文化を褒めてくれる人にときどき出会います。先に海外に出た日本人の先輩方が築いた信頼のおかげでもあり、私の行動が次世代にも影響を与えることを実感する機会です。
日本人の特性を生かして何か貢献したい、次の世代にいい日本人のイメージをプレゼントしたいという思いで、日本語教師の資格を取得し、スペインに住んでいた頃、日本語を教えていました。
ほぼ無報酬でしたが、漫画好きの子どもから禅の思想を学びたいという大人まで、言葉の学習を通じて日本文化を伝えることに大きな意義を感じることができました。
日本の歴史や価値観、考え方を伝えることで、日本に一度も行ったことがない人にも日本を知ってもらう手助けができ、感謝されました。収入とは別の次元で、長期的に人と人をつなぐ価値があると確信できる仕事でした。
■なぜ「エルメスのバーキン」を買うのか
このように、意義にもとづく価値は、短期的な利益や個人の快楽ではなく、長期的な意義や社会全体への貢献を重視する選択です。そして、この価値観にもとづいた活動や消費には、多くの人が共鳴し、大きな経済的・文化的な影響を生むことがあります。
私たちは(1)交換可能性、(2)有用性、(3)ポジティブな感情、(4)意義の4つの基準を別々に判断しているだけではなく、関連させながら価値を判断しています。
高級ブランドバッグの代表格である「エルメスのバーキン」を例に、私たちがどのように価値を判断し、その選択がおこなわれるかを見てみましょう。
バーキンの購入では、4つの異なる価値基準が複雑に絡み合っており、それが最終的な購入決定に大きく影響しています。
エルメスのバーキンは買いたくても買えないこと、お店に行っても並んでいないことで有名です。正規店で手に入れることが非常に難しく、中古市場での価格が定価以上に上昇する現象が起きています。
たとえば、2019年にはバーキン30の定価が約132万円であったのに対し、中古市場では約200万円で取引されていました。さらに、2023年には定価が約190万円に上昇し、中古市場では約350万円で取引されるなど、価格差が拡大しています。
■高級ブランド品は機能を超えた満足感を与える
このように、エルメスのバーキンは、ステータスシンボルとして認められているだけではなく、その価値が増加する可能性があるため、多くの顧客にとって「価値がある」と判断されています。
まず(1)交換可能性の観点では、エルメスのバーキンは、定価が高額であるにもかかわらず、希少性と高い需要から、資産としての価値を持ちます。
実際、転売市場では高額で取引されることが多く、購入したバッグを後に転売することで利益を得ることも可能です。
次に(2)有用性の観点では、バーキンはただのバッグとしての実用性だけではなく、所有すること自体が社会的なステータスを象徴します。
バーキンを持つことによって、その人物は「選ばれた顧客」としての地位を示すことができ、他者からの社会的承認を得る手段となります。所有すること自体が社会的価値を提供するため、多くの人にとって非常に魅力的な選択肢となるのです。
さらに(3)ポジティブな感情の観点では、入手困難であるが故にバーキンを所有することは大きな満足感をもたらします。
手に入れること自体が挑戦であり、所有したときの感情的な高揚感は、所有者に特別な体験を与えます。この「所有する喜び」「高揚感」は、バッグという機能的な価値を超えた深い満足感を生み出します。
■iPhoneから見る消費者の価値観
最後に(4)意義の観点では、エルメスというブランドそのものに共感し、そのフィロソフィーやデザイン、伝統文化を評価する人々にとって、バーキンは単なる物理的な製品以上の意味を持ちます。
エルメスのバッグには、そのブランドが培ってきた歴史と芸術的な価値が込められており、これに共感する人々にとっては、文化的・芸術的な価値が非常に重要な役割を果たすのです。
同じく、iPhoneのような日常的に使われるテクノロジー製品にも、この4つの要素が絡み合っているものがあります。
まず(1)交換可能性の観点では、iPhoneは市場での価値が確立されており、中古品の売却も可能です。最新モデルには一定の需要があり、経済的な価値を持ち続けています。
次に(2)有用性の観点では、高性能なプロセッサやカメラ技術などが搭載されており、日常生活での実用性は極めて高いと言えます。
また(3)ポジティブな感情の観点でも、洗練されたデザインや新しい機能に触れることで得られる満足感が大きく、特に新機種を手に入れた際の興奮は格別でした。
■新モデルも差別化が難しくなると価値が薄れる
しかし、この快楽は時間とともに慣れ、次第に薄れていきます。
さらに、誕生当時のiPhoneには(4)意義の価値が際立っていました。初期のiPhoneはテクノロジーの進化を象徴する存在として、多くの人々に強い印象を与えました。Appleのデザイン哲学やユーザー体験を通じて、「革新性」「クリエイティブなライフスタイル」「時代の先端を行くブランド」といった意味を持ち、多くの人々がiPhoneを所有すること自体に特別な意義を感じていました。
近年では、iPhoneの新機種が発表されてもかつてのような熱狂は生まれにくくなっています。機能の進化やデザインの変化が徐々に緩やかになり、新モデルへの買い替え意欲が低下しています。
iPhoneは、「コモディティ(他と差別化できない商品)化」が進むと、「革新の象徴」「ステータスシンボル」など誕生時に持っていた意義の価値は薄れていくという流れを理解するよい例です。
このように、私たちが選ぶ商品やサービスには、交換可能性、有用性、ポジティブな感情、意義の4つの基準が複雑に組み合わさって、最終的に選ばれる「価値あるもの」が決まります。
優れた商品やサービスは、価格や機能だけでなく、感情的な価値や社会的な意味をも含んだ総合的な魅力を持っているのです。だからこそ、自分が扱う商品やサービスを見直し、「4つの基準」がどのように組み込まれているか、その価値を磨き上げることが重要です。
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今野 有子(こんの・ゆうこ)
アルムンド代表
Philosophy Technologies inc. Co-CEO。早稲田大学商学部卒業後、武田薬品、リクルートエージェント(現リクルート)で法人営業を経験。ニュージーランド、スペイン、フランスに留学後、株式会社アルムンドを創業し、ワインを通じて、新たな市場と顧客体験の創出に取り組んできた。ファイナルファンタジー30周年記念ワイン(スクウェア・エニックス)をはじめ、ヤマハ、NTTドコモ、東急不動産、関西電力グループなど、多業種にわたる大手企業とのコラボレーションを実現。ワインの輸入販売にとどまらず、ボルドーやブルゴーニュ、ロンドンで得たワインの知見を活かした様々なイベント企画、高級旅館やミシュラン星付きレストランなど、ハイエンド顧客層にコンサルティングを多数手掛ける。これまで6カ国で4言語を用いて生活した経験から培った多文化的な視点を強みに、現在はシリコンバレーを拠点に、哲学的思考を活用したビジネスをグローバルに展開している。日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
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(アルムンド代表 今野 有子)