※本稿は、岩本晃一『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■2倍の労働量を投入してもドイツに敵わない日本
2023年に、日本はドイツに名目GDPで追い抜かれた(日本が約4.2兆ドルで、ドイツが約4.4兆ドル)。それまでの約30年の間に、ドイツの名目GDPは2倍ほどになっているのに対し、日本はほぼ横ばいである。
GDPは、「Gross Domestic Product」の名のとおり、国の中で作り出される「付加価値」の合計である。付加価値を作り出すのは企業活動なので、日本企業は約30年間、作り出す付加価値がほとんど変わらなかったということになる。
「データブック国際労働比較2025」(労働政策研究・研修機構)によれば、2023年の就業者数は、日本6747万人、ドイツ4313万人、1人当たり平均年間総実労働時間は日本1611時間、ドイツ1343時間。すなわち日本企業はドイツの1.6倍の従業員を使って、1.2倍の時間働かせている。総労働投入量は「1.6×1.2=1.92」、すなわち約2倍である。ドイツ企業に比べて約2倍の労働量を投入しながら、日本企業が作る付加価値はドイツと同じである。
ドイツはOECDの中で最低の労働時間である。「ドイツ人は働かない」「残業しないでさっさと帰る」「夏休みやクリスマスは長い休暇を取る」という日本人のドイツ人評価は当たっている。
日本企業は、失われた30年の間、非正規雇用者数を増やしてきた。2023年には2124万人、全雇用者の37.1%にまで増えている。深尾京司氏(経済産業研究所理事長/一橋大学名誉教授)は、「日本企業が非正規雇用者を増やしたことが、労働生産性が上がらない最大の原因である」と主張する。「非正規雇用者は責任をもたないので、仕事に対して無責任になり、ノウハウの伝授ができないからだ」と言う。
■日本の労働生産性はドイツの3分の2
労働生産性を日本生産性本部による調査研究「労働生産性の国際比較2024」で確認すると、1人当たりおよび1時間当たりで見ても、図表1のとおり、ドイツの労働生産性は日本の約1.5倍である。
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なお、1時間当たりの労働生産性の伸び率で見ると、日本は1980年から1995年の15年間に2.8倍に増えているが、1995年から2023年の28年間には2.4倍にしか増えていない。同じペースで増えていれば、1995年から2023年の28年間に、5.2倍に増えていなければならない。すなわち、1995年頃を境に、労働生産性が、ガクンと折れ曲がっている。これは日本から海外に向けて、生産性の高い企業・事業所が生産拠点の移転を開始した時期と一致する。
日本とドイツの製造業の労働生産性を比較すると、日本の製造業の生産性は低く、日本は米国・ドイツの約3分の2しかない(図表2)。
日本は製造業でも、他の先進国と比べて、生産性は低い。この実態を見ると、日本がものづくりの国とされていたのは、遠い昔の過去の栄光でしかないのではないか、という気さえしてくる。
■人材への投資をしてこなかった日本
また、日本企業は雇用者に対する能力開発投資の予算を減らしてきた。図表3は、経済産業省が2021年12月に開催した「第1回未来人材会議」の事務局資料である。
日本企業は、能力開発に対する投資の水準(人材投資の対GDP比)が低いだけでなく、激しい勢いで投資額を減らしてきた。その低さと減少率は先進国の中でも際立っている。企業の最大の資産は従業員である。その従業員に支払う賃金を下げ、能力開発投資額を下げ、非正規雇用を増やす、という3点セットで、日本企業は従業員を冷たく扱ってきたのである。
■日本企業の成長を阻害したリーダーの素質
これでは真面目に働く気にはなれないだろう。日本企業の業績の低さは、従業員を冷たく扱ってきた結果であるとも言える。日本企業には、「企業の最大の財産は人である」という概念が希薄と言ってよい。
これはひとえに日本企業のリーダーの問題ではないだろうか。
多くの企業の中に古い価値観から抜け出せないリーダーがいて、過去に成功体験のある既存事業に固執したり、前例踏襲型で仕事をさせたり、企業内部だけで閉じてパフォーマンス向上に結びつかない無駄な作業をやらせるなど、意欲ある働き手に対し、仕事のエネルギーを向かわせる方向付けが間違っているのである。
また、人件費を将来への投資ではなく固定費と捉え、その固定費を削減した人が評価されて出世してきたという話もよく聞く。
OECDが世界各国で15歳を対象に定期的に実施する能力試験(PISA)を見ると、日本の若者は世界トップクラスと言ってもよいくらい優秀である。筆者は民族主義者ではないが、PISAの結果を見ると、日本人は何という優秀な民族なのだろうと感動すらする。
■優秀な学生が、会社に才能を潰されている
だが、その若者が大人になり、企業に就職して集団となって働き始めたとたん、そのパフォーマンスは前述したとおりガクンと落ちる。これは、指導者層、すなわち国の指導者である政治家、企業の指導者である経営者に原因があるとしか考えられない。
この問題について企業経営に携わっている人々で自覚のある人は少ないが、教育者の間では有名な話である。自分たちが手塩にかけて育てた優秀な子どもたちが、会社に入ったとたんに、その才能を潰されてしまう。専門能力を活かそうとせず、「和を以て尊しと為す」という言葉に代表されるような人間関係を押し付ける。
企業のリーダーや上司は高い専門能力をもった若者を、自分たちと同じような人間関係で物事を解決する会社員に変化させてしまうのである。カネボウの再建に取り組んだ小城武彦氏(九州大学大学院教授)らは、専門技術力が勝負の時代に入ったにもかかわらず、こうした社風が、日本企業が世界と競争できない背景にあると分析している。
■復活のヒントはドイツにある
ドイツは「日本の2/3のサイズの国」なので、そのドイツが名目GDPで日本を追い抜くには、一人ひとりが日本人よりも多く稼がないといけない。
前述のとおり、ドイツの1人当たりおよび1時間当たりの労働生産性は日本の約1.5倍である。まさに期待どおりの成果を上げている。
キリスト教文化圏なので日曜日にはほぼすべての商店が閉店する。すなわち、365日のうち、7分の1は経済活動を休止している。それに、平日は残業しないでさっさと家に帰り、戸外のレストランでながながとおしゃべりに興じている。
なぜ、ドイツ人はこれほどの高いパフォーマンスを発揮するのか、逆に言えば休日も店を開け、残業続きの日本人がなぜドイツ人の2分の1しか稼げないのか。
その謎を解かないといけない。
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岩本 晃一(いわもと・こういち)
独立行政法人 経済産業研究所 リサーチアソシエイト
通商産業省(現・経済産業省)入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官、経済産業研究所上席研究員を経て、2020年4月より現職。
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(独立行政法人 経済産業研究所 リサーチアソシエイト 岩本 晃一)