※本稿は、海老原嗣生『「就職氷河期世代論」のウソ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■職場での出会いは増えているはずなのに…
まだ多くの人が気づいていない未婚理由がある。それが、「職場婚がこの30年一貫して減っている」ことの答えにもなる。順を追って説明していくことにしよう。
ひとつめに、職場婚の減少と相いれないデータを図表1とした。これは適齢期の就業者数を男女別に時系列で示したものだ。
2000年と比べて2024年では、どの規模の企業でも職場の男性は減り、女性は増えている。つまり、男女が半々へと、理想的な比率に近づいているのだ。本来なら、職場婚は大いに増えてしかるべきだろう。
にもかかわらず、それは減少の一途だ。この矛盾は何を示しているのか。
■女性が結婚しない理由のひとつは「高年収」
この謎を解く鍵として、年収と未婚率の関係を見てみよう。図表2は、30代有業者の年収と未婚率の関係を表した内閣府のレポートだ。
男性では通説どおり、年収と未婚率が逆相関関係であり、低年収者の未婚率が極めて高い。ところが女性は真逆で、女性の低年収者(年収200万円未満)は極めて未婚率が低い。年収200万円台から、未婚率はほぼ横ばいとなって、高年収でもほとんど下がらない。
つまり、女性にとって未婚要因のひとつは、貧困ではなく、高収入であることがわかるだろう。行政は、この点を長らく見落としてきた。
■平均年収はバブル期世代<氷河期世代
そして、もうひとつポイントがある。この20年、女性の未婚率は大幅に上方シフトを見せている。
男性の未婚率も同じく上昇している。この間、女性の進学率は上がり、大卒総合職に占める女性割合も高まった。女性の正社員数は、2014年まで横ばいだったものが、それ以降、海老ぞるように増えている。
女性の平均年収も、バブル世代よりも氷河期世代が伸びていると本書2章で書いた。つまり、明らかに女性の社会進出とともに、未婚率は上方シフトしたと見て取れよう。
さて、この現象をどう読むか?
ここから先、「女性批判」と受け取られる論調が一瞬出るが、結論を急がず、最後まで読んでほしい。本書1章で提示した「熟年非正規は圧倒的多数が女性」という日本の宿痾に対して、しっかり意趣返しをすることにしたい。
■女性も結婚相手に「容姿」を求めるように
出生動向基本調査には、「結婚相手に求めるもの」という項目がある。この返答の「重視する」と「考慮する」を足して「そう思う」傾向値とし、1992年から直近の2021年まで約30年の間に、独身者の心にどんな変化があったか調べてみた。
まず、男女ともに、昔も今も求める度合いが強いのが、「人柄」「家事育児の能力や姿勢」「仕事への理解」。
続いて、過去には女性と男性で乖離が見られたのが、年を追うごとに女性の数値が男性に近づいたものとして、「共通の趣味」(低下して均衡)と「容姿」(上昇して均衡)の2項目が挙げられる。
背景を推測するに、従来女性は、専業主婦やパート労働のため、男性よりも自由な時間が長く、「趣味」への要望度合いが高かったのが、総合職女性の増加により、趣味時間が減ったことがあるだろう。
また「容姿」への要望が男性並になった点も、女性の地位の向上が背景にありそうだ。
19世紀、文豪トルストイや女性活動家のエレン・ケイは、「生活力がない女性は、資金力のある男性に嫁ぐのが良し」と謳った。当時は相手に容姿容貌を求める余裕などはなかっただろう。
■男性に経済力を求める傾向がむしろ強まる
一方で、「経済力」「職業」「学歴」の3項目は、男女差が埋まらないままだ(図表3)。
いずれも、女性の要望がもともと高く、それが昨今も緩やかに上昇した。この3項目、昭和時代のように性別役割意識が強く浸透し、女性は男性に「食べさせてもらう」しかない社会なら、強まるのはわかる。ところが、女性の社会進出が進んでも一向に低下する気配がない。
この3つの意識が強いまま、女性の社会進出が進み、地位や収入を上げた場合、パートナー探しはどうなっていくだろう? 自分の「経済力」「職業」「学歴」が上がれば上がるほど、自分に釣り合う夫の候補者は減っていくことになる。こうした「昭和の心」が出会いを減らし、高年収女性の未婚率を高くしているひとつの理由と考えられるだろう。
逆に低年収の女性は、「自分と同等以上の男性」が多数いる。だから、女性の未婚率が、年収とある程度まで逆相関すると考えるのは至って自然ではないか。
■低年収男性が未婚でいる理由もわかった
このロジックだと、低年収の男性の未婚率の高さも、同様に説明できる。
そして、この20年以上、男女ともに未婚率があがっている理由も、この間、女性が収入・地位を向上させたからだ、とすべてに合点がいく。
ここで、社内結婚が減った理由がようやく見えてこないか?
勤務先に女性が増えた理由は、総合職正社員の女性が増えたからだ。彼女らから見れば、自分以上の収入・地位を持つ男性は職場に少ない。逆に、かつてのような「女性社員といえば一般職の事務員」だった時代は、容易に自分より条件のいい男が見つかっただろう。そう、社内に“いい男”が減った理由は、こんなところにある。
こうしたデータを集めて、「だから女性も高望みせず、学歴や年収が自分より下の男性を選べ!」と短絡的なことを言うつもりはない。それよりも、なぜ、こんな「昭和」が女性の心に残っているのかをしっかり考えるべきだ。
■非正規男性と結婚するハードルは高い
まず、女性を取り巻く環境。例えば、付き合っている男性が非正規社員だった場合、多くの親は渋い顔をするのではないか。同窓生や会社の同僚は、反対はしないまでも、興味本位に「なんで彼を選んだの」と聞くだろう。こうした発言が当事者女性をどんなに傷つけるか。
加えて言えば、マスコミでは、「非正規男性だから結婚できない」「低年収の男はモテない」と大合唱している。
これでは、本人も洗脳されるし、愛を貫こうとしても心折れてしまうだろう。
■「稼ぎも家事も育児も女性持ち」という地獄
そしてもうひとつ。やはり、雇用環境や家事負担の問題がある。
エリートで高年収の女性が、低年収の男性と結婚したとして、彼が家事育児の大半を請け負ったりするだろうか。ともすると、収入も家庭内労働も、すべてが女性の負担になりがちだ。これでは結婚する意味など見いだせず、一人のほうがよっぽどいい。
仮に、「それほど差がないが、やや劣る」ぐらいの男性に条件を緩和したとしよう。それくらいなら社内でも容易に探すことはできる。ただしその場合でも、結婚して子どもができれば、女性のほうがマミートラックに乗るよう無言の圧力がかかる。昨今は、出産しても育児をしながら正社員として継職することも普通になったが、こうしたマミートラックでは、昇進昇格は遅れ、後輩にまで抜かれていくことになる。これではやっぱり浮かばれないだろう。
だから、無理をして結婚に歩を進める女性が減った。これは、日本人の働き方の当然の帰結といえるだろう。
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海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。
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(雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生)