他人からの親切心や愛情を感じるほど、人間関係を拒絶してしまう人たちがいる。精神科医の高橋和巳さんは「『愛着障害』を抱えている人たちのなかでも、特に重度のレベル3と呼ばれる段階の人達は愛情や親切心を拒否する傾向にある。
彼らは幼児期の虐待経験から、愛情を期待することを恐れたり、過剰に愛想良く振る舞ってしまう」という――。
※本稿は、高橋和巳『大人の愛着障害』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■虐待によって引き起こされる“レベル3”の愛着障害
愛着障害を考えるにあたって、被虐待者の愛着障害〈レベル3〉を知ることはとても重要です。その理由は、二つ。
第一に、もっとも重症の愛着障害であるため、障害の内容とその苦しみが典型的な形で表現されるからです。
第二に、そこでみられる愛着障害には、より軽症の愛着障害である〈レベル2〉や〈レベル1〉にみられる全ての要素が含まれているからです。
例えば、被虐待者の愛着障害〈レベル3〉でAという要素が100%の強度で表現されているとすれば、軽い愛着障害〈レベル1〉では10%の強度で表現されているようなことです。100%で表現されている障害の内容を理解していれば、10%に気付けますが、知らなければ「10%」を見逃してしまうでしょう。
重い愛着障害を理解することで、それがどういうものか、なぜそうなったのか、どんな苦しみがあるのか、がはっきりと分かります。これをよく理解していないと、愛着障害の全体が見えなくなります。
以上のような理由で愛着障害〈レベル3〉を知ることは、理論的にも、実際の理解を進める上でも重要なのです。
■親切にされるほど、関係を切りたくなる
さて、多くの読者にとって、児童虐待(子ども虐待)はニュースでたまに見聞きする程度の遠い世界の出来事でしょう。

実は、身近に被虐待者(大人になった被虐待児)がいたとしても、彼らが抱えている心の傷は周囲からは見えません。彼らは、一見、ごく普通の対人関係を維持し、社会に適応しています。「安心の大きさ」は他人からは見えないだけでなく、彼ら自身も自分の安心がどれほど小さいかは知りません。生まれつきその安心しか知らないからです。
しかし、精神科の診療やカウンセリングで彼らの心の状態を詳しく聞くと、他の大部分の人たちとは全く違う生き方をしていることが分かります。
一例を挙げると、彼らは人の親切に敏感です。親切にされると感動します。しかし、親切にされた人から離れようとします。関係を自分から切ってしまいます。なぜなら次の親切を期待する気持ちが湧いてしまうからです。
「自分は愛される価値のない人間だ」と愛着欲求をあえて否認して生きている彼らにとって、期待する気持ちが出てくるのはとても苦しいことだからです。
■二回結婚して二回離婚した女性
二回結婚して二回とも程なく離婚した〈レベル3〉の女性の治療をしたことがあります。

結婚相手は人柄も収入や社会的な地位も申し分のない相手だったと思います。世間から見れば幸せな結婚のはずです。何回かのカウンセリングを経てから、離婚の理由について彼女が話してくれました。
「今なら分かります。幸せになるのが怖かったからだと思います」
「こんないい人と一緒にいる権利は自分にはない、こんな自分で申し訳ない、相手はもっといい人と結婚すべきだと思いました」と言うのです。
普通の家庭に育った人には、理解に苦しむ生き方かもしれません。幸せになることを恐れる、そんな生き方の根底にある愛着の否認、その心理的メカニズムをこれから解いていきたいと思います。
そのために、児童虐待(子ども虐待)とはどんなことなのかを説明して、その中でも特に子どもの愛着形成を潰す「心理的虐待」と「心理的ネグレクト」について解説します。
児童虐待の防止等に関する法律(2000年制定、20004年/2007年/2019年改正)に規定された虐待の形式は次の四つです。つまり、①身体的虐待(子を叩く、殴る、蹴る)、②性的虐待(子を性的な対象とする)、③ネグレクト(子に食事を与えない、病気になっても病院に連れて行かない)、④心理的虐待(子を罵る、脅す、否定する)の四つで(同法第二条)、さらに、これらの結果、「その心身の成長及び人格の形成に重大な影響を与える」もの(同法第一条)とされています。
■「心理的虐待」は人格形成に重要な影響を与える
すなわち、虐待とはただの暴言や一時的な暴力とは違って、
1.心身の成長(心の成長、身体の成長)を阻害する先の四つの行為で、

2.子の人格の形成に重大な影響を与えるような、

3.長期にわたる、継続的な、親またはそれに代わる保護者・養育者からの阻害行為
です。「人格の形成に重大な影響を与える」とは生涯にわたってその人を苦しめる、という意味です。

さて、愛着障害を理解するにあたって重要なのは、四つの虐待のうちの「④心理的虐待」です。これが生涯にわたって「人格の形成に重大な影響を与える」のです。
子ども虐待というと目に見える「①身体的虐待=体の傷やあざ」にだけ注意が向いてしまいがちです。身体的虐待による「体の傷」は時間が経てば消えていきますが、しかし、身体的虐待を受けた時に同時に受けた「心の傷」は消えません。身体的虐待には必ず心理的虐待が伴っていて、その傷は一生残るのです。
②性的虐待についても同じです。児童相談所が介入して性的虐待から子どもを隔離・保護したとしても、その時に受けた心の傷は消えません。一生残ります。③ネグレクトにも必ず心理的虐待が伴っています。つまり、虐待には四つの形式がありますが、全てに心理的虐待が伴っているのです。
■目に見えないからこそ、見逃されやすい
そして、目に見えない心理的虐待は見逃されがちです。
親は言うまでもなく、虐待防止に関わる支援者の多くも、それが子の心にもっとも深い傷を残し続ける虐待だとは理解していません。
もちろん子ども自身、虐待を受けているとは感じていないのですが……。
まして、虐待とは無縁の人にそれが見えるわけがありません。幼稚園・保育園や小学校の先生は虐待を受けている子どもの言動に何か違和感を覚えることはあるでしょうが、それを理解することはなかなかできません。「心理的虐待」の重さを知らないからです。
心理的虐待について、「児童虐待の防止等に関する法律(第二条)」では、「児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力……(中略)……その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」と記載されています。
これを具体的に言い換えると次のようになるでしょう。
心理的虐待とは、子をいつも批判する、非難する、否定する、脅す、まったく褒めない、また、他のきょうだいと著しく差別的な扱いをしたり、継続的な夫婦間の暴力を子に見せたりする、などです。子はいつも親から圧迫され、追い詰められて、常に緊張状態でいます。
■暴言がなくても「一生の心の傷」を負うことがある
しかし、まだ説明が足りないかもしれません。次のように言い換えるとどうでしょう。
心理的虐待とは、子どもが自分の家族(親)の誰も自分を愛してくれていないと感じ、自分を重要で特別なものであると思ってくれない、自分に興味を示してくれたことがない、家族から避けられていると思い、家族に「近い、親しい」と感じたことがなく、支えてもらったことがないと思い、本音を言ったことがなく、自分の主張をしたことがなく、家族の中にいてもいつも一人孤独で強い緊張の中に生きている、と感じることです。
明らかな暴言や拒絶的な対応がなくても、単に無視されたり気持ちを聞いてくれない、スルーされてしまうだけでも同じ心の傷になります。
これを心理的虐待と区別して「心理的ネグレクト」と言います。
心理的虐待・心理的ネグレクトがその子の一生の心の傷になるのは、人にとってもっとも大きな欲求である愛着欲求を潰されてしまうからです。愛着欲求とは、人を信頼して心の安心を得ること、自己肯定感を持つことの二つでした。それを否定されると、人は不安と自責感の中で生きていくしかなくなってしまいます。
■笑顔と無表情のギャップはどこから来るのか
被虐待児に見られるもう一つの愛着障害は、脱抑制性対人交流症です。この愛着障害を持った子は不思議な言動を見せます。例えば、以下のようなことです。
【子どもの頃のBちゃんの症状】
幼稚園(保育園)の園庭で子どもたちがワイワイと大声を出して遊んでいます。園庭の前の道を中年の男性が通りかかります。彼はそこで少し立ち止まり、垣根越しに楽しそうに遊んでいる子どもたちを見ています。
Bちゃん(女の子)はそれまで園庭の隅にあるブランコに一人で乗っていました。ブランコを漕ぐこともなく、座って小さく揺れているだけです。
楽しんでいる風には見えず、無表情です。ただ時間を潰しているかのようでした。しかし、Bちゃんは、男性に気づくと、急にブランコから降りて小走りに彼に近づいていきます。そして、
「おじさん、こんにちは」
と、それまでとは打って変わって、にこやかな笑顔で話しかけます。数分間、何やら会話をしています。どうやら園の説明をしているようです。最後に、
「おじさんはこれからお仕事ですか? いってらっしゃい……」
と挨拶して見送ります。
男性が立ち去るとBちゃんは再び無表情になり、何事もなかったかのように一人でブランコに戻っていきました。退屈そうにブランコを揺らしています。視点は定まりません。
不思議な行動です。一人でいるときのBちゃんの無表情な顔と男性に向けたにこやかな笑顔、そのギャップを普通は理解できません。
■「過剰適応」が“病的な笑顔”を作り出していた
これを解く鍵は、子どもが見せる大人への「過剰適応」という行為です。Bちゃんは一生懸命に大人に笑顔を作って「機嫌をとっていた」のです。それを見知らぬ男性にしているところが病的です。
脱抑制性対人交流症の診断基準(DSM-5-TR)に以下のような記載があります。
A.以下のうち少なくとも二つによって示される、見慣れない大人に積極的に近づき

交流する子どもの行動様式

 (1)見慣れない大人に近づき交流することへのためらいの減少または欠如

 (2)過度に馴れ馴れしい言語的または身体的行動

 (3)たとえ不慣れな状況であっても、遠くに離れて行った後に大人の養育者を振り返

って確認することの減少または欠如

 (4)最小限に、または何のためらいもなく、見慣れない大人に進んでついて行こうとする
愛着欲求を潰された子は我慢して生きています。親から認めてもらえずに「いつ見捨てられるかもしれない」という恐怖を持ち続けています。見捨てられないために、常に親や大人に近づいて機嫌をとろうとするのです。
その極端な形がここに紹介した脱抑制性対人交流症です。生き抜くための過剰適応を続けていつも緊張しています。だからこそ、その内面は空虚です。一人ブランコに乗っている時に見せる無表情が彼女の本当の姿でしょう。しかし、周りの大人は誰も気づきません。
■気を使いすぎた結果、“燃え尽きて”しまう
普通の子も、時に親の機嫌をとったり、わざと甘えたり、ピエロを演じて親の関心を引こうとすることがあります。子どもが誰でも持っている正常な行動の一つです。しかし、それが極端な形で現れ、さらに「見知らぬ大人」にも向けるのは不自然です。脱抑制性対人交流症は愛着障害の極端な形式なのです。
彼女(Bさん)は大人になっても過剰適応を続けます。
会社の昼休み、Bさんは明るい笑顔で同僚をランチに誘います。「美味しい定食屋さんを見つけたのだけど、ランチ、一緒に行きませんか」と。
彼女はその店をネットで下調べしておいたのです。同僚へのサービスです。また、仕事にも積極的です。上司である課長の立場を先読みして自分から仕事の仕方を提案したり、同僚や部下で仕事につまずいている人がいれば、我がことのように面倒を見てあげます。周りを常に観察して自分が役に立てそうなことを探しているのです。彼女はみんなから頼りにされて好かれています。
しかし、仕事が終わって一人マンションの部屋に帰ると、疲れ切って何もできません。無表情になって、化粧も落とさず、お風呂にも入らず、そのままリビングのソファで寝入ってしまいます。
こうして、彼女は燃え尽きていきます。燃え尽き症候群=うつ病になって、でも気をとりなおして、また頑張って、をくり返します。反復性うつ病です。幼少時の愛着障害がその原因です。

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高橋 和巳(たかはし・かずみ)

精神科医

医学博士。1953年生まれ。慶應義塾大学文学部を中退、福島県立医科大学を卒業後、東京医科歯科大学神経精神科(現:東京科学大学)に入局。大脳生理学・脳機能マッピング研究を行った。都立松沢病院で精神科医長を退職後、都内でクリニックを開業。カウンセラーのスーパーヴィジョンも行っている。著書に『「母と子」という病』、『精神科医が教える聴く技術』、『親は選べないが人生は選べる』、『大人の愛着障害』(ちくま新書)、『子は親を救うために「心の病」になる』、『人は変われる』、『消えたい』(ちくま文庫)、『新しく生きる』、『楽しく生きる』(三五館)等がある。

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(精神科医 高橋 和巳)
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