事業縮小の挫折経験をきっかけに独立起業の道を選ぶことになったmitorizファウンダーの木名瀬博さんは「『働きたい』と願うすべての人に機会を提供したい。起業を決意したときも、いまも、私の関心はこの1点にある」という――。
(第3回/全3回)
※本稿は、木名瀬博『「当たり前」を極める人だけがビジネスチャンスをつかむ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■mitoriz創業へとつながる「痛恨の出来事」
働く女性たちの価値が過小評価されていることに誰も目を向けようとしないなら、自分がそれを証明してみせようじゃないか。それがmitoriz創業の理由です。
始まりは、アサヒビールの子会社として設立されたスマイルサポート(2003年1月より営業を開始。現アサヒフィールドマーケティング)というラウンダー業務専門の会社でした。
立ち上げの責任者を命じられ私は、アサヒビールからスマイルサポートに出向することとなり、取締役に就任します。
しかし、酒類の販売の実質自由化によって酒販店中心から量販店中心の体制に移行すると、状況が一変します。人員の最適化が求められた結果、およそ200人のスタッフさんが会社を去っていきました。
■人員最適化という名のリストラで、独立を決意
彼女たちは、私のことを恨んだはずです。
恨まれても仕方ありません。働く意欲がある女性にその機会を提供したいと思って始めた事業なのに、それに反したことをやっているのです。
本社からはさらに人数を減らすよう矢の催促をされましたが、これ以上の人員最適化はどうしても受け入れたくないと思いました。
悩んだ挙げ句、私は独立を決意します。
悪戦苦闘しながらいくつも壁を乗り越えてきたスマイルサポートの1年で、働きたい女性が生き生きと働ける社会をつくるのが私の夢だ、ということがはっきりしたからです。
将来を棒に振ってもいいのかとも言われましたが、たとえこの先アサヒビールという大企業で出世がかなったとしても、自分の思いを果たさなかったら今際の際に絶対後悔するでしょう。そんな人生はまっぴらです。
■たった一人の船出
当初私は、新会社をアサヒフィールドマーケティングで人員整理の対象となった女性たちの受け皿にするつもりでした。
2004年7月、東京・八丁堀にあるソフトブレーンのフロアを間借りして、新会社ソフトブレーン・フィールドはスタートしました。文字どおりたった一人の船出です。
創業時に決まっていたのは、企業にラウンダー事業サービスを提供するビジネスを行い、それを1件いくらという出来高で販売するということぐらい。
結局、ラウンダー事業が軌道に乗るまでには5年という月日を要することになります。
■アウトソースを引き受ける労働者のネットワーク
働きたい女性が働ける環境をつくることが当初の目的でしたが、ラウンダー事業が軌道にのり、2013年から事業化を進めてきたPOB事業(第2回「泥臭い小売り営業で起業し20年で売上50億円の男が「確実に成功するにはこれしかない」というビジネスの鉄則」参照)の拡大によって、「働きたい人が働ける環境づくり」へと目標が少しずつ変わってきています。
mitorizのキャストはほとんどが家事に従事する女性ですが、レシート会員の男女比は4対6。4割が男性です。
レシートを集めて写真に撮って投稿するというのは誰にでもできる簡単な仕事ですから、女性に限定する必要はありません。
私が思い描くのは、「100万人の働きたい人の集団」です。性別や年齢にこだわりはいっさいありません。レシートを集めるだけなら拘束時間もないわけですから、会社員でもできます。小銭が稼げるのならやってみようという高齢者だっているでしょう。そういう人も大歓迎です。
この先、少子化で労働人口が減れば、企業が働く人を確保するのはますます難しくなります。つまり、労働者一人当たりの価値が上がるということです。また、労働者を社員として抱えるとなると、その分コストが発生するので、アウトソースの領域が広がっていくことが予想されます。
それでは、そこにアウトソースを引き受けてくれる、労働者のネットワークが用意されていたとしたらどうでしょうか。私の狙いはそこです。
■100万人のmitoriz会員で2兆円市場に挑む
100万人というボリュームがあれば、企業が「こんな仕事をアウトソースしたい」と人材を募ったときに、「それならできる、やらせてほしい」と手を挙げる人を見つけ出すのは決して難しくないでしょう。

少なくとも採用媒体などに費用を払って労働市場にアプローチするより、よっぽど安くあがるのはたしかです。
たとえば日本企業の多くはこれまで、自社の社員が行うことを前提に営業職を採用してきました。
しかし、自前の社員と同様の仕事ができて、費用対効果がいいとなれば、「外注でいい」という柔軟な発想をする経営者が今後増えてくるのは、火を見るより明らかだといえます。
それで営業職の10%がアウトソーシングとなれば、新たに2兆円市場ができあがるという試算もあるのです。
■「働きたい」と願うすべての人に機会を提供したい
mitoriz会員には諸事情で早期退職した人や、定年退職はしたけれどまだ働く意欲のある人たちが多数登録しています。
彼らをいきなり現場に出してもクライアントの要求に応えられるかといったら、それは難しいかもしれません。ですが、当社のノウハウで仕立て直せば、戦力化は十分可能です。
仕立て直すといっても、一人ひとり教育するという意味ではありません。再教育で現役でない中高年を戦力化するのは、不可能とはいいませんが非効率で現実的ではないと私は思います。
しかし当社には、ラウンダー事業で蓄積したノウハウがあります。マニュアルを遂行できる能力がある人なら、確実に即戦力になります。
アウトプットの要求が高くなれば、やるべきことのグレードも上がるので、マニュアルがあってもついてこられない人は当然出てきますが、それはそれでかまいません。
そういう人には、その人の持っているスキルや能力でこなせる仕事を紹介すればいい。
これもラウンダー事業のやり方と一緒です。
■社会課題の解決につながる仕事
働きたい女性が生き生きと働ける社会をつくりたい――。
アサヒビールを飛び出し、会社を立ち上げるにいたった私の“原点”はここにあります。この点は、いまなおいささかもブレていません。
家事や育児の制約があるからと、意欲も能力もある女性が働くのをあきらめざるをえないのは理不尽だし、社会にとっても大きな損失です。時間に縛られず、生活者や消費者としての視点を生かせるラウンダーの仕事は、そんな女性たちに打ってつけです。
この20年取り組みを進める中で、働きたいけれど働けないのは、なにも女性に限ったことではない、ということがだんだんとわかってきました。
たとえば、激務には耐えられないけれど単純作業や短時間で終わる仕事ならやりたいという高齢者は少なくないでしょう。そういう人たちにもできる仕事というのは、探せばいくらでもあるのです。
私は、そんな高齢者たちに、社会課題の解決につながるような仕事を提供していきたいと考えています。
■mitorizが目指す「現代版御用聞き」
例を挙げるなら、買い物弱者のサポートはどうでしょう。

一人暮らしで足腰も弱っていて、食料や生活必需品をそろえるのに苦労している人のところに行って、何か足りないものはないか聞き、代わりに買ってきてあげる。いってみれば「現代版御用聞き」です。
高齢者にとっては買い物代行になるだけでなく、依頼者に格好の話し相手にもなってもらえるので一石二鳥です。
また、定期的に顔を出すことで、安否確認もできます。いまは行政やボランティア頼みになっていることが、ビジネスで解決できるのです。
働きたい人に仕事を提供することと並んで、社会課題の解決にも、これからさらに力を入れていこうと考えています。
■「ラストワンマイル」に無限の可能性
eコマースの成長にトラックドライバー不足や排気ガスによる大気汚染など、物流を取り巻く環境の改善にも、当社が一役買えるのではないかと考えています。
具体的にいうと、当社のキャストが配送のラストワンマイルを引き受けるのです。ラストワンマイルとは、1マイルという意味ではなく、「お客様へ商品を届ける物流の最後の区間」のことです。
キャストはたいてい自分の車で仕事先の店舗に向かいます。その際トランクや座席は空ですから、そこに宅配業者から預かった荷物を積んで店舗の近くの家に届けるのです。
私たちの暮らす社会は決して完璧ではありません。
よく目を凝らすといたるところに歪みやひび割れが見つかります。それを直すのが政治や行政の仕事だという意見もありますが、私はそうは思いません。
なんとかしてくれとすべてを人任せにするのではなく、みんなが我が事として取り組まない限り、歪みやひび割れは拡大するばかりではないでしょうか。
■社会課題の解決につながる仕事を提供する
私は起業家ですが、何をやればどれだけ儲けられるかといった話にはあまり興味がありません。どんなサービスがあればもっとこの世の中がよくなるのか。私の関心はこの1点にあります。そして、これを追求していくことが、究極的にビジネスの成功にもつながるのだと思っています。
昨日より今日、今日より明日がよくなることを望まない人はいません。つまり、人々がこうなってほしいと願うことは、高きところの水が低き場所に流れ落ちるように、必ず現実のものとなるのです。
もし、働きたい人が働きたいように働ける新たな仕組みを考え出した人が現れたなら、それはこの社会にとって喜ばしいことですから、応援に回るのも辞さないというのが正直なところです。
人々がこうなってほしいと思うことを発見してビジネスにしていくという考え方は、これからも変わらないでしょう。どんどん日本を住みよい国にして、その成功事例を世界に輸出するというのが、これから私が目指すところです。
「働きたい女性が生き生きと働ける社会をつくる」というのがmitoriz創業の所期の目標でした。それがいつしか、「社会課題の解決につながる仕事を提供する」という別の目標へとつながっていきました。
求める人がいる限り、自分たちにそれに応える自信がある限り、事業のアイデアが尽きることはありません。

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木名瀬 博(きなせ・ひろし)

mitorizファウンダー

1988年、立教大学法学部卒業。同年、アサヒビール入社。2002年、アサヒビール100%出資にて店頭営業支援会社スマイルサポート(現アサヒフィールドマーケティング)の設立に関わり、企画部長に就任。1500人のパート契約スタッフをアサヒビールから受け入れ、PDAを活用したSFAの成功事例として注目を浴びる。2004年、アサヒビール社内独立支援制度に応募し、合格第1号事業として独立。2004年、ソフトブレーン・フィールド(現mitoriz)を創業し、社長に就任。2025年、会長に就任、現在に至る。

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(mitorizファウンダー 木名瀬 博)
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