警視庁には「大使館リエゾン(連絡係)」という仕事がある。その実態とはどのようなものか。
元警視庁公安部外事課で、「リエゾン」としての勤務経験がある勝丸円覚さんは「外交官が犯罪に巻き込まれた場合、現場の警察官との間には、捜査権といわゆる『外交特権』の摩擦があることに加え、語学力の壁がある。そこで双方の論理を知るリエゾンの出番となる」という――。
※本稿は、勝丸円覚『日本で唯一犯罪が許される場所』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■東京に点在する小さな「外国」たち
港区に集中する大使館。その一つ一つが警察の捜査権が及ばない外交特権を持ち、それぞれの国の事情や特色で動いている。国によってはカウンターインテリジェンス(防諜)を意識した人員を揃えており、いわば、東京都内に点在する「外国」と言ってもいい。
なぜ、警視庁が大使館リエゾンという連絡係を設けているのかが、ここから見えてくる。なぜ外務省のみではなく、警察が大使館との接点を持つ必要があるのか。
第1に、これまで見てきたような「外交特権を悪用した犯罪」の存在がある。前回の記事でも触れたが、外務省は儀典官室が各国の外交官に対して理由を明かさずに「ペルソナ・ノン・グラータ」を告知できる力を持ってはいるが、犯罪捜査を行うことはできない。一方、警察は犯罪捜査はできるものの、大使館や公邸内には立ち入れず、外交官の身柄を拘束することもできない。互いに強みと弱みを持っている中で、大使館リエゾンはその間を補うような任を担っている。

■警視庁外事課「リエゾン」の仕事とは
大使館に対し、防災・防犯のブリーフィングを行うのもリエゾンの仕事の一つだが、これは何が犯罪になるか、犯罪者はどのようなところを狙ってくるかという警察ならではの視点があってこそ可能となるものだ。外務省は日本の法令について一定程度、説明をすることは可能だが、国内の防災・防犯事例に詳しいわけではない。そこで警察の出番となる。
また、外交官がかかわる犯罪の場合、インターポールが登場するような国際犯罪につながる可能性もある。あるいは、各国大使館に詰めている、アメリカで言えばCIAやFBIのような情報機関や法執行機関との連携が必要な場合、窓口になるのは国の警察庁だが、大使館が所在するのは東京であることから、現場の対応は警視庁、それも外事課のリエゾンが担当することになる。連携する警察側にしても、外交特権を理解しているとは言い難い交通部や生活安全部、刑事部の捜査官が来たところで、捜査にしても連絡にしても効率が悪いのだ。
■警察官の「捜査権」vs.外交官の「外交特権」
第2に、第1と関連して、外交官が思いがけず犯罪に巻き込まれた場合、現場の警察官との間で外交特権をめぐってもめることがあるためだ。現場の警察官と外交官の間には、捜査権と外交特権の摩擦があることに加え、語学力の壁がある。日本語を話せる外交官、英語のできる警察官もいないわけではないが、双方が現場でうまくマッチングするとは限らない。
そこでリエゾンの出番となる。リエゾンとして日ごろから大使館と顔つなぎができており、警察の論理と外交特権の両方について理解している立場の人間がいることで、しかも語学力があることによって、間に入りトラブルを外交問題に発展させる前に収めることができる。
どの国でも、外交官や大使はその国の顔である。
警察の論理だけで、相手のメンツをつぶすようなことがあれば、国家間の問題に発展しかねない。ともすれば日本の国益を損なうことにもなりかねないことから、双方の論理を知り、間に立てるリエゾンが必要となる。つまり、リエゾンを効果的に使うことで、相手の顔も立て、日本の国益を守ることもできるのだ。
■所轄から派遣されたのは「マル暴の刑事」
例えばこんな事件があった。南麻布にある欧州の伝統国N国大使館の近くには、大使公邸も存在する。高い塀と樹に阻まれているにもかかわらず、ある時、女性が壁と樹を登って公邸に侵入したことがあった。それをN国から来ている警備対策担当の警察出身の職員と、警備を担当している日本の警備会社が発見し、敷地内で確保。警察に通報した。
敷地内に侵入した女性は麻布警察署に連行されたが、後に精神的に不安定で、うっかり敷地内に立ち入ったものであり、侵入には政治的意図がないことが分かった。だが、現場では何らかの意図を持った侵入である可能性を踏まえ、事情聴収しなければならない。調書や報告書の作成などを担当する所轄の麻布警察署から捜査官が訪れたが、ここでトラブルが発生した。日ごろ、大使館や外交官と連絡を取っている外事係を挟めばよかったものを、悪いことに麻布警察署が外交官には不慣れな組織犯罪対策課の刑事を派遣してしまったのである。

■「この人たちは本当に警察官なのか」
組織犯罪対策課といえば、暴力団員による犯罪も担当する部署で、警察の中でも暴力団員顔負けのコワモテが集まる。
N国大使館側も、N国警察出身者も日本の警備会社も、女性の意図がわからないうえ、警備を突破されたことでピリピリしていた。そんなところへ、普段は暴力団と対峙している組織犯罪対策課の刑事がやってきて、威圧的な外周観察を開始したのである。
大使館に対する遠慮も、外交特権への配慮などもあったものではない。その横柄な態度に大使館側も驚いて「この人たちは本当に警察官なのか」と不安になったのだろう、警察手帳を見せてくれないかと刑事らに要求したところ、刑事側も態度が硬化。「お前に指図される筋合いはねぇ」と言わんばかりにごねたために、話が大きくなってしまったのだ。これに対し、N国側も「大使館に対して、日本警察のこの態度は何だ」と激怒したのである。
あわや、N国大使から日本外務省への抗議に発展しかねなかったところ、リエゾンである筆者が間に入り、麻布警察署長からの謝罪を考えていると大使館側に説明し、何とか事なきを得たことがある。
■逃げる外交官を動かした一本の電話
筆者はリエゾンとして、外務省の儀典官室の担当者とタッグを組んでいた。前回の記事で、各国外交官に対抗できる切り札として「MOFA」「プロトコール」という言葉をご紹介したが、それでも言うことを聞かないような外交官に対しては、筆者から儀典官室に電話を入れ、儀典官室から大使館に、先ほどの行為は日本では法令違反である旨の電話を一本入れてもらうと、てきめんの効果があった。
ある時、ロシア大使館の外交官が物損事故を起こした。しかし外交官は外交特権を盾に事情聴取にも応じないまま立ち去った。
そのことを掴んだ筆者は大使館に連絡を入れたものの、大使館側はどこ吹く風。そこで儀典官室に連絡を入れ、儀典官室からV国大使館に連絡を入れてもらったところ、すぐに大使館から筆者に連絡が入った。筆者は知らないふりで応じていたが、「先ほどの事故の件だが、事情聴取に応じることにした」と言い出したのである。
物損事故のみならず駐車違反一つとっても、現場対応のみで終わらせるのと、儀典官室からの電話が入るのとでは結果はまるで違ってくる。
日本側、つまり警察と外務省の連携が取れていれば、いかに外交特権と言っても相手のやりたい放題にはできないのである。こうした連携を強化するためにも、双方の事情を踏まえたリエゾンという立場は重要と言えるだろう。

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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)

元公安警察

1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野での経験を積んだ。数年前に退職し、現在は国内外でセキュリティコンサルタントとして活動している。TBS系日曜劇場「VIVANT」では公安監修を務めている。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)がある。

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(元公安警察 勝丸 円覚)
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