※本稿は、岩本晃一『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■企業が地元に残るため、国・地方が努力
ドイツの企業競争力は、企業と地方政府が一体化した総力戦として発揮されている。
ドイツ地方政府は、企業が移転されると最も困るから最もがんばる、住民を幸福にしないと住民が逃げ出すから頑張るという。地方政府の本来の目的は、企業の競争力強化ではなく、地元で企業活動し、お金を稼いでもらい、地元で雇用し、地元にお金を落としてもらうことである。
諸々のコストが高いドイツ国内で生産するのであるから、ドイツの企業方針は「人が欲しがるものを作って高く売れ」である。
日本のように海を隔てて外国がある国とは違って、陸続きですぐ隣に別の国があるため、企業・事業所の移転圧力は日本よりも強い。そのため、地元に残って企業活動してもらうために、ドイツ地方政府は多くのアイディアを考え、大変な努力をしている。
■日本は「若者が都会に出ていく」と嘆くだけ
ドイツの地方政府は、住民に対して経済的な豊かさを与えることが住民にとっての最大の幸福であり、経済的豊かさの提供こそが若い女性を惹きつけ、人口増の好循環を実現させると考えている。
地方政府は、優秀な若者や企業を誘致しつなぎ止めておくために、産業インフラの整備、産業クラスターやインダストリー4.0に取り組んだりと、大変な努力をしている。日本の地方自治体でここまで努力しているところを筆者は知らない。「若者が都会に出ていく」と嘆いているだけにしか見えない。
ドイツ地方政府の考え方は、お金があれば何でもできる、お金がなければ教育も福祉も何もできないという単純な発想である。これと比較すれば、日本では、お金はどこからか湧いてくると思っているのか、お金の使い方ばかりが議論の対象となっている。政治家もお金を使う人間が評価されるが、ドイツでは「稼ぎがいい一家の大黒柱的存在」が高く評価される。
■地方が稼げなければ、国の未来はない
筆者はコロナ禍の前、何度もドイツを訪問し、専門家と意見交換し、ドイツで行われていた国民的議論を調査した。
米国のGAFAの脅威にどう対処するか。ドイツ経済を支えている中国向け自動車輸出は、いずれ飽和する。その次に輸出可能なドイツが優位性を発揮できるものは何か。と、まさに国を挙げて議論を行った。その結果、国の施策としてデジタル化の推進が決められ、インダストリー4.0構想が提起された。
その構想の実現に向けてドイツ政府は補助金を出したが、実際に地域の企業のデジタル化を支援しているのは、地方政府である。ドイツ各地に数多く作られた支援機関が、その周辺に立地する企業のデジタル化などを支援している。
日本がドイツから得られる最も大きな示唆は、「企業が移転すると最も困る地方政府が最もがんばる」ということであろう。
ドイツの現地調査は、ドイツが採用した手法が日本にも導入可能なら、「失われた30年」が解消され、日本もドイツのように再び力強い経済成長が可能になるのではないか、との問題意識から始めたものであった。
その観点から、日本の「地方自治体」が導入すべきと考える手法は次のとおりである。
■横並びでは、企業から選ばれる地域になれない
①他の地域と比べて比較優位な地域資源の最大限の活用
日本では、あそこの地域はあの施設をもっているから、自分の地域も同じ施設が欲しいという横並び的な産業振興を展開することが多いが、ドイツでは他地域との差別化を最も重視する。
日本で地方自治体の人々に、「他地域と比較したここの産業の優位性は何か」と聞くと、判で押したように、「職人の技能によるものづくり」という答えが返ってくる。みんなと答えが同じものは、比較優位ではない。民間企業が販売する商品が、他企業のものまねだと売れないのと同様、地域の産業振興も、他地域のものまねでは、誰も注目してくれないし、企業から選ばれる地域にはならない。
②「地域イノベーション・サイクル」による地元企業の育成
「地域イノベーション・サイクル」により地元企業を育成し、「域外からマネーを稼ぎ、域内で気前よく使ってもらう」という地域経済循環を形成する。
イノベーションが常に地域から生み出され、新製品が継続的に市場に輩出され、企業の売上が伸びて成長する「地域イノベーション・サイクル」を制度設計する。
ドイツが東欧への工場移転圧力、東欧からの低価格品の流入圧力に抗するため、製品を差別化し、ドイツでしか作れない高付加価値製品にシフトしたのと同様の制度設計である。
ドイツで調査をすると、口を酸っぱくして「イノベーション」の言葉を繰り返す人が多い。ドイツ人の「イノベーション」に対するこだわりこそが、国際競争力のあるドイツ製品を作り出していると感じた。
■優秀な若者を呼び込むには「職場」が不可欠
③企画・開発・設計部門に重点を置いた企業誘致
ドイツでは、「大卒の若者に仕事を、知的な若者に定住を」を旗印に企業誘致を行っている。都会から地元の大学に来て、当地が気に入り、定住を希望する若者に職場を、また都会の大学に出て行ったが、卒業後、地元に帰りたい若者に職場を用意する。マネーを稼ぐ能力が高い若者に優先的に地元を選んでほしいという姿勢を鮮明にしている。
④海外販路開拓のための展示会への出展
地方自治体が地元企業を率いて、海外の展示会に頻繁に出展することで、海外販路開拓をする必要がある。
ドイツでは地方政府、経済振興公社または産業クラスター事務局や中核機関による、毎年10回以上の海外展示会への出展は、ルーティン業務として予算が計上され、当たり前のごとく実施されている。それはこちらから質問しなければ説明を忘れてしまうほどドイツ人にとっては当たり前の慣習になっている。
東京ビッグサイトでは、隣国(中国、韓国、台湾)を除けばドイツ企業が圧倒的な存在感がある。日本での販路開拓に対する強い意欲を感じることができる。一方、日本の中小企業が外国の展示会に出展するケースも見られるが、ほとんどが年1回程度でしかない。頻度がまるで違う。
■地域の中にお金を落とす仕組みを重視
⑤地方自治体に海外販路開拓と外資誘致を行う組織が必要
ドイツには地方政府の下に、経済振興公社という大きな実働部隊が存在する。
経済振興公社は地方政府の経済部局から予算執行および事業実施機能を分離したような存在であり、かつての日本の「事業団」に類似している。
日本の地方公社としては、土地開発公社や住宅供給公社などがあるが、経済振興公社は存在していない。ここからも日本の地方自治体が、外貨を稼ぐことに関心がないことがわかる。
⑥地域の外から利益を得る製造業の最優先での振興
地元から雇用し、地元中小企業から調達し、地域の外から獲得した所得を地元に落とし、地域内でマネーが循環する経済構造を形成したい。域外から儲けることのできる企業を優先的に扱うインセンティブ(誘因)の付け方をする必要がある。
⑦長期の方向性を見通すことができる強力なリーダーシップの育成
広い視野と遠い見通しをもった、決断力と行動力のある経営者を見出すべく、勉励する。大きな変化を伴う提案は、反対されるのが常である。だが、岩盤のような固い反対勢力にもくじけず、地域の未来のために身をささげて努力する人が必要である。それを地方自治体が積極的に見出し、側面支援していくことがぜひとも必要である。
■地方の経済力が、日独の差になっている
⑧日本の地方部で生産して輸出した方が海外投資よりも儲かるというビジネス環境の構築
日本は大都会、すなわち東京、名古屋、大阪、福岡などはプラスの経済成長を示している。特に、都心3区(中央区、千代田区、港区)だけ見れば素晴らしい経済パフォーマンスであろう。だが、日本は広大な地方部を抱えている。
プラス成長の大都会とマイナス成長の地方部を合算して、過去30年間ほとんど成長しない経済構造となっている。
一方、ドイツは地方部もプラスの成長を示している。ミュンヘンやデュッセルドルフといった大都市が経済成長するのは当たり前だが、地方部にも強い経済力をもつエリアが広がっている。また、全体的には経済状況が厳しい旧東独の中にも強い経済力をもつ地域が点在する。
一国の経済力は、全地域の経済力の合計なので、日本とドイツの差は、地方部の経済力の差であると言ってよい。これが日本とドイツの経済構造の決定的な違いである。
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岩本 晃一(いわもと・こういち)
独立行政法人 経済産業研究所 リサーチアソシエイト
通商産業省(現・経済産業省)入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官、経済産業研究所上席研究員を経て、2020年4月より現職。
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(独立行政法人 経済産業研究所 リサーチアソシエイト 岩本 晃一)