年齢を重ねても元気で長生きするためには、どうすればいいのか。医師の大友通明さんは「高齢者の骨折は“たかが骨折”では済まされない。
若い人のようにすぐに治らず、命にかかわる大問題だ。部位によっては“5年生存率が46%”というデータもあるほどだ」という――。
※本稿は、大友通明『栄養整形外科医の一生折れない骨をつくる「強骨みそ汁」』(青春出版社)一部を再編集したものです。
■高齢者の骨折で注意すべき4カ所とは
骨折は、老若男女を問わず起こります。多くの場合、スポーツや事故などで骨が強い外的衝撃を受けることで、骨がひび割れたり折れたりします。しかし、高齢者の骨折は、若い人の骨折とは分けて考える必要があります。
高齢者の骨折の原因は転倒によるものが多いのですが、高齢になると骨が弱くなるため、ちょっと大きな家具を移動したり、土の入った植木鉢を持ち上げたりした程度でも、骨が折れてしまうことがあるのです。また、折れる骨の部位にも特徴があります。高齢者の骨折で多いのは、脚の付け根、背骨、手首、肩の4つです。
【脚の付け根(大腿骨近位部(だいたいこつきんいぶ))】
歩くという行為は、人が日常生活を営むうえでとても重要です。脚の付け根を骨折すると、歩行が困難になります。その結果、車椅子での移動を余儀なくされたり、骨折がよくなったとしても、杖が手放せなくなったりします。
当然、行動範囲は狭まります。
山歩きが大好きで友だちと出かけていたのに、それができなくなってしまった人は、その喜びまでも奪われてしまうことになります。
■卵がつぶれるようにグシャッと折れる
【背骨(脊椎圧迫骨折(せきついあっぱくこっせつ))】
背骨は体幹の軸となる大切な骨です。弱くなった背骨は、ちょっとした物を持ち上げたり尻もちをついた程度で圧迫骨折(腰椎(ようつい)や胸椎(きょうつい)の椎体(ついたい)という部位がつぶれるように折れる骨折)を起こしてしまうことがあります。
骨折したら背中をまっすぐな状態に保てません。痛みがあると起きている姿勢がつらいので、よくなるまではベッドの上で過ごすことになります。
また、治療の際にはコルセットなどで固定することが多いのですが、肋骨(ろっこつ)に当たったり胸が圧迫されたりするからとつけないでいると、背中が丸まったまま固まってしまいます。
【手首(橈骨遠位端(とうこつえんいたん))】
転倒してとっさに手をついてしまい骨が折れる――これが手首の骨折に多いパターンです。とくに利き手を骨折してしまうと、箸を持ったり字を書いたりすることもできず、日常生活のすべてが不自由になります。
ちなみに、若い人の手首の骨折がポキッと折れるのに対し、高齢者は卵がつぶれるようにグシャッと折れてしまうため、骨折が治っても元通りにならず、骨の変形が残ってしまうこともあります。
【肩(上腕骨(じょうわんこつ)近位部)】
肩も、転倒などの際にぶつけて骨折することが多い部位です。脚の付け根や背骨、手首に比べると、肩の骨折はそれほど大変ではないと思われるかもしれません。
しかし、肩が上がらないと服の脱ぎ着が困難になるのはもちろんのこと、家事をしたり物を持ち上げたりすることもできなくなってしまいます。
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■回復が見込めず、元の生活にも戻れない
「骨折しても、手術をすれば元通りになるのでは?」と思われるかもしれませんが、高齢者の場合はこれがなかなか難しい。
高血圧や脂質異常症などで「血液をサラサラにする薬」を飲んでいる人、糖尿病の人、心肺機能が低下している人の場合は、手術を見送ることがあります。なかには「手術は怖い」と拒否する人や、家族に心配をかけたくないと痛みを隠し、手術をしないまま時間が経ってしまうケースもあります。
また、骨折は時間が経てば自然によくなり、元の生活に戻れると思われがちですが、高齢者の場合はそうとも限りません。とくに大腿骨近位部骨折は「ヒップアタック」とも呼ばれており、1年後には図表2のように、半分以上が介護が必要となったり、ほかの部位も骨折していたりします。それだけではありません。骨折後の5年生存率は46%というデータ(Tsuboi M, Hasegawa Y, Suzuki S, Wingstrand H, Thorngren KG:Mortality and mobility after hip fracture in Japan: A TEN-YEAR FOLLOW-UP. J Bone Joint Surgery. 2007;89- B(4):461-466.)もあるのです。
それまで何の問題もなく生活できていた人が、骨折を機に一気に衰えていってしまう――それが「骨卒中」の怖さです。
ちなみに「骨卒中」とは造語で、ここ数年、整形外科医を中心に使われるようになってきた言葉です。
「脳卒中」という言葉がありますが、この「卒中」とは「突然起こること」の意味。同じように「骨に突然起こる骨折」が「骨卒中」というわけです。高齢者の骨折は、たかが骨折ではなく、命にかかわる大問題なのです。
■一気に寝たきり、認知症へ進むケースもある
日常生活に支障が出たり行動範囲が狭くなり、自立できなくなる――骨折による影響は、日常生活のすべてを変えてしまいます。年齢を重ねれば避けては通れないであろう「介護・支援」という言葉が頭をよぎり、実際に現実味を帯びてきます。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2022年)によると、介護・支援が必要となったおもな原因は、
1位 認知症 16.6%

2位 脳血管疾患(脳卒中) 16.1%

3位 骨折・転倒 13.9%
となっています。骨折・転倒が介護のきっかけになる人は意外に多いのです。もちろん、骨折やケガがよくなって、介護や支援がいらなくなる人もいます。一方で、そこから一気に寝たきりや認知症へと進んでしまうケースもあります。
では、なぜ骨折が寝たきりにつながるのでしょうか。脚の付け根や背骨の圧迫骨折で臥(ふ)せっている時間が長くなればなるほど、筋力は衰えていきます。手首や肩の骨折の場合は料理ができなり、食事も総菜や加工食品が中心になりがち。
その結果、栄養が不足してしまうと、体を支える丈夫な骨や筋肉をつくることができません。
■手術に成功してもリハビリが進まない
また、骨折により動けなくなると、認知症のリスクも高まります。近所のスーパーに行って買い物をして知人と言葉を会話したり、段取りを組んで料理や掃除といった家事をすることは、脳にも刺激を与えます。認知症の発症にはさまざまな要因が指摘されていますが、横になってテレビを観ているだけの単調な生活を送り、人とコミュニケーションをとる機会が減ってしまえば、認知機能が低下していっても不思議ではありません。
90歳の男性患者さんも、そんな1人でした。毎日畑仕事に出るほど元気な方でしたが、ちょっとした段差につまずいて転倒してしまったのです。この方が骨折したのは膝蓋骨(しつがいこつ)(膝のお皿)でした。幸い手術は成功したのですが、年齢的な体力の衰えもあり、リハビリが思うように進みませんでした。膝が曲がらなくなり、正座もできない。畑仕事ができなくなって家にいることが多くなり、残念ながら骨折の2年後に亡くなってしまいました。
毎日畑仕事に出ることが、日課というより楽しみだったのでしょう。その楽しみが日常から消え、外出もままならない。
体を動かさないから食欲も湧かない……生活全般に「動く」という動作が減っていき、徐々に体力は落ちていってしまいました。
■“ドミノ倒し”のように悪影響が広がる
この方の場合は認知症ではなく寝たきりでしたが、もっと長生きされていたら、認知症の症状も出ていたかもしれません。当たり前だった日常生活の行動が制限され、ベッドの上で天井を見続けるだけの生活は、認知機能にも影響を与えていたことでしょう。
先ほど、脚の付け根(大腿骨近位部)をした際の5年生存率は46%だと述べました。なぜ、骨折が寿命を縮めることになってしまったのでしょうか。
骨折は、がんや脳卒中、心筋梗塞などのように、直接の死因となるものではありません。しかし、骨折をきっかけに、まるでドミノ倒しのように体のさまざまなところに影響が広がっていくのです。
その1つが「呼吸機能」。私たちは呼吸をすることにより肺で酸素と二酸化炭素を交換し、生命を維持しています。この肺に炎症が起こる「肺炎」が命取りになることがあるのです。肺炎のなかでも高齢者に多いのが「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」です。肺につながる気道は空気の通り道ですが、誤ってここに食べ物や水分、唾液といった、本来は食道を通るべきものが流れ込んでしまうことがあります。
その結果、肺が細菌などに感染してしまうのです。
■胸の骨折で肺炎を発症する
日本人の死因の1位ががんであることは、よく知られています。ただ、図表3の厚生労働省の「人口動態総計」(2023年)を見てみると、年齢が上がるにつれて肺炎や誤嚥性肺炎が増えていくことがわかります。
実際、骨折を機に肺炎になり亡くなってしまった、こんなケースがありました。
90歳のある男性患者さんは、土間で転んで胸を打ち、胸骨を骨折してしまいました。胸骨が折れると、普通に呼吸をするのも咳(せき)をするのも痛くてつらい状態になります。咳には気道に侵入した痰(たん)や異物などを吐き出す役割があるのですが、胸骨を骨折して咳がうまくできなくなったその患者さんは、やがて肺炎になり亡くなってしまったのです。
がんや心疾患、脳疾患を振り切ってきた人が、骨折をきっかけに命を落としてしまう――これほど残念なことはないのではないでしょうか。

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大友 通明(おおとも・みちあき)

大友外科整形外科院長、医学博士

日本整形外科学会認定整形外科専門医。東京医科大学医学部卒業後、東京医科大学八王子医療センターをはじめ、関東各地の病院で臨床経験を積み、埼玉県北本市に整形外科クリニックを開院。整形外科に栄養療法を取り入れた「栄養整形医学」を実践。

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(大友外科整形外科院長、医学博士 大友 通明)
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