吉本興業が、お笑いコンビ「ダウンタウン」によるコンテンツ配信サービス「ダウンタウンチャンネル(仮称)」を2025年11月から開始する。芸能活動を休止している松本人志さんの“復帰”の場になるのではないかと、注目が集まっている。
SNS上では、ファンを中心に「見たい人だけ見ればいい」といった声が相次いでいる。しかし、ネットメディア編集者の視点から見ると、とても区分けすれば一件落着とは思えない。新サービス開設によって、ファンとそれ以外の温度差が際立つように思えるのだ。
■月額料金やコンテンツ内容は未発表
「ダウンタウンチャンネル」については2024年の年末、活動休止中の松本さんが、芸能記者のインタビューに応じたネットメディア記事において、その構想を語ったことで表面化した。
松本さんは当時、2025年春ごろの開始に向けて意気込んでいたが、4月下旬になってスポーツ紙などが、今夏スタート予定だと伝えた。報道には、開設の方針について「吉本興業が認めた」とするものもあった。
そして吉本興業は8月20日、サービスを11月1日に開始すると正式に発表した。「本サービスに向けて、サブスクリプションに対応した独自の配信プラットフォームを新たに構築しました。ユーザーが参加できる機能も取り入れており、スマートフォン、パソコン、テレビで視聴できます」などとアナウンス。なお正式名称や料金、コンテンツ内容などは改めて発表するという。
これに先だって、吉本興業は8月18日、コンテンツの海外展開を目指すためのファンドを組成したと発表。国内外から数十億円規模の資金調達を行い、所属タレントがプロデュース・出演するコンテンツを制作するとしている。
■復帰待望も、「説明不足」との批判は根強い
ご存じのように、松本さんは女性への性加害を報じた週刊誌への対応を理由に、2024年1月から活動を休止している。一時Xでの投稿はあったが、表舞台に出てきた場面は、先に紹介した芸能記者インタビュー以外ほとんどない。
新たな配信サービスにおいて、当初から松本さんが復帰するかどうかは、現時点で明らかにされていない。ただ、浜田雅功さんの“ピン”であれば、コンビ名を冠する新たな場を設けることは、あまり考えられないだろう。
松本さんのファンからは、「約2年のブランクを経て、ようやく復帰する」と期待の声が相次いでいる。一方で、松本さんの復帰を快く思わないアンチなどからは「説明不足なのではないか」といった反応が多く、風当たりが強い。
私はネットメディア編集者として、これまでSNSの風評について、あらゆる事例を見てきた。そんな「炎上ウォッチャー」としての視点から、ダウンタウンチャンネルの成否を見ていきたい。
■「イヤなら見るな」は新チャンネルで通用するのか
ネット上では、よく「イヤなら見るな」という言説がある。これは「嫌な思いをするものを、わざわざ見る必要はない」といったニュアンスで、批判やバッシングが起きた際に、擁護の文脈で用いられることが多い。
とは言っても、ダウンタウンほどの人気者であれば、テレビやCMで見ない日はほとんどない。視聴者に選択肢が少なく、意図せずとも受動的に触れてしまう。
ところが、会員制のコンテンツとなれば、話は変わってくる。「見たい人だけが見る環境」を構築することで、ある種のゾーニングが行われ、「見たくなくても目に入ってしまう人」は少なくなるだろう。この点、冒頭に紹介したファンたちの反応は正しい。
ネットメディア業界では、「ペイウォール」と呼ばれる収益化の手段がある。直訳すると「支払いの壁」となるが、その名の通り、購入しないと内容が読めないコンテンツを出すことだ。
よくネットサーフィン中に「ここから先は有料課金」といった案内を見ることがあるはずだ。芸能人のファンクラブも、このような仕組みをとっている場合が多い。ダウンタウンチャンネルもまた、それに準じたシステムになるのだろう。
■「壁の中の活動」を漏らすメディアは必ず現れる
しかしながら、たとえ「壁の内側」で完結させようとしても、そう簡単にはいかないように思える。ただでさえ、ダウンタウンは日本を代表する芸能人だ。加えて、松本さんは、一連の係争について、自らの口で発信する機会が極めて少なかった。
その一挙手一投足が注目されている以上、どれだけ“壁”を強化しても、各種メディアによって、その外へとコンテンツが引きずり出されてしまうのは想像に難くない。先ほどのファンクラブの例でも、グループの解散発表など、会員向けの文章でも「速報」として各社に報じられてきた。
どれだけゴシップ的な記事であろうとも、「公益に資する情報だ」といった名目のもと、著作権法上の引用要件を満たしていれば、“報道の論理”が通ってしまう。その余波による、ファンとそれ以外の人たちの温度差は、想像以上に大きいのではないかと、私は危惧している。
各種記事経由で情報に触れた人々が、必ず原典に当たるわけではない。課金制ならなおさらだ。その結果、前後の文脈が伝わらない事態が発生する。
■ファンとアンチの攻防はむしろ激化する
ネットメディアは、良くも悪くもPV(ページビュー)で収益が決まる。その要因として大きいのが、どれだけインパクトのある記事タイトルかだ。「見出しが立つ」とも言われるが、引きの強いキーワードを打ち出すことが、媒体そのものの生命線になる。
そうした業界構造と「有名人による課金制コンテンツ」は、極めて相性が悪い。読者が出典元に当たりにくいのをいいことに、むしろインパクトの強いところだけ抽出・濃縮した“エキス”として伝えるメディアが出てきてもおかしくない。
今後生まれるであろう、チャンネル登録者と出演者の“お約束”が、ひとり歩きしてしまう可能性もある。“壁”の内側では「信頼関係のあるイジり」として認識されているものが、外側で曲解された結果、「縦社会によるイジメ」と受け止められてしまうかもしれない。
結果として「ファンとアンチの攻防」は、あまり従来と変わらないどころか、むしろ激化する可能性すらある。そのように考えると、ひとたび形成された風評を「壁の中」から打ち壊すことは難しく、どこかで「壁の外」へのアプローチも必要になってくるだろう。
■テレビへの本格復帰は遠のくのではないか
つまり、遅かれ早かれ、会員以外に対しても訴求していかなければならなくなる。それがテレビなのか、雑誌なのか、はたまたラジオなのか。媒体側の姿勢にもよるが、いずれにせよ「誰しもが簡単にアクセスできる場」での表現活動が実現しない限り、バッシングがやむことはないと予想できる。
そして、その舵取りを誤ると、むしろいま以上に没落してしまう可能性もある。SNSの反応を見ると、有料配信を足がかりに、テレビ復帰を期待するファンも多い。しかし、ここまで説明してきた通り、順風満帆に進むとは思えない。
他方で、新サービスそのものには注目している。日本を代表する“大御所芸能人”が、YouTubeなどの他社サービスではなく、自前のプラットフォームで収益化を目指す。
これまでのファンクラブは、テレビ出演や音楽ライブを支える「サブ」的な位置づけだったが、当面ここのみの活動となれば、その存在価値は唯一無二なものになる。だからこそ反対に、ダウンタウンチャンネル開始で、松本さんの“本格復帰”は遠ざかるようにも思えるのだ。
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城戸 譲(きど・ゆずる)
ネットメディア研究家
1988年、東京都杉並区生まれ。日本大学法学部新聞学科を卒業後、ニュース配信会社ジェイ・キャストへ入社。地域情報サイト「Jタウンネット」編集長、総合ニュースサイト「J-CASTニュース」副編集長、収益担当の部長職などを歴任し、2022年秋に独立。現在は「ネットメディア研究家」「炎上ウォッチャー」として、フリーランスでコラムなどを執筆。政治経済からエンタメ、炎上ネタまで、幅広くネットウォッチしている。
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(ネットメディア研究家 城戸 譲)