心身のストレスを解消するには、何を心がけるといいか。産業医の佐々木那津さんは「ストレスが生じると熟睡できなくなったり食欲が減退したりするのは、脳が脅威を錯覚して過剰反応するから。
そのため、本当は安心・安全な環境にいることを積極的に脳に知らせることが大切。対処法として、安心・安全なイメージを頭に思い浮かべることだ。私は旅行先で心が洗われ、助けられた景色をスマホの待ち受け画面の画像にしている」という――。
※本稿は、佐々木那津『働く人の最高の休み方』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■一日10秒、勤務中でも五感に意識が向く行動の種類
セルフケアの第一歩は、自分にとって、真に「安心・安全」であると感じる時間をきちんと作ることです。働きながらこまめに休む習慣を、日常のなかに自然に取り入れると、少しずつ心や体に変化が生まれます。
そこで本稿では、ちょっとした時間にできる3つの簡単なセルフケアを紹介します。簡単なものから少しずつ始めましょう。
まず1つ目は、五感に意識を向けることです。
心が休まらず疲弊している人は、頭がずっと働いていて、いつも何かを考えているような感覚があるかもしれません。
きれいな景色にも気づかず、美味しい食事もただ機械のように食べるだけ。仕事から帰宅して、気持ちいいはずのシャワーもただの義務で、流れ作業のように一日が過ぎます。

仕事や生活でいっぱいいっぱいのときほど、自分の感覚(におい、味、触った感じ、音)に意識を向けることが難しくなります。
そんな時こそ、10秒で良いのです。自分の五感に意識を向けて、「今、たしかに自分がここにいる」その感覚を大切にしましょう。
たとえば勤務中なら、
・好きな香りをゆったり嗅(か)ぐ(アロマ、お茶、コーヒー、お花など)

・触り心地のよい毛布をひざかけにする

・ランチはただ漠然と食べるのではなく、味や色、匂い、食感などに意識を向けて味わう

・好きな音楽を聴く
……など、できる範囲で五感を刺激することを心掛けましょう。
アロマを試すときは、大げさな道具は必要ありません。ティッシュに1~2滴たらして、大きく呼吸しながら嗅ぐだけでいいのです。マスクに直接つける精油もあります。周りに気づかれない程度に、さりげなく自分だけのアロマを取り入れてリラックスできます。
音楽に関しては、職場でのキーボードの音やスマホの通知音など、刺激に敏感な人は耳栓などでシャットダウンして静寂を楽しむことも一案です。
いずれにしても、心地よい感覚に身をゆだねると脳が安らぐことに気づくでしょう。
「視(み)る、聴く、嗅(か)ぐ、味わう、触れる」の五感を刺激しながら、「わぁ~、いい匂い!」「あぁ~、美味しいなぁ~」など、大げさなほど感じるのが効果的です。
■2週間でガチガチの肩こりが改善する「肩甲骨まわし」
肩こりもビジネスパーソンにとても多い症状です。
肩こりがひどいと、気持ちも重くなり、仕事もはかどりません。
これをほぐせるのが「肩甲骨まわし」です。
両手の指先をそれぞれ両肩に置き、ひじをなるべく遠くになるように大きく円を描いて回します。前まわし、後ろ回し、と5回ずつやってみます。
このとき、腕が前に来たら左右のひじとひじをくっつけるように意識し、後ろに来たら肩甲骨と肩甲骨をなるべく引き寄せるように意識します。
トイレに行くたびに、お茶をいれるたびに、休憩時間のたびに、こまめにやってみてください。ガチガチの肩こりの人も2週間やればかなり改善します。
肩こりは予防がいちばん大事。肩甲骨まわしを10秒程度おこなうと、肩まわりの血流がよくなり筋肉がほぐれ、心もほぐれていきます。
医学的には、首から肩にかけての筋肉が姿勢を保つために緊張し、血行が悪くなり、重く感じるのが肩こりです。仕事中、無意識に体が緊張したときや呼吸が浅くなったとき、同じ姿勢で長時間作業をしているときに起こりやすい症状です。
心理的ストレスは、肩や腰の症状として出ることも珍しくありません。

ひどい肩こりはマッサージでは良くなりません。外からさわれない、肩甲骨付近の深層筋のコリが原因だからです。肩甲骨まわしは、手が届かない場所の筋肉をほぐせます。
■スマホの待ち受け画面に設定した安心・安全のイメージ
ストレスがかかると熟睡できなくなったり食欲が減退したりします。
際限なく仕事に没頭する、私生活に翻弄されるなど、心ここにあらずの状態になると、脳が戦場にいるかのように錯覚し、頭でいろいろと考えると、そこから生じるストレスによって脳が安心を感じることができません。
ストレスを生じると、脳が「このストレスは自分に危害を及ぼす敵かもしれない」と察知します。敵と「たたかおう」、敵から「逃げよう」とするのは本能的な反応なのです。
敵が自分のそばまで迫るときに、ぐっすり寝たり満腹になったりしていたら、すぐに筋肉を動かしてたたかったり逃げたりはできませんよね。
ただ、心身の過剰な反応は、脳が想像上の脅威を錯覚したために起こっています。過剰反応させないためには、本当は安心・安全な環境にいることを積極的に脳に知らせなくてはなりません。
すぐにできる対処法は、自分が最もリラックスできる安心・安全なイメージを頭に思い浮かべることです。自分の部屋、ソファ・お風呂・ベッドなどの場所、家族やペットのいる場所、海や森林などの自然の風景、思い出の場所、あるいは架空の場所でもよいのです。

ふわふわしたモコモコの綿毛のなか、好きなものに囲まれた空間などもイメージすると、ストレスをやわらげます。リラックスできる場所の写真を、スマホの待ち受け画面やパソコンの壁紙にしたり、デスクに置いたりするのもいいですね。
ちなみに私はアメリカのセントルイスの大学に研究留学中、つらくなったときに思い切ってマイアミ旅行に行ったことがあります。そこで見たエメラルドグリーンの海に、心が洗われ、助けられた経験があります。
そのとき目にした風景が、私の安心・安全のイメージです。すぐ思い出せるよう、スマホの待ち受け画面は今もマイアミの海辺の画像です。
■大事なのは自分で選ぶこと
以上は、どれも、ちょっとホッとしてリフレッシュできる10秒ケアです。
仕事の合間を見つけて、気軽にやってみてください。
大事なのは、どれをやるか自分で選ぶことです。義務的におこなうのではなく、自分に合いそうなケアを実際に試して「いいな」と思ったら日常に組み入れることがセルフケアの第一歩!
「誰かに言われたから」「やらなきゃいけないから」という義務感でおこなうと、つい億劫に感じ、長く続かないケースが多いです。
心地良いと感じることを、自分で選んで続けてみてください。
■マラソンもこまめな休憩が肝心
働くとは、短距離走というよりは、息の長いマラソンです。

仕事で精神的に疲れたり、追いつめられたりして、心身に負荷がかかるのを感じたら、こまめに休憩をとり、疲労を回復することが大切です。休憩が大事なのは、マラソン選手が給水、栄養補給し、ペース配分に気をつけることからもわかります。
「その日のストレスは、その日のうちに解消」
この言葉を、私は産業医としてビジネスパーソンの皆さんにいつも伝えています。
働くとは息の長いマラソンなのに、全力疾走を1日8時間続け、家に帰ってきたら、家事をする気力もなく、お風呂はキャンセル。服のまま寝てしまい、気づけばもう朝。
そんな生活を5日間続け、休日は疲れ切って、友達や家族にも会わず、外出すらできない……。
現代社会では、こうした日々を送る人々が増えていて、ひいては休職・離職、メンタルや体調の不調につながる深刻な社会問題となっています。
情報社会とスマホの普及で、脳への負荷は高まり、私たちの脳は以前よりも疲れやすくなっています。負荷を解消するには、意識して休憩を取ることが必要不可欠です。
休んでから、働く。これが基本原則です。
ひと昔前なら、仕事中にパソコンがフリーズして、くるくるマークが続く……などというのは日常茶飯事。
その都度手を止めて短い休憩をとる光景は、職場のあちこちで見られました。
しかし、そんな古き良き時代はとっくに過ぎ去り、現代はパソコンもほとんどフリーズしなくなり、AIが加速度的に職場に進出し、そのため労働者は、より仕事の効率化とスピードが求められる事態となっています。そのため、よほど意識しない限り、休憩のタイミングすら逃しがちなのが現状です。
ならば、なおさらのこと、職場でのちょっとした息抜きは心身の健康維持のために必須で、次の仕事を始めるためのモチベーションにもつながります。
息抜き上手になることで、自律神経を自分でコントロールでき、予期せぬ体調不良に悩まされることも少なくなります。

----------

佐々木 那津(ささき・なつ)

産業医

1987年、東京都渋谷区生まれ。東京大学医学部卒業、博士(医学)。産業医。2022年より東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野にて講師。2023年米国ワシントン大学セントルイス実装科学センターで客員研究員。2024年東京大学卓越研究員に選出。働く人のメンタルヘルスおよび実装科学を研究テーマとしている。心療内科クリニックでの外来診療、論文、雑誌、新聞、講演など多方面で活躍中。コンサルティングファーム、ITシステム系、広告代理店、商社など産業医実績多数。親しみやすく安心して話せるとビジネスパーソンからの信頼が厚い。

----------

(産業医 佐々木 那津)
編集部おすすめ