■政党のポスターがしのぎを削る壁面
筆者が広告観察の定点観測地として設定している場所の一つに、最寄り駅に向かう道すがらで頻繁に通りかかる倉庫の壁があります。
長さ10メートルは下らない広い壁面で、人通りもそれなりにある道路に面しているので、常に複数の政党のポスターが競いあうように掲出されています(衆議院議員の尾辻かな子によれば、このようなさまざまな政党のポスターが貼られている壁面は選挙関係者から「オールスター」と呼ばれます)。
なかには掲出されて時間が経過する中でかなり色褪(あ)せているものもありますが、多くの政党は新しいポスターができるたびに貼り替えを行っています。場所取りの激しさを物語るように、3メートルほどの高さに貼られているものもあり、壁面全体がコラージュ作品のようにも見えてきます(図版1)。
壁面全体を鑑賞するようにポスターがひしめきあう様子を眺め、文言を読んでみると、写真に加えて画面の色使いや文字のデザイン、キャッチコピーやスローガンを含めたレイアウトなど、道行く人の視線を惹きつけるために各党がしのぎを削っていることを見て取ることができます。
■煽り表現を多用する政党の特徴とは
たとえば日本維新の会のポスターは、縦書きの大きな「維新」の二文字で力強さを印象づけようとしているのが遠目からでもよくわかりますし、「身を切る改革、実行中。」のような威勢のいいキャッチフレーズで押し出す傾向が特徴的です。
一方で、公明党のポスターは落ち着いた配色のトーンや明朝体を主体とするフォントで、全体的に安定感を印象づけます(図版2)。
近年設立された政党のポスターは、既存政党への対抗意識から煽り表現を多用する傾向があります。たとえば国民民主党は、炎のようなオレンジ色と黄色のグラデーションの背景で、代表の玉木雄一郎の大きな身振りと挑むような表情や熱意を印象づけています。参政党は、「日本をなめるな」という威嚇するようなフレーズとイラストが目を引き、国民民主党と同様に煽情的に訴求する表現に寄っています(図版3)。
「バラマキは増税のもと」と減税を訴える幸福実現党や、食の自給率向上、ジェンダー平等、気候危機を訴える日本共産党など、文言を主体とするポスターでは、連続して貼ることで繰り返し印象づけています。
■視覚表現が示す不可視の領域
このように、「オールスター」状態で掲出されたポスターを眺めていると、各政党が打ち出す政策や重要視している社会問題、表現方法の類似点や違いが一覧するように見渡せるのと同時に、政党が有権者に対して与えている印象は、ポスターの視覚表現によって形作られているところがかなり大きいのではないか、とも思われてきます。
どのような政党や議員に関しても、それらを支持する・支持しないという選択においては、政策の内容だけではなく、その伝え方、表現の仕方に対する好みや感情的な反応に左右されます。コラージュのような壁面を眺めていると、各政党は組織力・資金力・発信力を総動員して選挙活動を展開しているのにもかかわらず、全体としてはそれぞれが何を伝えようとしているのかが今ひとつ受け取りづらいようなカオス的な状態になっています。
ポスターがさまざまな場所に掲出され、広報がなされているのにもかかわらず、投票率が低迷する状態が続き、またソーシャルメディア上で発信されるさまざまな情報や煽動によって投票行動が大きく左右されるような事案が続いています。
このような状況は、選挙活動の手法が有権者の政治に対する関心喚起、主権者意識の啓発に対して有効には機能していない、コミュニケーション不全の状態が露呈しているともいえるのかもしれませんし、停滞する政治への失望の表れといえるでしょう(*1)。
■日本と諸外国の政治を相対化するには
それにしても、どうしたらこのようなコミュニケーション不全の状態を少しでも解消することができるでしょうか。
これまでに見てきたように、日常の景色の一部として存在する選挙ポスターを観察して、その中に表されているメッセージや価値観について振り返って考察することは、現状のコミュニケーションのあり方を俯瞰して、問題点や改善すべき点を発見する糸口になるはずです。その上で、諸外国の政治の景色にも目を向けることで、日本の政治の景色を相対化できるかもしれません。
日本で報道される外国の選挙というと、アメリカ大統領選のように選挙結果が外交や世界の経済活動に多大な影響を及ぼすものに限られますし、莫大な資金を投入する選挙キャンペーンや演説、投票動向ばかりが焦点化され、人々が選挙期間に何を見てどのような経験をしているのかというところまで伝えられることはほとんどありません。
実際に渡航して諸外国の選挙を経験することは困難ですが、投票率が高い北欧諸国については、選挙のあり方や人々の政治に対する関心の高さを調査取材するレポートや記事が公開されており、それらを関心の糸口にすることができます。
たとえば、投票率が80%を下ることはないというデンマークの選挙について、選挙期間中は街中の目立つさまざまな場所に掲出されたポスターが立候補者と市民とのコミュニケーションツールになっている様子や、プラスチック材料で作られたポスターの環境負荷についてもレポートされています(*2)。
■「(国名)election poster」で画像検索してみたら
「あの国の選挙の景色ってどんな感じなんだろう?」という好奇心から、「(国名)election poster」とさまざまな国名をキーワードに画像検索をしてみました。
英語による検索で手に入れられる情報は限定的であり、通信社や報道機関によるバイアスも含まれますが、それでも日本国内で目にしている政治の景色や、有権者と政治家との距離感、政治への関心の度合いを相対化して捉えるステップの一つにはなり得るでしょう。
思いつくままに筆者が検索した結果として興味を引いたものをいくつか挙げてみます。フランスでは、2022年に実施された大統領選でエマニュエル・マクロン大統領が急進右派・国民連合のマリーヌ・ル・ペン候補を下し、再選されました。報道で使われた写真を見ると、金属製の枠付きのパネルの掲示板に立候補者のポスターが貼られていて、ル・ペンの顔に落書きがされていたり、表面を破り取られた痕跡が捉えられています。日本のポスターではこれほどの破損が見られることはあまりありません(図版4)。
これらは、有権者の政治家に対する意思表示や感情的な反応を明快な形で伝えるものです。有権者はポスターをただ受動的に見ているのではなく、政治や政治家に対して具体的に意思表示をすることが当然視されている社会であるからこそあらわれる反応であり、歩行者が間近に見る距離でパネルが設置されていることがうかがわれます。
■ドイツとインドの選挙ポスターからわかること
ドイツの選挙では、ポスターに加えてビルボードが設置されていて、その大きさが印象づけられます。2013年、第3次メルケル内閣発足にいたった連邦議会選挙の際には、社会民主党のペア・シュタインブリュックとキリスト教民主同盟のアンゲラ・メルケル首相のビルボードが並ぶ写真が数多く撮影されており、ドイツ史上初の女性首相の存在感がスーツの鮮やかな色とともに強く前面に打ち出されています(図版5)。
ポスターやビルボードとは異なるバナーの形式で目を引いたのが、インド南部の都市ベンガルールに掲出されたジャナタ・ダル(世俗派)の政党ポスターです。横長の大判のバナーとして構成されており、いずれもヒゲをたくわえた男性たちの顔がコラージュされて並んでいます。党内での序列やリーダーシップが顔の大きさに反映され、政党としての集合、団結力を表現することが重要視されていることがうかがわれます。
インドでは地方政治に女性クオータ制が導入されて女性の議員が増加していますが、このポスターからは男性主導の政治体制が強固に保持されているような印象を受けます(図版6)(*3)。
■フィンランド大統領選のポスターが示すもの
もう一つ対照的な例としては、フィンランドの2018年の大統領選のポスターがあります。候補者の一人、トゥーラ・ハータイネンは真っ赤なスーツをまとい、大ぶりなアクセサリーに赤いネイル、正面を向いて腰に手を当てるポーズでほかの候補者のポスターが並ぶ中でもひときわ強い存在感を放っています(図版7)。
腕組みをしたり腰に手を当てて力強さを表現するポーズは「偉そうで威圧的に見える態度」として、日本の女性の政治家では敬遠される傾向があります。
このようなポスターの表現が採用され、有権者に受け入れられ、支持されているということ自体が、主張する強い女性を肯定する社会のジェンダー観を反映しているように見えます。
■公共空間のジェンダー表象が映し出すもの
これらの事例は、検索結果として探し当てた恣意(しい)的・限定的な事例であり、そもそも選挙ポスターはジェンダー表象のごく一部であり、その国・地域のジェンダー観を十全に映し出しているとはいえないのかもしれません。
しかし、公共空間のジェンダー表象は、その社会で受容されているジェンダー観を如実に反映するのも事実です。
街角で立ち止まって、見慣れた景色の一部である選挙ポスターを観察したり、またそこから他の国の政治状況に想像をめぐらせて、調べたりしてみること。そういった小さな気づきと探究の先に、「おじさんの詰め合わせ」状態から脱却した、未来の政治の景色を思い描く手がかりが得られるのではないでしょうか。
*1 「国政選挙の年代別投票率の推移について」総務省
*2 鐙麻樹「デンマーク選挙の不思議なポスター場所取り合戦」朝日新聞GLOBE+、2019年7月3日
*3 2023年9月には、インド議会で下院と州議会の議席の3分の1を女性に割り当てる法案が可決されました。
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小林 美香(こばやし・みか)
写真・ジェンダー表象研究者
国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。2007~2008年にアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年から19年まで東京国立近代美術館客員研究員を務める。
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(写真・ジェンダー表象研究者 小林 美香)