暑くて寝苦しい夜が続くが、あなたが就寝前に飲むものは何だろうか。
私のイチ押しドリンクは、「緑茶」だ。
お茶を研究して60年近く、「お茶博士」として著名な大妻女子大学名誉教授の大森正司氏がこう説明する。
「緑茶には覚醒作用があるカフェインが含まれているにもかかわらず、飲むとどこかほっとしますよね。それは気分の問題だけでなく、アミノ酸によるリラックス効果が大きいのです。アミノ酸=うまみ成分でもあり、緑茶には20種類ほどのアミノ酸が含まれます。このうち約半分を占めるのがテアニンです」
■水で淹れるとカフェインが抽出されない
脳はリラックスしている時にα波(脳波)を出すが、近年の研究ではテアニンを摂取して脳波を測定すると、摂取後40分以降にα波が出現する回数や時間が増加することが報告されている。その後もさまざまな研究によってテアニンを取ると、リラックスやストレス軽減効果があることがわかっているという。
「ですから就寝前にテアニンたっぷりの緑茶を飲めば、いい睡眠につながるのです」と大森氏がにっこり。カフェインを増やさず、それでいてテアニンが抽出される緑茶の淹れ方を教えてくれた。
一人分の場合、まず緑茶の茶葉2~3グラム(ティースプーン約1杯)を急須に入れる(大森氏はちょっとぜいたくに茶葉10グラムを使うことを勧めている)。
飲んでみると、口の中にフワーッとした良い香りが広がり、苦みを感じない。緑茶は水で淹れると、渋み、苦みのもとであるカテキンやカフェインが抽出されず、甘みが凝縮されるというから驚きだ。
■暑くて火照るなら緑茶、冷房で冷えている時は紅茶
その際、管理栄養士の望月理恵子氏は「常温の水」を提案する。
「冷蔵庫でキンキンに冷えた水(5度)よりも、少し常温に置いた水(10~15度)のほうが胃腸に負担が少なく、体に水分が吸収され、心地よく飲めます。また、発酵食品が体を温めるように、お茶も未発酵のものは体を冷やし、発酵しているものほど体を温めることを知っておくと、使い分けができるでしょう」
お茶の製法の違いを説明する際、発酵という言葉が用いられる。それによって表現をすると、緑茶は茶葉が未発酵の状態、烏龍茶は半発酵、紅茶は完全に発酵したものとされる(※)。
「ですので緑茶は体を冷やし、烏龍茶や紅茶は体を温めやすいとされます。暑くて体が火照っているときには緑茶を、冷房などで冷えているときには紅茶を飲むという方法もお勧めです」(望月氏)
※科学的には有機物に微生物が作用し、その結果として人間が利用できるようになった場合に「発酵」と呼ぶので、微生物に関係しない紅茶、烏龍茶の発酵は、厳密には化学反応(茶葉の中で水や酸素が加わって変化する付加反応)である。
■国際会議でも反響を呼んだ「ギャバロン茶」
就寝前の飲み物としては「ギャバロン茶」もいい。
「ギャバは自然界で広く存在するアミノ酸のひとつですが、効能としては血圧安定に関してたくさんの有効性情報が発表されています。そのほかストレス緩和、快眠につながることがわかっていて、機能性食品、サプリなどでも人気を集めていますね。そのギャバが含まれているギャバロン茶でも血圧上昇抑制やリラックス作用などが確認されています」(同)
実はギャバロン茶を開発したのは、大森氏。それもよくあるギャバが添加された商品ではなく、もともとは「普通の緑茶」であり、「作り方」を変えたのだ。
「約30年前、どうすれば摘んだ茶葉を新鮮な状態で長く保存できるかと試行錯誤する中で、偶然生まれた産物がギャバロン茶なのです。嫌気処理(窒素ガスの中で保存すること)を施したことで、成分中のグルタミン酸(アミノ酸の一種)が変化し、ガンマ・アミノ酪酸(GABA)の含有量が増加しました」(大森氏)
その後、大森氏は血圧降下試験のガイドラインに沿った研究を行い、ギャバロン茶が高血圧の人のみに降圧作用を発揮するお茶であることを確認、国際会議で発表し、大きな反響を呼んだ。だから特に血圧が高めの人は、就寝前やイライラしているときにギャバロン茶を試してみてほしい(ちなみにギャバロン茶にはそのほかの緑茶の健康成分も変わらず含まれる)。
■血圧の上昇を防ぎ、血糖値改善効果も
さて就寝前に水出し緑茶を楽しんだ(一煎め)後も、その茶殻はまだまだ使える。急須に再び水を入れて冷蔵庫へ。翌朝にまずは一杯、冷たい緑茶を飲み(二煎め)、次に今度は熱いお湯を注いでいただこう(三煎め)。
「熱湯で淹れると、緑茶の健康成分であるカテキンやカフェインがしっかり抽出されます」と、大森氏が解説する。
カテキンには大きく二つの健康効果があるという。
そしてもうひとつ、カテキンの健康効果はビタミンCの80倍ともいわれる「抗酸化力」だ。
「血圧を上昇させるアンジオテンシンIIを産生する酵素の働きを抑制し、血圧の上昇を防ぐことが明らかになっています。脂質を調整したり、血糖値改善効果もあるとされ、発がん性物質も抑制するといわれています」(大森氏)
■「カフェインは悪者」は本当か
また緑茶に含まれるカフェインのほうは健康成分というより、多量摂取の悪影響を心配する人が多いかもしれない。カフェインの覚醒作用は半日程度持続し、睡眠を妨げる可能性があると指摘されるが、実際のところはどうだろうか。
大森氏は「カフェインは悪者ではありません」と強調する。
「眠気を防いで脳の働きを活発にし、二日酔いのときは頭をスッキリさせます。ダイエットをするなら、カフェインを取ってから運動すると、効率良く脂肪が燃焼されますよ。疲労回復にも効果があるといわれていますし、鎮痛薬などの医薬品にも含まれていますね。
むやみにカフェインを避けるより、夕方以降はカフェイン量を増やさない淹れ方をするなど、賢く活用したい。カフェインは85度以上の熱湯に1分ほど茶葉を置くと溶出されやすいため、冒頭に紹介したようにカフェインを増やしたくないときは“熱湯にしない”のが重要ポイントだ。
■茶葉を食べないなんて、もったいない
緑茶にはカテキン、カフェイン、アミノ酸のほかにも、多くの栄養素が含まれる。望月氏も「カテキン以外にも、緑茶にはビタミンCやEなどの抗酸化成分が多い」と話す。余分なコレステロールを排出する食物繊維も含み、それぞれの相互作用によって血管の老化を防いだり、生活習慣病を予防する。
しかし、急須で二煎、三煎しても茶葉から溶け出す栄養素はおよそ1割にとどまるという。
「特にβ-カロテン、ビタミンE、コエンザイムQ10、ミネラル類、不溶性(水に溶けない)食物繊維などはどんなに熱湯を注いでも溶け出しません。栄養素を余すところなく摂取するには茶葉ごと食べるのがいいでしょう」(大森氏)
そこで緑茶を三煎入れた後の茶殻を活用したい。
「茶殻におかかやジャコ、ごまを入れて、さらに醤油を少し加えると『茶殻ごま和え』になります。
■国立がん研究センターが発表した研究結果
私も早速、茶殻和えを作ってみた。といっても茶殻を皿にのせてかつおぶしをふりかけ、しょうゆを少したらすだけ(写真)。普通のおひたしと変わらない味だった。大森氏は「お茶の野菜」と呼び、確かにこれで野菜の代用になるほど食物繊維が取れるのだから得した気分だ。そして茶殻スムージーは取材時に大森氏に作ってもらったが、さっぱりと飲みやすい。猛暑でダメージを受けた心身にぴったりの健康ドリンクである。
「冷たい緑茶、温かい緑茶の後に、こういった茶殻レシピを含めた『お茶のフルコース』をぜひ味わってください。バテ気味になったり、忙しさにイライラしたときなど、緑茶の香りと味、健康成分によって心身の元気を取り戻せるはずです」(同)
国立がん研究センターでは2015年、緑茶を日常的に飲む人は飲まない人に比べて、全死亡リスクが低下するという研究結果を発表した。特に男性では呼吸器疾患、女性では心疾患において緑茶を摂取する量が多くなるほどリスクが低下している。
“栄養素の宝庫”といわれる緑茶は、安上がりで安全、それでいて超一級の健康食品といえるのかもしれない。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1978年生まれ。
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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)