ハンガリーによる異次元の少子化対策は、日本で好意的に伝えられることが多かった。問題はその結果で、世銀によると、2011年に1.23まで低下していたハンガリーの合計特殊出生率は、直近2023年には1.51まで上昇し、確かに隣国のポーランド(1.16)よりは上だが、チェコ(1.45)とはそれほど変わりがないし、当然、2には満たない。
やらないよりはやったほうがいいという意見もあるが、歳入を増やすか、他の歳出を見直さない限り、子育て支援策を拡大すれば、財政の悪化を招く。ハンガリーの公的債務残高は、名目GDP(国内総生産)の70%台前半で推移している。一見すると健全に見える一方で、欧州連合(EU)の中でも通貨安と物価高が深刻なのがハンガリーだ。
つまりハンガリーでは、典型的なインフレ・ファイナンスが行われていると理解すべきである。通貨安と物価高の犠牲の上に、財政を維持している。そして、財政はバラマキに終始する。日本にも通じた経済運営だが、日本は未だ信用力が高い経済であるため、ここまで酷い状態にはなっていない。もはや、ハンガリーに財政拡張余地はない。
にもかかわらず、オルバン首相が率いる現政権は、なおも子育て支援策にまい進するようだ。具体的には、住宅の一次取得者、つまり初めて住宅を購入する世帯に対して、借入額のうち5000万フォリント(約2000万円)を上限に、金利を3%に固定するという内容である。10%の頭金を支払うことを条件として、9月1日から実施される。
現在の新規の住宅ローン金利は、加重平均ベースで6%半ば(図表1)。
■10年前の3倍になった住宅価格
なぜハンガリーが住宅の一次取得者に対して支援を行うかというと、建前上は、高過ぎる住宅価格に鑑みて、子育て世代を支援することにあるようだ。ヨーロッパでは、2010年代半ばに欧州中央銀行(ECB)が金融緩和を強化したことから、住宅価格の上昇に拍車がかかった。その中でも、ハンガリーの住宅価格の上昇は異様である(図表2)。
つまり、2015年を基準(=100)とする指数で測った場合、ハンガリーの直近2025年1~3月期の住宅価格は338と、三倍以上も上昇している。EU全体でも158と強いが、それと比べてもハンガリーの上昇は異様だ。政策当事者が注視する実質住宅価格(住宅価格を消費者物価で割り引いたもの)も196と、EU(119)を突き放している。
10年間で三倍以上となったハンガリーの住宅価格だが、その大きな理由は経済運営の失敗にある。要するに、ハンガリーはこの間、インフレ安定を放棄し、バラマキに終始してきた。物価高の中で安全資産としての不動産需要が高まり、それが住宅価格を押し上げる方向に働いた。物価高の経済で住宅価格が上昇することは当然の帰結である。
加えて、これまでもハンガリーは、その「異次元の少子化対策」の下で、子育て世代を対象に住宅購入刺激策を実施してきた。詳細は割愛するが、例えば親2人子2人の標準世帯が新築物件を購入する際に260万フォリント(100万円)の、また中古物件では143万フォリント(60万円)の補助金を給付する住宅購入刺激策などがとられてきた。
こうした子育て支援策の結果、住宅価格の上昇に拍車がかかり、子育て世代の住宅購入がさらに難しくなった。それをさらなる補助金で打ち消そうとハンガリーはしているわけで、まさに堂々巡りを地で行く状態となっている。住宅価格を安定化するためには、まずマクロ経済運営の引き締めが必要だし、住宅購入刺激策など、言語道断となる。
■それでもバラマキが辞められない
一定のリテラシーがあれば、今のハンガリーの経済運営は不合理の塊であることは直ぐに分かる。にもかかわらず、ハンガリーでこのような経済運営が常態化し、かつ強化されているかというと、その原因はやはり政治にあると考えられる。ハンガリーは2026年に総選挙を控えているが、与党・フィデスの劣勢が伝えられているところである。
第8代目の首相として2010年から政権を率いているオルバン首相は、現在、求心力の低下に悩まされている。与党フィデスの支持率は、2025年以降、各種世論調査で新興の右派政党であるティサを下回る状況となっている。2026年に実施される総選挙では、フィデスとティサで保守票を奪い合い、フィデスが大敗する可能性が高い。
ティサの指導者であるペーテル氏は、若者や子育て世代を中心に支持を獲得している。
しかしながら、当然、財源は借金となる。そしてそのツケを、現役世代には物価高というかたちで払わせ、将来世代には債務というかたちで背負わせる。こうした経済運営をずっと続けてきた結果、ハンガリーの住宅価格は10年間で3倍以上も上昇している。それが有権者の不満につながっても、政治は襟を正すことができないわけだ。
■ハンガリーを笑えない、日本にも通じる既視感
以上、ハンガリーの住宅購入刺激策について簡単に整理し、同国の“子育てポピュリズム”とも言える状況を概観してきた。住宅購入刺激策に関しては、それが確たる成果を出したと言えない一方で、住宅価格の急騰という看過できない副作用をもたらした。それでも、政治的判断で支援策を強化するという負の循環にハンガリーは陥っている。
「異次元の少子化対策」が国民的な議論を経たうえで行われているのであるならともかくとして、オルバン首相ならびに与党フィデスの延命のために実施されているのが現状である。出生率が1.2から1.5に上昇したからと言って、それに見合う費用対効果だったのか問われると、物価高や通貨安、住宅高に鑑みれば、大きな疑問が残るところだ。
こうした状況は、当然ながら日本にも通じるところがある。信用力の高さに胡坐をかいている分だけ、日本の方が深刻な側面もある。今一度考えるべきは、物価高を止めるためには、供給を増やす必要があるということだ。食品や原材料で輸入依存度が高い日本の場合、利上げで円高に誘導することは、輸入を増やし供給を安定させる効果を持つ。
にもかかわらず、減税や給付金による“値下げ”を、先般の参院選で与野党は主張していた。こうした政策は需要を刺激するため、物価高を減速させるどころか、加速させるものだ。新興の政党に期待を寄せたところで、結局はバラマキに助けを求めるならば、日本もハンガリーを笑うことなどできない惨状に見舞われることになりかねない。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)