■前年に頭痛と軽度の不安症状が出ていた
こんにちは。産業医の武神です。私は産業医として、元気に働いていた人が、ちょっとしたことをきっかけに心身の調子を崩し、いきなり休職となってしまうケースをたくさんみてきました。彼・彼女らとの休職中の面談でわかったことは、ほぼ全員にそのしばらく前から体調や感情の変化があったということです。しかし、その変化のサインに気づかなかったり、対処しなかったり(できなかったり)したため不調が深刻化し、最終的にメンタル休職せざるを得ない状況に陥ってしまったのです。
そこで今月は、メンタル休職する社員の3つの前兆についてお話ししたいと思います。
ある年の春に産業医面談した30代男性のAさんは、不安障害の診断書をいきなり上司に提出し休職に入りました。初回の産業医面談で私が驚いたことに、実は前年の秋にも産業医面談をしていた方でした。
当時の記録を見ていると、その時は、頭痛と軽度の不安症状が出現し始めていましたがそれ以外の症状はなく、週末は家族サービスで気分転換をできている状態でした。頭痛に対しては、市販薬を飲んでみること、それでも効かないなら専門医を受診すること。
■身体症状はわかりやすく、精神症状はわかりにくい
今回の面談でわかったことは、年末までは症状はほぼ横ばいで、市販薬で頭痛はコントロールできており、軽度の不安は続いたが日常生活に影響はなく、睡眠も医者に行くほどの状態とは思わなかった。年始から頭痛薬が効かなくなるときや、眠れない日が出るようになったが、忙しくて医療受診も産業医面談も後回しにしていたら、3月に入り全く眠れない日が出るようになってきた。そして、最近無表情になっていると心配した奥様に医療受診を勧められ、初診で休職の診断書が出たとのことでした。
人は、自覚の有無に関わらず、“いっぱい、いっぱい”になると心か体か行動にその反応が現れます。いわゆるストレス症状というものです。
このうち、本人にとって一番わかりやすいのは身体症状(不眠、食欲低下、頭痛やめまい、動悸や冷や汗など)で、わかりにくいのが精神症状(やる気が出ない、億劫、不安、イライラ、憂鬱など)。また、周囲の人がわかりやすいのは行動に出る症状(お酒やタバコの増加、遅刻や早退、会話の減少など)です。
■目に見えないゆえに気づきにくい
人はストレスが溜まってくると、感情のコントロールが難しくなります。その結果、感情の波が抑えられなくなり、イライラや怒りっぽさ、落ち込みや泣きやすさなど、感情の起伏が目立つようになります。また、趣味など以前は楽しめたことが楽しめなくなったり、なんとなく不安になったり、ネガティブな考えから抜けられなくなったりするのもよくある心の症状です。
しかし、ストレスによる心の症状は、気づかれず、見逃されやすく、対処されにくいのが実情です。その理由は3つあります。
1つ目の理由として、「心の症状は、目に見えない」ということが挙げられます。他人の心の症状に気づくことは、目に見えないがゆえに難しいものです。また、自分の心の症状も、目に見えないため、気づきにくいと言えるでしょう。
自分の心の症状は、さらに2つ目以降の理由も加わり、より気づきにくいとされています。
■エリート社員や有名企業の社員に強い傾向
2つ目の理由は、心の症状は、いきなり始まるわけではないということです。
例えば、ある朝、突然イライラが始まるわけではないですし、ある日突然、集中力がなくなるわけでもありません。
こうした症状は徐々に現れるため、本人は自覚しにくいのです。多くの場合、心の症状に理解のあるカウンセラーや医師との問診の中で、「具体的にこんなことはありませんか?」と聞かれ、気づかされるケースが多いです。しかし、その点に気づいたからといって、すぐに治療開始とはならずに、以下の3つ目の理由に続くことも多いのが実情です。
3つ目の理由は、自分の心の症状そのものを認めたがらない、または、その原因を精神的なストレスによる心の症状(反応)だと認めたがらないという点が挙げられます。
これはエリート社員や有名企業の社員ほど強い傾向にあります。
だからこそ、家族や友人に心の症状を指摘してもらうか、もしくは産業医などに、実際に起こっている心の症状は「ストレスに由来する可能性もある」と指摘してもらうことが、とても大切なのです。
■身体症状がストレスによるものとは言い切れない
ストレス反応としての身体症状は分かりやすいです。睡眠や食欲に関するもののほかに、身体的不調の訴え(微熱、頭痛、腹痛、めまい、動悸など)が慢性的に続くのが特徴です。
しかし、全ての身体症状が必ずしもストレスによるものとは言いきれません。こうした症状は、ストレスのせいでなくても、身体的な不調のせいで起こることも多々あります。
例えば20代の人に度重なる頭痛や腹痛が出れば、ストレス反応である可能性は高いと言えるでしょう。しかし、50代、60代の人が度重なる「頭痛」「腹痛」などの症状を自覚した時は、まずは病院に行って身体の病気がないか検査を受けるべきです。
年相応に見合った検査をして、それでも異常が見つからなければ、ストレスが原因と言えるかもしれません。先のAさんのケースのような場合も、頭痛外来を受診し、そこで器質的な異常がない場合には、担当医からメンタルクリニックの受診を促されることが最近は増えてきました。
■同僚とのランチに行かなくなる、会議での発言が減る…
最後に、行動に出る症状ですが、職場でもプライベートでも、まわりから見ていて、これは一番わかりやすい変化です。
以前はお昼休みに同僚たちとランチに行くのが日課だった人が、ある時期から「今日は一人で食べたい」と断る日が増える。
ほかにも、以前と比べて、仕事への取り組み方や職場での振る舞いに変化が見られるようになったら、それは一つのサインかもしれません。
チーム内での報連相(報告・連絡・相談)が滞りがちになったり、会議での発言が極端に少なくなったりすることもあります。これは、集中力の低下や思考能力の低下により、物事を整理して伝えることが難しくなっている可能性や、人と関わることが疲れるようになってきている兆候かもしれません。
中には服装が乱れていたり、以前は気を使っていた身だしなみやお化粧に無頓着になったりする人もいます。これは、自分自身をケアするエネルギーさえも残っていない状態、セルフネグレクトの兆候かもしれません。
■遅刻、早退、欠勤が増える、お酒やタバコの量が増える…
特に、遅刻や早退、欠勤が増えるなどの出社時間や勤務態度の変化は、周囲が気がつきやすい変化です。不眠のため朝起きるのが辛い、集中力が低下してミスを多発、同じような仕事の結果を出すのに時間がかかるため、時間外労働や休日出勤が増えたりします。
職場以外では、お酒やタバコの量が増える、高級品だけでなく駄菓子などを大量に衝動買いする、過食や拒食などの症状で身近な人が気がつくこともあります。
もしあなたが同僚のそのような変化に気づいた場合は、「ちょっといいですか? いつもと違いますが、どうかしましたか?」と声をかけてあげてください。そして、話を聞いてあげてください。
■自らのストレス症状を知っておくことが重要
ストレスで”いっぱい、いっぱい”になったときに症状が出るのは、その人が弱いからではなく、人として当然の反応です。症状は人それぞれ異なりますが、一度出た症状は次も出る可能性が高く、自分自身に出てくる症状はたいてい決まっています。
ですから、自らのストレス症状について知っておくことで、その症状が出たなら、いま自分にはストレスがかかっている、心身が「もう限界だ」とSOSを発している、対処が必要だという自覚を持てるようになれます。早めに気づいて対処することで重症化しないで済むことも少なくありませんので、これはとても大切です。
とはいえ、自分の状態を自分がいちばんよくわかっていない、ということも少なくありません。相談した相手や、かかりつけの医者に、「原因は精神的なことじゃない?」と言われたら、端から否定したりせず「そういうこともあるのかな」と思える余裕を持ち、立ち止まって考えることも、重症化を避けるための重要なポイントと言えます。
人生も仕事も、思うようにはいかないときもあります。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。
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(医師 武神 健之)