※本稿は、中野崇『40代からの脱力トレーニング 忙しくても体調がいい人の密かな習慣』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■身体に起こる「4つの疲労」の正体
私たちの身体に起こる疲労は、大きく4つに分けられます。
それは、「筋肉疲労」「内臓疲労」「脳疲労」「精神疲労」の4つです(図表1参照)。
もっと細かく分類できますが、コンディションをより良くしていくために最低限理解しておくべきものという視点で、なるべくシンプルに分類しました。
4つの疲労は、くっきりと区別できるものではなく、影響し合ったり、重なり合う部分もあります。
身体に生じる不調や痛みなどは、どの疲労も原因になり得るのです。ですから、あまり厳密に分けられる性質でないことも知っておいてください。
そのうえで、それぞれの疲労についての主な原因と、身体にどのような症状が起こるのかを紹介していきます。
自分が起こしやすい疲労症状の原因を1つにしぼるのではなく、関係のありそうな疲労原因を見つけることが目的です。
■重力により知らないうちに微細損傷が蓄積される
筋肉疲労 ~コリは筋肉の「小さな傷」の蓄積~
まずは、一番わかりやすい筋肉系の疲労についてです。
激しい運動や重いモノを持ち上げたりするときなど、筋肉を収縮させて強い力を出すと「微細損傷(びさいそんしょう)」と呼ばれる小さな傷ができます。
この傷が蓄積した状態が、筋肉疲労です。
通常は短時間で修復されるため、微細損傷そのものは大きな問題ではありません。
ただし、修復が完了する前に次の損傷が起こると、微細損傷はどんどん蓄積していきます。
そうなると、筋肉はどんどん固まっていき、血流が低下します。
これにより、筋肉に供給される酸素や栄養などが減少し、修復が追いつかなくなって、ますます「修復の遅れ」が発生するのです。
肉離れなど、スポーツで起こる多くの筋肉系トラブルは、このような微細損傷の蓄積が関与しています。
自分は激しい運動をしていないから筋肉疲労とは無関係……ではありません。
多くのアスリートが悩まされる筋肉系トラブルと、私たちにおなじみの筋肉の「コリ」や「張り」は、ほとんど同じメカニズムで発生します。
私たちの身体には常に重力という強い力がかかっているため、姿勢を維持したり、移動したりするときに必ず筋肉を使うことが要求されます。
そこで、不要に力を入れたりして筋肉が緊張し続けると、筋肉の血流低下も相まって、知らないうちに微細損傷が蓄積され、筋肉疲労につながっていくのです。
すると、「脚の疲れ」「肩のコリ」「腰の張り」などとして現れます。つまり、コリや張りとは、長時間の筋収縮を強いられることで発生した筋肉疲労なのです。
そう考えると、筋肉のコリや張りによって生じる、痛みや不快感、動きにくさは、筋肉を酷使しているサインと言えます。
■添加物・飲酒・服薬は、すべて内臓への負担に
内臓疲労 ~栄養を摂っても吸収できない~
内臓の疲労も、筋肉疲労と同じく酷使されることが原因で起こります。
内臓を酷使するというとちょっとイメージが湧きにくいかもしれませんが、冷たいもの、脂質が多いもの、添加物が多いもの、生ものを食べること、飲酒・服薬は、すべて内臓への負担になります。
分解・消化・吸収・解毒に多くのエネルギーが必要になるからです。
あまり噛まずに飲み込むことや、寝る前の食事も同様です。
これらは生活習慣と深く関与しているので、すぐにでも見直してください、と言いたいところですが、実際そうもいかないことも多いですよね。
ストレスが多いと、どうしても脂っこいものやお酒が欲しくなると思いますし、夜遅い時間に食事を摂らざるを得ない人もいるでしょう。
あまり理想を追いかけてしまうと、それがまたストレスになることも多いので、まずは「今より少しでも改善しよう」という意識さえもてれば大丈夫です。
そのうえで、身体の側面から知っておいていただきたいのは、次の2点。「栄養の吸収」と「内臓の血流」についてです。
■内臓疲労で不足した栄養はサプリでも補いにいくい
胃は消化、小腸は消化吸収、肝臓は解毒と糖コントロール、大腸は水分吸収や便の形成と排出といった具合に、内臓にはそれぞれ役割が割り振られています。
これらの内臓が疲労すると、それぞれの機能が低下します。
すると、消化や吸収などの働きが不十分になりますから、回復に必要なエネルギーが不足します。
いくら栄養のあるものを食べても、吸収されなければ栄養として利用できません。
不足した栄養素をサプリメントで摂取しても、小腸などの機能が低下していれば、あまり意味はないのです(逆に、体調不良で内臓が弱っているときは、点滴で血管に直接栄養を注入したほうがいい理由がわかるかと思います)。
多くの方は、「栄養価の高いものを食べれば(胃に入れれば)健康になる」と考えます。しかし、それで終わりではありません。そうした意味では、「胃は、まだ身体の外側だ」と言われることもあるぐらいです。
■内臓疲労による腹圧の低下で腰痛が発症することも
栄養の知識も大切ですが、吸収という観点から栄養を考えることも、同じぐらい重要なのです。
良い吸収状態を維持するためには、内臓の血流が重要です。
内臓の血流は、筋肉と同じく内臓の機能を維持するうえで不可欠なものですが、内臓に負担をかける食事を積み重ねることで、少しずつ内臓が疲れていくと同時に、血流が低下していきます。
すると、お腹が固くなる(冷える)という症状として表れます。
これによって、内臓を包む腹膜(ふくまく)も固まります。腹膜は腰椎(ようつい)や骨盤にもくっついているため、姿勢や動きにも影響を与えます。
お腹が固くなると、横隔膜(おうかくまく)の動きも低下するため、呼吸が浅くなり、腹圧が低下します。
腹圧とは腹腔(ふくこう)内部にかかる圧力のこと。簡単に言うと、腹式呼吸でお腹を膨らませたときに内側から生じるお腹の圧力のことです。
この圧力が、腰という骨格的に不安定な構造を安定させる役割を担っています。
その腹圧が低下することで、腰の緊張を引き起こす……、という流れで腰痛の原因になるケースも見受けられます。
筋肉疲労が原因で腰痛が発生したのかと思ったら、根本的な原因は内臓疲労だったということもあるのです。
■目からの過剰な情報が脳疲労の大きな要因に
脳疲労 ~現代人に押し寄せる「情報の渦」~
脳疲労が起こると、思考力が低下する、やる気が出ない、イライラする、頭が重たい、ぼんやりする、うっかりミスが増えるなど、仕事のパフォーマンスに直結する症状が起こります。
しっかり休んでいる、筋肉のケアもしっかりやっている、食事にも注意しているにもかかわらず、これらの症状が出る人は脳疲労を疑う必要があります。
脳疲労の原因になりやすいものが、目や耳や鼻、皮膚など五感から入る情報です。とくに目からの情報は、脳疲労の大きな割合を占めています。
SNSやメッセージアプリ、動画配信サービス、そしてオンラインゲームなど、数えきれないほどの視覚情報が、スマートフォンなどを通して私たちの目に飛び込んできます。
膨大かつ目まぐるしく変化する視覚情報にさらされる日々は、脳疲労の蓄積を引き起こします。
スポーツでも、目が原因となる脳疲労はパフォーマンスへの影響が大きく、試合の前日はスマートフォンに触れないようにしているプロ野球選手もいるぐらいです。
その他、耳、鼻、皮膚を通して感知する情報では、騒音や異臭、イヤな感触など不快と感じるものが疲労原因として該当します。
五感以外での脳疲労の原因として典型的なものが、脳の機能の1つであるDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)です。これは、本書で詳しく解説しています。
■蓄積され、原因を特定しにくい
精神疲労 ~「疲労のリンク」を引き起こす厄介者~
精神疲労の症状としては、寝つけない、何度も目が覚める、不安、怒り、自信の喪失、あるいはうつ症状などがあります。
原因としては、社会人として働く以上は避けられないストレスに加え、人間関係の問題も大きな影響があります。家族、職場、恋人、友人との関係がうまくいっていないとき、やはり精神疲労は蓄積していきます。
こういった問題は、自分だけで解決できない性質であることも多く、表面化しにくいという特徴もあります。
精神疲労は、イライラなどの脳疲労の症状や、食欲不振などの内臓疲労の症状、そして姿勢の崩れなどの筋肉疲労といった、他の疲労と似たような症状を起こすこともあり、非常に紛(まぎ)らわしいのも特徴です。
たとえば、「結果として」筋肉が固まってコリを感じているからといって、筋肉疲労が原因とは限りません。
たしかに、筋肉に疲労は起こっているのですが、元をたどれば姿勢の崩れがあり、その前にはお腹が固くなり、その前には腹圧の低下があり、その前には自律神経の疲労がある――。
このように精神疲労は「疲労のリンク」を引き起こしやすいうえに、原因を特定しにくいのです。
ちなみに、筋肉を酷使していないのに身体に疲れを感じる人、ストレッチなどでケアしているにもかかわらず解消できない人は、まず間違いなく内臓・脳・自律神経の疲労の影響を受けていると言えます。
いかがでしょう。4つの疲労の正体を大まかにご理解いただけたでしょうか。
最後の精神疲労は少々、厄介な存在だと感じたと思います。
しかし、何も手立てがないわけではありません。
精神疲労の背後には、自律神経が深くかかわっています。この自律神経を切り口に、精神疲労の正体についてもう少し掘り下げていきたいと思います。
■自然界で「闘争or逃走」は命にかかわる状況
現代人にとって「ストレス」と「疲れ」は密接に関係しており、身体的・精神的な疲労感を生じさせる重要な要因です。
人間は、ストレスを感じるとコルチゾールやアドレナリンといった、いわゆるストレスホルモンが分泌されます。
これらは一時的に身体を活性化させますが、慢性的なストレス状態ではこれらのホルモンが疲労の原因に変わります。
また、ストレスを感じるとき、私たちの自律神経は交感神経が優位に働きます。
自律神経とは、身体の自動的な制御システムです。心身の状態や環境に合わせて、多くの身体機能を自動調整しています。
自律神経には、交感神経と副交感神経があることをご存じの方も多いでしょう。
改めて説明すると、それぞれ次のような働きをしています。
交感神経:心身が興奮・緊張する状態を自動的につくる。興奮やストレス状態で活発になる。「闘争or逃走」の状態をつくるとも表現される。
副交感神経:心身が休息・回復のための状態を自動的につくる。食事や睡眠時に活発になる。
交感神経は、「闘争or逃走」の状態を自動的につくるためのシステムです。
現代では実感しにくいですが、自然界で「闘争or逃走」が問われるとき、それは命にかかわる状況です。
このような状況においては、多少の問題は犠牲にされます。
つまり、多少の痛みがあろうが、多少の疲れがあろうが、それらを感じなくさせることができるのです。
その後、痛みや疲労が大幅にアップしてはね返ってくるのだとしても、命を守る行動が最優先されます。
これが交感神経の本来の役割です。
■人は本来、「副交感神経優位」が望ましい
自律神経の解説では、本書を含めほぼすべてが交感神経と副交感神経が併記されていると思います。
そのため、両者は均等なものだと思ってしまう人も多いと思いますが、交感神経の性質を考えると、本来、人間は副交感神経が優位な状態が適切なのだと思います。
にもかかわらず、ストレスによって、「闘争or逃走」モードである交感神経が働き続けると、心拍数の増加や筋肉の緊張などでエネルギー消費が高まったり、睡眠の質が低下し、結果的に疲労が蓄積してしまいます。
さらには、身体への違和感や倦怠感がさらにストレスになり、疲労を招くことで、「ストレス――疲労サイクル」の悪循環が加速してしまうのです。
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中野 崇(なかの・たかし)
スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士
株式会社JARTA international 代表取締役。1980年生まれ。大阪教育大学教育学部障害児教育学科(バイオメカニクス研究室)卒業。2013年にJARTAを設立し、国内外のプロアスリートへの身体操作トレーニング指導およびスポーツトレーナーの育成に携わる。イタリアのトレーナー協会であるAPF(Accademia Preparatori Fisici)で日本人として初めてSOCIO ONORATO(名誉会員)となる。イタリアプロラグビーFiamme oroコーチを務める。また、東京2020パラリンピック競技大会ではブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチとして選手を支えた。YouTubeをはじめとするSNSでは、プロ選手たちがパフォーマンスを高めるために使ってきたノウハウを一般の人でも実践できる形で紹介・発信している。著書に、『最強の身体能力 プロが実践する脱力スキルの鍛え方』(かんき出版)がある。
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(スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士 中野 崇)