肝臓にダメージを与えるのは飲酒だけではない。産業医の池井佑丞さんは「ストレス、睡眠不足、食べ過ぎ、運動不足などの生活習慣の積み重ねが、非アルコール性脂肪性肝疾患のリスクを高める。
脂肪肝は軽い肝臓トラブルではなく、命に関わる病気の入り口にもなる」という――。
■肝臓は「脳のパフォーマンス」にも影響する
なんとなく頭がぼんやりする。重要なプレゼンや午後の会議中、どうにも頭が冴えず、思考が鈍い――そんな経験をしたことのある方は少なくないはずです。
多くのビジネスパーソンは、その原因を「睡眠不足」「ストレス」「年齢」のせいだと考え、そこまで重要視していないかもしれません。
しかし、近年の研究では、こうした状態の背景に、“隠れた肝機能低下”が潜んでいる可能性が指摘されています。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるほど、多少のダメージでは自覚症状が出にくい臓器です。ところが、慢性的な肝機能の低下は、「疲労感」や「集中力の低下」といった脳のパフォーマンスに影響を与えることが明らかになりつつあります(Du et al., 2024Kjærgaard et al., 2021)。
今月は、健康診断でよく見るγ-GTPの数値だけでは見逃されがちな「隠れ肝機能障害」について、最新の知見を踏まえて解説します。
■肝臓を疲れさせるのはお酒だけではない
肝臓は成人で1.0~1.5kg、体重の約50分の1を占める人体最大の臓器で、代謝・解毒・胆汁生成など“体内の化学工場”とも呼べる役割を担っています。
しかし、肝臓は疲弊しても痛みを感じにくく、むくみや吐き気などの目立った症状も現れにくいため、「沈黙の臓器」と呼ばれています。
このため、肝臓の不調は日常的な体調不良と結びつきにくく、見過ごされがちです。
現代的な生活習慣――暴飲暴食、睡眠不足、慢性的なストレス――は、知らず知らずのうちに肝臓へ負荷をかけ、「肝臓疲労」を引き起こす原因となります。

健康診断の結果で「肝機能異常」が指摘されることは珍しくありません。
特に男性では、γ-GTP(ガンマ・ジーティーピー)の数値が高く、「お酒を控えましょう」と指導を受けた経験のある方も多いでしょう。
しかし、肝臓を疲弊させる要因はアルコールだけではありません。ストレス、睡眠不足、食べ過ぎ、運動不足などの生活習慣の積み重ねが、非アルコール性脂肪性肝疾患のリスクを高め、将来的に肝炎や肝硬変など深刻な病態へ進行するおそれもあるのです(Peng et al., 2022Xia et al., 2021)。
■AST・ALT・γ-GTPはどう読み解けばいいのか
健診で確認される肝機能指標には主に3つあります。
・AST(GOT):肝臓だけでなく、心臓・筋肉・腎臓などに含まれ、炎症や障害で上昇します。肝臓以外の異常も反映するため、単独での評価には注意が必要です。

・ALT(GPT):肝臓特異性が高く、肝細胞の障害を直接反映する重要指標です。

・γ-GTP:胆道系やアルコール関連の障害を反映する酵素で、飲酒習慣者は特に高くなりやすいです。非アルコール性脂肪性肝疾患では、ALTやASTが上昇してもγ-GTPは正常範囲にとどまる、あるいは遅れて上昇することが多いとされます(Kudaravalli and John, 2023)。
さらに、ALTが正常範囲内だとしても上限に近い値の場合は疾患の兆候の可能性が指摘されています(Moyana, 2024)。
つまり、「基準値内=肝臓は元気」とは言い切れず、3つの指標と生活習慣・メタボリスクを組み合わせた評価が必要です。

■脂肪肝は命に関わる病気の入口
脂肪肝は「食べ過ぎの人がなる軽い肝臓トラブル」と誤解されがちですが、近年の研究では命に関わる病気の入り口であることが判明しています。
脂肪肝は、肝臓に脂肪が蓄積した状態の総称で、アルコール性と非アルコール性に分かれます。後者はお酒を飲まなくても発症し、一部は非アルコール性脂肪肝炎へ進行したり、肝硬変や肝がんに至る可能性があります。
近年、注目を集めているのが、この非アルコール性脂肪性肝疾患が、肥満、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病の温床となっているという点です(Younossi et al., 2016)。
以前は「NAFLD」と呼ばれていたこの疾患群は、2023年に国際定義が改定され、新たに「MASLD:Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」という名称に、炎症が進行した状態である「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」も「MASH:Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis(代謝機能障害関連肝炎)」に変更されました(Eslam et al., 2020)。
MASLDは、世界の成人の3分の1、日本国内でも成人の約26%が該当すると報告されています(Younossi et al., 2024Miwa et al., 2024)。MASLD患者のうち、約3~5%がMASHへ進行し、その12%が5年以内に肝硬変や肝がんへ進むとされています(Murag et al., 2021Kim et al., 2024)。
また、MASLD患者の死因の約半数が心血管疾患であることも示されており、脂肪肝は全身の“代謝異常のハブ”となる病態として考えられています(Targher et al., 2020)。
■非アルコール性脂肪肝は特に40代男性に多い
近年、肝臓の疲労がメンタルヘルスや仕事のパフォーマンスにまで影響を及ぼすことも明らかになってきました。
暴飲暴食や睡眠不足、慢性的なストレスが続くと肝臓に負担がかかり、代謝異常や炎症が生じ、全身の「慢性炎症」状態を招きます。この状態は脳にも波及し、脳疲労や気分の落ち込み、集中力の低下を引き起こす可能性が報告されています(Chen et al., 2017D'Mello and Swain, 2011)。
たとえば、慢性肝疾患の患者は、うつ病、意欲低下、疲労感の増加を訴える割合が高いことが知られています(Kronsten et al., 2021D'Mello and Swain, 2011)。

こうした症状は、「なんとなく気分がすぐれない」「やる気が出ない」といったかたちで、仕事にじわじわと影響し、パフォーマンス低下の一因となります。
ここまで見てきたように、「肝臓が悪いのはお酒のせい」と思い込んでいると、脂肪肝のリスクを見逃してしまうおそれがあります。谷合の報告によれば、働き盛りの男性の約4割が非アルコール性脂肪肝を持ち、特に40代男性で多いことが示されています。(谷合, 2020)。
リスク因子には以下の項目が挙げられます。
・内臓脂肪が多い(腹囲:男性85cm以上、女性90cm以上)

・BMI25以上

・朝食を抜きがち、夕食が遅い

・睡眠の質が悪い、夜型生活

・デスクワーク中心で週1回以下の運動習慣

・ストレスが多く過食傾向がある
このように、多忙なビジネスパーソンの生活習慣そのものが脂肪肝のリスク要因なのです。
■肝臓を守るためにできる「毎日の工夫」
肝臓疲労や隠れ肝機能障害を防ぐには、以下の習慣が推奨されます。
・内臓脂肪を減らす食習慣を整える:1日3食を基本に、就寝前の食事を避ける

・糖質・脂質の過剰摂取を控える:精製炭水化物や加工食品を減らし、水溶性食物繊維を意識

・軽い運動を日常に組み込む:週150分が理想、1日5~10分でも可

・質の高い睡眠とストレスケアを心がける

・サプリ・市販薬の長期使用は注意し、必要時は医師や薬剤師に相談
集中力の途切れや判断力の低下の背景に、肝臓のコンディション低下が隠れていることは少なくありません。
「肝臓に異常がある=重篤な病気」というイメージを持つ方も多いですが、現代のビジネスパーソンが注意すべきは、検査で「異常なし」と判定されがちなグレーゾーンの肝臓疲労です。
沈黙の臓器にこそ目を向けることが、パフォーマンスと健康を守る第一歩となります。

※参考文献

・岡上武、水野雅之「肝機能検査、肝障害について─健診における問題点」2015

・国立健康危機管理研究機構肝炎情報センター「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患」2025

・日本消化器病学会、日本肝臓学会「患者さんとご家族のためのNAFLD/NASHガイド2023

・厚生労働省「健康日本21アクション支援システム ~健康づくりサポートネット~

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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)

産業医

プロキックボクサー。リバランス代表。

2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。

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(産業医 池井 佑丞)
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