なぜ、「男磨き」から男性中心主義者が生まれやすいのか。『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』(朝日新書)を上梓した小林美香さんは「『男磨き』に勤しむことは、女性を“成果報酬”や“トロフィー”のようにモノ化して扱う価値観を内面化させてしまう」という――。

■マノスフィアの強い影響力
「男磨き界隈」は日本に固有の現象ではなく、英語圏では若年層の男性インフルエンサー、ポッドキャスト番組や動画の配信者を中心とするオンラインの集合体「マノスフィア(manosphere:男の世界、男の文化圏)」が形成されています。
マノスフィアの基盤にはブロカルチャー(bro culture:野郎文化)という「男らしさ」を至上とする価値観に根ざした文化があり、その界隈の中では恋愛、自己啓発、肉体改善のためのエクササイズ、格闘技を中心としたスポーツなどが議論されています。
マノスフィアの価値観はインターネット上にとどまらず、2024年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプを支持した若年層の男性にも広がり、政治動向を左右するほどの強い影響力を持っています(*1)。男性中心主義者の価値観は、世界各地で開催される女性にモテるためのノウハウを伝授する講座(ナンパスクール)を通しても受講生に伝授されています。
■女性をモノ化して扱うモテビジネス
フェミニズム研究者のジェーン・ウォードは、レズビアンの視点から異性愛関係に巣喰う家父長制的な構造の問題について論じた著書『異性愛という悲劇』の中で、調査研究として数々のナンパスクールに潜入取材して得た知見をもとに、以下のように指摘しています。
モテビジネスが、白人至上主義の異性愛家父長制が理想と掲げる、セックスの相手としての女性像を、世界中に浸透させてきたことがわかる。アメリカとイギリスのモテ講座では、コーチは人種を問わず、あらゆる男性が白人女性の肉体を好むよう誘導し、それが当たり前だと教えている。男性受講者は「セクシーなブロンド女性」との交際は、成功の象徴であると同時に、移民として、国際派として成功し、認められた証であると考えているため、コーチは彼らに白人女性とのセックスを期待させる(*2)。

ウォードが調査した「ナンパスクール」や「モテビジネス」の基盤にある価値観は、「男磨き界隈」に浸透するものと同一であり、「セクシーなブロンド女性」は「爆美女」のイメージに重なります。「爆美女を抱く」という言葉は、個別の女性と向きあって関係を築くのではなく、ファンタジーとしての女性を追い求め、性的な願望を投影する対象としてのみ扱う態度を表しています。
「爆美女を抱く」ことをモチベーションとして「男磨き」に勤しむことは、能力を高めることによって得られるトロフィー、成果報酬のように女性をモノ化して扱う意識に直結します。
そのような性愛に結びついた欲望が、階級の上昇や出世を望む意識と白人至上主義的な人種意識によって駆動されているというウォードの指摘は空恐ろしく感じられます。

■恋愛が消費と同等になった高度情報化社会
しかし一方で、このような欲望が、美しさや獲得すべき価値の基準として白人を設定してきた美容やファッションの広告によって駆動される消費行動と地続きの関係にあることも事実です。
さらにいえば、マッチングアプリの普及によって、恋愛・交際が条件検索や振るい落としという膨大な時間を費やす選択の上に成り立つ行為になっていることも、このような「男磨き界隈」の出現の背景にあるといえるでしょう。
スウェーデンのコミック作家リーヴ・ストロームクヴィストは、高度情報化社会における恋愛のあり方を論じた著書『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』で、恋愛が消費と同等の行為になったことを指摘しています。ストロームクヴィストは哲学者ビョンチョル・ハンの言葉を引き合いに出して、このような状況を次のように言い表しています。
我々は常にあらゆるものを比べ合い、そうやって似たようなものに平均化していく

《他者》の奇妙さ(アトピー)という感覚を失ってしまっているからだ

《他者性》を奪われた他者を愛することはできない。ただ消費するしかない(*3)。

消費社会の拡大により、人が恋に落ちること自体が極めて困難になりました。他人との関係の中でも消費者になって、「合理的であろう、最大の利益を得よう」と行動するようになったのです。
性愛・恋愛の対象とする他者に自分の願望を投影し、消費の対象として捉える意識のありようは、「男磨き界隈」にたむろする男性たちに限定されるものではありません。
■AI美女をもたらした画像技術の進歩
これまでに述べてきた「爆美女」のイメージについては、画像技術の進歩にも触れておく必要があるでしょう。
現に「爆美女」という言葉で画像検索をすると、いわゆるAI美女(AI技術で自動生成された女性像)のような人工的な印象を与える画像であったり、コスメや美容整形による容姿の変化を示す画像が並びます。
それらはすなわち、美容産業の中で称揚され、理想として位置づけられ、ソーシャルメディアを通して喧伝される一元化・平均化された美しさを体現する女性像です。
このような女性のイメージは、2010年代にスマートフォンの普及とともに登場した画像加工、フィルターのような効果を追加するカメラアプリの流行、ソーシャルメディアの隆盛とも深く関わっています。
「自撮り/セルフィー」という言葉が2000年代に登場した後、2010年代にはSnapchat(2011年)やSNOW(2015年)、FaceApp(2017年)のようなスマートフォン用のカメラアプリが若年層を中心に流行し、自撮りの写真にエフェクトを追加したりフィルターを重ねたりして加工し、ソーシャルメディアに投稿することが定着していきます。
■性別変更機能が生んだカコジョの流行
加工した画像の顔に近づけるように美容整形手術の施術を希望する人が増え、2018年には「身体醜形症(BDD)」の一形態として「スナップチャット醜形恐怖症」(Snapchatは当時アメリカの10代の80%が利用するほど人気を博していました)という言葉が学術論文で発表されるなど、画像加工が外見に対する意識やメンタルヘルスに及ぼす影響、ルッキズムの問題が懸念されるようになりました(*4)。
FaceAppは顔の印象、メイク、表情、ヘアスタイル、メガネ、年齢、顎ヒゲを追加するといった、写真を編集する複数のオプションを備え、さらに見た目の年齢(加齢や若返り)や性別を変えることができる機能が話題になりました(*5)。
見た目の性別変更の機能を使い、2020年初めに流行したのが「加工女装(カコジョ)」です。主に中年・初老男性が自撮りした画像を「女性化」することによって、画像加工を通して女装をする行為を指しています。加工した写真をソーシャルメディアに投稿したり、周囲の人が投稿された画像に対して「可愛いね」とか「娘がいたの?」「彼女にしたい」といったコメントをつけたりするやり取りが盛んに行われるようになったことを通して「カコジョ」という造語が生まれ、メディアやニュースなどでも取り上げられるようになりました(*6)。
■若い女性に対する好みの垂れ流し
「カコジョ」の写真には、女性として加工された姿のみを画面の中に収めるものと、鏡や反射面越しに自撮りをして、女性としての姿と、加工をする前の男性としての現実の後ろ姿の一部を(身元を判別できないようにして)画面の中に収めるものの2つのパターンがあります。
「男性である現実の姿」と「美しい女性としての虚構の姿」の狭間を示すのは、そのギャップによって見る人からの反応を促すような意図があるのでしょう。
個人的な楽しみとしての画像加工を腐すのは筋違いですが、2021年頃にソーシャルメディアのタイムラインに頻繁に流れてきた知人男性たちの「カコジョ」は、筆者の目には男性が若い女性に対する好みをあらわにして、耽溺(たんでき)する態度を垂れ流す仕草に映り、正直なところ見ていて不愉快でした。
さらにつけ加えるならば、「加工女装」というネーミングも、実際に女装を実践している人たちに対する理解を欠いたもののように思われます。画像の加工程度で「女装」を名乗るべきではないでしょう。

*1 シェリーめぐみ「トランプ当選のカギを握った……『男性中心主義者』たちのコミュニティ『マノスフィア』のすさまじい影響力」現代ビジネス、2024年11月24日

*2 ジェーン・ウォード『異性愛という悲劇』安達眞弓訳、トミヤマユキコ解説、太田出版、2024年、p.175.

*3 リーヴ・ストロームクヴィスト『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』よこのなな訳、花伝社、2021年、p.22.

*4 Jonlin Chen et al., “Association Between the Use of Social Media and Photograph Editing Applications, Self-esteem, and Cosmetic Surgery Acceptance,” JAMA Facial Plastic Surgery, Vol.21, No.5, 2019.

*5 FaceAppはリリース当初スキントーンを変更できる機能がありましたが、人種差別的だという非難を受けてこの機能はすぐに削除されました。

*6 瀧戸詠未「#カコジョがブーム! 噂の美女、実は50代の加工おじさん『ナンパが来まくりです』」女子SPA!、2021年5月16日

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小林 美香(こばやし・みか)

写真・ジェンダー表象研究者

国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。2007~2008年にアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年から19年まで東京国立近代美術館客員研究員を務める。東京造形大学、九州大学非常勤講師。著作に『写真を〈読む〉視点』(単著/青弓社/2005)、『〈妊婦〉アート論 孕む身体を奪取する』(共著/青弓社/2018)、『ジェンダー目線の広告観察』(単著/現代書館/2023)刊行。アメリカの漫画家マイア・コベイブの自伝作品『ジェンダー・クィア 私として生きてきた日々』(サウザンブックス社/2024)の翻訳を手がけた。

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(写真・ジェンダー表象研究者 小林 美香)

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