中国の少子化が深刻さを増している。国連の推計によると、2024年の出生率は1.01。
習近平政権はこの夏、育児手当や幼稚園費用の減免などをはじめた。中国経済を分析する伊藤忠総研上席主任研究員の玉井芳野さんは「中国では『子供は必要ない』と考える人が増えていると言われる。政府が少子化の流れを反転させるのは容易ではない」という――。
■満3歳までの子供に対する育児手当を導入
中国政府は7月28日、全国規模で初となる育児手当制度の導入を発表した。8月末までに全地方政府で手当の申請手続きが開始される予定である。今年3月の全人代(国会に相当)で言及され注目を集めていた施策が、いよいよ実現されることとなった。
具体的には、2025年1月1日以降に生まれた子供が満3歳になるまで、1人当たり年3600元(約7万2000円)、つまり3年間の合計で1万800元(約21万6000円)の補助金が支給される。さらに、2025年1月1日より前に生まれた現在満3歳未満の子供に対しても、支給対象となる期間に基づいた額の補助金が支給される。例えば、2025年8月で満2歳の子供の場合、合計1年8カ月分の6000元(約12万円)となる。
中国では、これまでも一部の地方政府が独自に育児手当を支給していた。例えば内モンゴル自治区のフフホト市は2025年3月、第1子の出生には1万元(約20万円)、第2子には5歳になるまで毎年1万元、第3子には10歳になるまで毎年1万元を支給すると発表。高額な手当が注目を集めた。
ただし、こうした地方政府ベースの育児手当は全国で30余りの都市に限られていたほか、主な対象が第2子・第3子で第1子は対象外であったり手当が限定的なことが多いという問題があった。
今回、全国レベルで第1子も対象に含めた育児手当が導入されたことは、中国政府が少子化対策のギアを一段上げたとして前向きに評価できるであろう。
■公立幼稚園費用の減免も
さらに8月5日には、今年9月の新学期から、公立幼稚園に通う子供について、小学校入学前の1年間の教育費を無償にするとの政策も発表された。政府が認可した私立幼稚園についても、各地の公立幼稚園の免除額を基準に減額・免除を行う。中国政府は今年の全人代で、「就学前教育(※3歳から6歳までの子供が対象)の無償化を段階的に推進する」としており、そのための取り組みが一歩前進したといえよう。
こうした育児手当導入や幼稚園費用減免の背景には、急速に進む少子化への懸念があるとみられる。
中国政府は1979年以来、長らく一人っ子政策を実施してきたが、少子化への危機感から、2016年には一人っ子政策を撤廃し第2子の出産を容認した(※1)。

(※1)2016年以前も、一人っ子政策は徐々に緩和されていた。2000年代には、夫婦ともに一人っ子、少数民族、農村部で第1子が女児の場合などには第2子の出産を認める政策が導入された。2013年には、夫婦のいずれかが一人っ子であれば第2子の出産を認める政策を導入した。
さらに、2021年には第3子の出産を容認し、実質的に出産を奨励する方針に転換した。しかし、その後も出生数は減少傾向をたどり、2024年(954万人)には直近ピークの2016年(1786万人)比53%とほぼ半減した(図表1)。


■出生率は日本以下
国連が推計している合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)をみても、2000年から2017年までは概ね1.6~1.7の間で安定的に推移していたが、2018年以降急低下し、2024年には1.01と日本の1.15をも下回る低水準となった。
少子化を受けて、中国の総人口は2022年に減少に転じた。国連は2019年版の世界人口予測(中位推計)で2032年に総人口が減少に転じるとしていたが、予測より10年も前倒しで人口が減少し始めた。
その後の2022年版と2024年版の予測でも総人口が大幅に下方修正され(図表2)、例えば2050年時点の総人口予測は2019年版で14億人だったところ、2022年版では13.2億人、2024年版では12.7億人となり、5年間で1.3億人分も下方修正された。
少子化による人口減少は、労働力不足や消費・投資需要の縮小、税収減少、高齢世代を支える若者世代の負担増など、経済・社会に様々な負の影響をもたらす。
習近平国家主席も、2023年5月に開催された中央財経委員会(※経済政策を決定する中国共産党の機関)の会議で、「少子高齢化に積極的に対応する必要がある」「適度な出生数と人口規模を維持しつつ、人口の質を高めるべき」といった認識を示し、危機感を強めているようだ。
■育児手当が子育て総コストに占める割合はわずか2%
中国で少子化が進んでいる要因として、一人っ子政策の実施による出産適齢期の女性人口の減少に加え、収入減や教育コスト増などの経済的負担の影響が大きいとみられる。中国国内で実施されたアンケート調査によると、子供を望まない理由として「収入のプレッシャー」(58%)との回答が最も多く、次いで「時間・体力の不足」(50%)、「教育費の高騰」(49%)となった(図表3)。
育児手当はこうした経済的負担の軽減を図り、子育て世帯を支援しようとするものである。しかし、今回の育児手当のみでは支給額や支給対象が限定的であり、負担が大きく軽減されるとは言い難い。
中国の民間シンクタンクの研究によると、中国で子供を17歳まで育てるのにかかるコストは53.8万元(約1100万円)、一人当たりGDP比では6.3倍にも及び、他国比では韓国に次いで高い(図表4)。しかし、今回の育児手当は3年間の総額で1.08万元(約21万6000円)と、そのわずか2%に過ぎないのだ。

■「さらに財政支出を拡大すべき」の根強い声
専門家の間でも、出産・育児支援に対する財政支出を拡大すべきという声が出ている。
例えば、中国のオンライン旅行最大手・携程集団(トリップドットコムグループ)の創業者で中国の人口問題を研究する梁建章氏は、①育児手当の拡充(子供が16歳または18歳になるまで、第1子には毎月1000元、第2子に毎月2000元、第3子以降には毎月3000元を支給)、②所得税・社会保険料の減免、③住宅購入補助の導入を通じ、GDP比2~5%相当、すなわち2.7兆~6.7兆元を充てるべきと主張している。
今回の育児手当は、毎年約1000億元の財政負担となるが、上記の提案と比べるとかなり小さい。今後、更なる拡充が望まれる。
■出生率反転は容易ではない
さらに、少子化対策としては、育児手当だけでなく、若年層の雇用・所得環境の改善、出産・育児休業の拡充、教育・住宅面における支援など、包括的な政策が不可欠である。
中国指導部は2024年7月、中長期的な経済改革方針などを討議する党の重要会議である三中全会(中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議)で、「子供を産み育てやすい社会の建設を促す」とした。
この方針に基づき、2024年10月には「出産・育児支援に向けた政策体系整備の加速と出産・育児に優しい社会の建設に関する若干の措置」を発表。出産・育児休業制度の整備、保育施設の供給増、教育無償化の段階的な実施、多子世帯に対する住宅購入支援などを含む政策プランを打ち出した。今後、徐々に取り組みが進展するとみられる。
ただし、日本や韓国などすでに様々な対策を講じている国々において、依然として出生率が低迷していることを踏まえると、中国でも短期間で明確な政策効果が表れる可能性は低い。
さらに、中国に限らず世界的に、家族を持つ幸せよりも個人としての自由を重視する価値観が広がり、「子供は必要ない」と考える人が増えていると言われる。こうした価値観の影響がますます強まっていく場合、包括的な少子化対策を打っても少子化の流れを反転させることは容易ではないだろう。

■消費拡大のための社会保障充実という一面も
ここまで少子化対策という面から育児手当を評価してきたが、今回の育児手当は消費拡大のための社会保障充実という意味も持ち、中国経済の構造転換に貢献しうる政策である。
中国は、過剰投資による投資効率低下や米国との貿易摩擦を受けて、これまでの投資・輸出主導型経済から消費主導へと成長のエンジンを切り替える必要に直面している。しかし、不十分な社会保障への懸念から人々が貯蓄を増やす傾向にあり、消費不足が課題となっている。実際、中国のGDPに占める消費の割合は2024年時点で39.9%と、現在の中国と同様の所得水準だった時の東アジアの他国・地域と比較すると、低水準にとどまっている(図表5)。
こうした状況を受けて、中国指導部は今年に入り消費拡大を重視する姿勢を示している。3月の全人代で、2025年の10の重要政策を示し、その筆頭に「内需拡大」を掲げた上で「特に消費の課題を早期に解決する」とした。
また、3月16日には、所得増や社会保障の充実、サービス消費の拡大などを盛り込んだ包括的な消費支援策「消費振興特別行動計画」も発表された。この計画の中に育児手当も含まれており、消費支援のための政策という位置づけが確認できる。
来年からスタートする第15次五カ年計画(2026~2030年)でも、消費拡大が焦点になるとの見方が多い。育児手当のほか、年金や医療保険の拡充など、社会保障の整備がどの程度進められ、人々が安心して消費できる環境がつくられるのか、今後の中国経済の行方を占ううえで注目すべきであろう。

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玉井 芳野
伊藤忠総研 上席主任研究員

2011年東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)修了。同年4月みずほ総合研究所(現・みずほリサーチ&テクノロジーズ)に入社し、中国経済の調査・分析に従事。
2019年米国Johns Hopkins University School of Advanced International Studies(国際経済、中国研究専攻)修了。2021年より伊藤忠総研客員研究員。2024年より現職。

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(伊藤忠総研 上席主任研究員 玉井 芳野)
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