肩が上がらないのは中高年だけの問題ではない。慢性痛の専門医・北原雅樹さんは「最近、20代女性の間で、電車のつり革が掴めない、服を着られないといった不自由を訴える“二十肩”が増えている。
受診する女性たちには共通点がある」という。医療ジャーナリストの木原洋美さんが取材した――。
■片腕だけかと思ったら、両腕が上げられない
「先生、私、左腕が上げられないんです。コロナワクチンの後遺症だと思います。3回目の接種をしてから、半年以上もダメなんです。なんとかしてください」
その日、慢性痛の名医として知られる北原雅樹氏(横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科)のもとを訪れた女性は20代前半、いまどきの若い女性にありがちな、だいぶスリムな体形をしていた。
コロナワクチンの接種を受けた後、注射された腕が上がらなくなったという患者は時々やって来るが、はたしてこの女性もそうなのか。北原氏は女性が必要以上に痩せていること、特に半袖からのぞく二の腕にまったく筋肉がついていないことに注目した。上がらないと言っている左腕だけではなく、両腕が痩せ細っていた。ちなみに紹介状を書いてくれた病院での画像検査や血液検査では、体の動きが不自由になるような異常はまったく見つかっていない。炎症や腫れもない。
「腕が上げられないんですね。
ちょっと今、上げてみてもらえますか」(北原)
「はい、こんな感じです。肩から上に行かないんです。肩に痛みと言うか違和感があります」(女性)
「いやいや、左腕だけでなく、両腕を上げてみてください。右腕は上げられるんですよね。比較してみましょう」(北原)
「はい、こうですね」(女性)
「……。おかしいですね、右腕も上がっていませんよ。こちらもワクチン接種後からですか。いつから上がらなくなったか覚えていますか」(北原)
「え、あら、本当ですね。気づきませんでした。私、両腕が上がらないんですね。どうしてでしょう」(女性)
■「中高時代は器械体操部だったんですよ」
「あなただけじゃありません。同じような患者さんはよく見えますよ。
一番の原因は運動不足です。腕を上にあげる動作をぜんぜんしていないんじゃないですか。可動域が狭くなっていることに加え、腕を上げる筋肉が痩せ細って、役に立たなくなってしまっているんです」(北原)
「えっ、そうなんですか。私、中高時代は器械体操部だったんですよ。鉄棒につかまって、大車輪だってできました」(女性)
「すごいですね。でも今は見る影もない。どうしますか。治療には、腕を上げる運動をして可動域を広げ、筋力をつけることが有効です。リハビリに通院しますか」(北原)
「いいえ。器械体操部でしたから、鍛え方は知っています。体を傷めないよう様子を見ながら、自分で運動してみます。てっきりワクチン後遺症だと思って不安だったんですけど、ただの運動不足だとわかってホッとしました」(女性)
「運動不足だけじゃなく、痩せ過ぎも原因ですよ。
ちゃんと食べて、筋肉をつけてください。そして、ご自分では改善できないと思ったら、どうぞまた来てくださいね」(北原)
「はい、ありがとうございました!」(女性)
■若いのに腕があげられない、名付けて「二十肩」
近年、北原氏の外来には、肩(腕)を動かすのが痛いと訴えて受診する患者が増えている。
「『電車の吊革を掴めない』と言うんです。実は通勤・通学時に吊革につかまっているのは結構いい肩の運動になるんですが、それすらもできないと。中には『吊革は汚い』と考えて、あえて使わない人もいるようです。被服の着脱にも不自由しているようですが。そもそも日常的に肩や腕を動かす機会がないんですね。年齢は20代から30代。最近は10代後半もいます。性別は女性。複数のクリニックや病院へ行ったけど原因がわからず、不安を感じている。私は“二十肩”と名付けました。
四十肩や五十肩とは症状も対処法も違います」(北原氏:以下同)
いわゆる五十肩の正式な病名は「肩関節周囲炎」。40代後半から60代にかけて多く見られる肩の疾患で、肩を動かす際に鋭く痛む、動かしにくいといった症状から始まって、「肩の痛みで夜中に目が覚める」「髪を結ぶ動作や背中に手を回すのができない」など、日常生活に大きな支障をきたす。
肩関節を構成する筋肉や腱(特に腱板)・関節包・滑液包などの組織に炎症が起こることで発症する疾患ということになっている。ただ、転倒や打撲等による「明らかなケガがないのに肩が痛くなる」という特徴があり、原因不明なまま「五十肩」と診断されて、難治化・慢性化させている人も少なからずいる。
整形外科で五十肩や四十肩と診断され、治療を受けても長期間改善が見られなかった場合には、北原氏のようなペインクリニックでセカンドオピニオンを受けてみるようお勧めする。
一方「二十肩」の場合は炎症がなく、鋭い痛みも生じない。若く、特別な疾患も異常もないのに、なぜか腕が上がらなくなり、医療機関をめぐりめぐってやっと北原氏の元へたどり着く。
■公園の遊具は高齢者優先、子どもたちに自由はない
「原因は、運動不足と栄養不足です。なぁんだと思うかもしれませんが、私は現代社会が抱える深刻な問題だと認識しています。このまま放置すれば、若くして腕を上げられない、二十肩患者が増えますよ」
北原氏が危惧するのは、子どもたちを運動から遠ざける現代社会のあり方だ。
「昨今、公園や学校からは、高鉄棒やジャングルジム、雲梯(うんてい)、登り棒などの遊具や運動器具がどんどん撤去されています。気づきませんか、全部、腕を上げる運動器具です。
今の若い人たちは、幼い頃から既に、腕を上にあげる機会を奪われてしまっているんです。撤去の理由は、過去に子どもが大けがをする事故があったとか、衛生的な管理の難しさなどですが、夏の高温で火傷をする危険性があるといった事情もあるようです。でも、自由に運動する機会を奪うのはどうかと思いますね」
確かに。筆者は驚いて近所の公園に足を運んでみた。すると、昔あった鉄棒もジャングルジムもなくなっており、代わりに設置されていたのは、プラスチック素材の幼児用の遊具か、背中を大きく伸ばしたり体を左右に捻ったりできる「健康器具」だった。自由なボール遊びは禁止で、小中学生は指導者の下スポーツに興じるか、日陰に固まってゲーム機で遊んでいる。公園の主役は今や高齢者で、身体を動かして夢中で遊ぶ子どもたちは、もはや絶滅危惧種かもしれない。
■「スペ120」を目指す女性たち
栄養不足も深刻だ。
「当科を慢性の痛みで受診する若い(10代後半~30代前半くらい)女性たちの多くが、体重に問題を抱えています。過体重(BMI≧25)の人はもちろん腰下肢痛を中心とした痛みに悩まされること多いのですが、実はこの方たちの方が対処しやすく、痛みも良くなることが多いのです。
問題は、一見体重は普通に見える(あるいはむしろ痩せているように見える)のに、事実上『メタボ』になっている“痩せメタボ”の女性たちです」
「痩せ願望が強く、極端なダイエットによる全身的な筋力低下のために、身体のあちらこちらに歪みが生じて、頭痛、頚部痛、肩こり、腰痛、腹痛、臀部痛、下肢痛などの様々な慢性の痛み(原因が良く解らない痛み)が出てくるのです」
そういえば、一部のSNSやダイエット関連のサイトで話題になっている「スペ120」という言葉をご存知だろうか。これは、身長(cm)から体重(kg)を引いた数値が120になる状態を指す用語で、たとえば、身長160cmで体重40kgの場合、160-40=120で、「スペ120」に該当となる。

体重は同じでも、筋肉量や骨格によってもスタイルは異なるのだが、若い女性たちの間では、「スタイルが良く見える」「モデル体型の基準」ということで、憧れの気持ちと結びつき、単純に体重目標値となっているらしいのだ。
■「モデル体型」のために健康を犠牲にしていいのか
もっとも、モデル体型をめざす痩せ願望は以前からあり、1960年代には小枝のように痩せ細ったツイッギーというモデルが一世を風靡したこともあった。その後も女性たちの痩せ信仰は続き、ヨーロッパでは摂食障害が社会問題になった。
中でもフランスでは、摂食障害に悩む若い女性は60万人、うち4万人が拒食症患者で、交通事故に次いで15~24歳の死因にあがっているとの報道がなされ、2017年には痩せ過ぎモデルを規制する法令が施行された。医師の診断書とともにBMIが低すぎず、健康であることが証明されたモデル以外を起用することが禁止されたのである。
北原氏によると、痩せ過ぎの女性たちは筋力がないため「立ったり座ったりしている時の姿勢が悪い」「歩く姿もあまりきれいではない(がに股だったり、靴を引きずるように歩いたり)」「腹筋が一回もできない」「ひどくなると、咳やくしゃみで尿漏れを起こす」等の症状があるという。
「とにかく、日本の(特に若い)女性の痩せ願望は異常です。ある調査によると20~29歳女性の平均摂取エネルギーはおよそ1500kcalで、これは戦後の混乱期の平均値である約1950~2000kcalよりも低いんです。
プロのアスリートだとか、よほどの例外的な状況でない限り、BMI=18.5以下は『痩せ』であり、BMI=17以下は病的な『痩せ』の状態です。痩せではなく、健康を目指してほしい」
事実、モデルや女優でも昨今は、単に痩せているだけでなく、腹筋が割れた筋肉質の女性が増えている。美を追求するのは決して悪いことではないが、判断基準に、「健康的であること」も入る時代が、そろそろ到来してもよいのではないだろうか。「痩せ過ぎ」で「二十肩」なんて、正直かっこ悪いよね。

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木原 洋美(きはら・ひろみ)

医療ジャーナリスト/コピーライター

コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。

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(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)
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