大手予備校の駿台予備学校が、2026年度の入試から大学合格者数の公表を取りやめると発表した。合格実績は塾選びで重視されてきたが、いまその信頼性が揺らいでいる。
塾選びに失敗しないためには何に注目すればいいのか。東大生作家の西岡壱誠さんは「数字には表れないポイントがある。2つの質問をすればいい塾かどうか見分けられる」という――。
■合計すると“実際の東大合格者数”を上回る
大手予備校の「駿台予備学校」が令和8年度の大学入試から「合格者数の公表を取りやめる」と発表しました。このニュースは、意外にもネット上でコメントが相次ぎ、教育業界の中でも少なからぬ衝撃として受け取られています。
予備校と言えば、合格者数を競っているイメージが強く、「自分たちは他の予備校より東大に合格させています!」という謳い文句がかなりいろんな場所で使われてきたからです(東大合格●●人、という類いです)。なので、合格者数は長年「信頼や実績の象徴」とされてきました。
しかし、近年ではその数字の信頼性が揺らいでいるのも事実です。今回はこのニュースの“当事者”でもある東大生に体験談が聞けたほか、塾の関係者はどのように受け止めているのか、ではいったいどういう基準で塾を選べばよいのかについてお話ししたいと思います。
まず、大手予備校に絞って、令和7年度の「東大合格者数」を見てみます。
・駿台「1351人
・河合塾「1174人
・東進ハイスクール「815人

となっていて、これらを合計すると3340人です。
(代々木ゼミナールは平成27年から発表していません)。

しかし、東京大学のHPを見てみると、合格者数は3084人(推薦も含む)となっています。つまり、この3校だけでも合格者の総数を上回る「不思議な現象」が起きているのです。
■「合格実績」には統一の基準がない
産経新聞も指摘している通り、この背景には「かけもち」と「基準の違い」があります。
受験生は、教科ごとに予備校を変えることが珍しくありませんが、その結果、1人の東大合格者が複数の予備校にカウントされることにもなります。
さらに予備校ごとに「カウントする基準」も異なっており、講習を数回受けただけの生徒を含める場合もあれば、高3時に在籍した生徒に限定する場合もあります。
つまり「合格実績」という言葉には、統一した基準が存在せず、非常に曖昧なものになっているのです。今回、駿台が「数値の信頼性や意味が形骸化」「合格者数が本来の意味を持ちにくくなってきている」と判断したのは、こうした業界の構造の中で声を上げた形になります。
さて、自分は今回の記事を書くにあたって、四国出身の東大生の1人からある体験談を聞くことができました。彼は、とある予備校Aの授業をほぼ受けていないにもかかわらず、その予備校の東大合格実績の1人になっていました。
彼はあまり勉強しなくても頭が良いタイプで、その地域で一番の進学校に入学しました。そこでも塾に行かずに学年トップで、先生からは「正直、お前は塾行かなくても東大に合格できると思うぞ」と言われたこともあったそうです。
■模試を受けたら「特待生」の資格を得た例も
ある日、彼は学校の友人から「予備校Aの模試って、成績優秀だと商品がもらえるんだって」という話を聞いたそうです。
「そんな特典があるなら、欲しい!」と考えた彼は、特典狙いで模試を受験。もくろみ通り、模試で良い成績を取り、無事ゲットしました。後日、そんな彼の元に、予備校Aからこんな電話が来たのだと言います。
「あなたは特待生の資格を得ました。そのため、有名な○○先生の講座を受けることができます! もちろん無料です! 近くの都道府県で受けられるから、来てみませんか?」
知名度の高い“有名な先生”の授業を受けられるならと、実際に講習を受けに行ったそうです。
すると講習後、その予備校Aの担当者から、特待生は入学金が無料なこと、塾生になれば過去問の添削をやってもらえることなどの説明を受けたそうです。「入学金も無料だし、必要はないけど1講座だけ受けよう」と決めたとのこと。
ただ、結局彼には合っていなかったようで、1講座を受けただけで、過去問の添削も頼らず、ほぼその予備校Aに通っていないも同然だったそうです。つまり、実質的には有名な先生の授業を聞いただけでしかありませんが、この場合でも「1人の東大合格者」としてカウントされているそうです。
■「東大合格者数」だけを見るのは勧めない
このエピソードは、「数字」がどのように生まれるのかをわかりやすく示していると思います。決して彼だけが特別なわけではなく、東大生であれば「まあ、自分も同じような感じだったな」と語る学生たちも割といるのではないかと思います(予備校Aだけでなく、ほかの予備校でも似たような事例がありました)。
いわゆる“勉強のできる子”たちが「入学金無料」「授業料大幅ディスカウント」「商品プレゼント」といったものに吸い寄せられる。
その後もちゃんと通っているわけではないけれど、東大に合格して「合格者数の1人」としてカウントされる、というケースは珍しくありません。
もちろん自分は、予備校のカリキュラムそのものを否定したいわけではありません。事実、予備校Aは生徒に対してかなり手厚いサポートをしてくれることも多く、そのおかげで合格できた、と語る別の東大生もいました。しかし、現状、各予備校が発表している「東大合格者数」だけをみた場合は、疑念を感じざるを得ません。
■「地域ナンバーワン」も基準が曖昧
もう一点、注意したいのが、「分母が示されていない」ということです。予備校や塾の広告では、合格者数が誇らしげに掲げられますが、そのほとんどが「何人中の何人」という分母を明示していません。
たとえば「東大に100人合格!」と聞けば、「すごい実績だ」と思うかもしれません。しかし、「1000人中100人合格」なのか「200人中の100人合格」なのかで、意味はまったく異なります。前者なら合格率は1割に過ぎませんが、後者なら5割です。合格率という「分母との比較」がなければ、その数字は実態を何も語っていないように感じます。
ですが、東大に限らず、多くの親御さんや学校の先生方と話していると、「どこが一番合格者を出しているか」という単純な指標に頼って判断している場合が多いように感じます。そして、同じように掲げられている「地域ナンバーワン」「○○県で合格者数最多」といったキャッチコピーは強い影響力を持っています。

しかし、この「地域ナンバーワン」という言葉も実はとても曖昧です。さきほど述べたように、分母を明示せずに「合格者数だけ」で語られるケースが多いため、「人数が多い=指導力が高い」とは限らないからです。それどころか、規模の大きな塾であれば在籍生が多いため、合格者数が増えるのは当然とも言えます。
■「生徒数の多い塾」は先生の負担も大きい
実際、塾経営者の人にお話を伺うことも多いのですが、関西で学習塾を経営しているある方は、以下のように話しています。
「その地域で多くの生徒を集める『1番手の塾』が、『地域ナンバーワン』という広告を出すケースは多い。それは生徒数が多いということであって、実際の合格率は低いことも多い。逆に、生徒数としては2番手・3番手の塾であったとしても、合格率で見ればぶっちぎりでいいケースもある。
しかし、悲しいことに、特に地方で顕著だが、ただ『合格者数が多い』という点だけで保護者から選ばれている場合が多い。どんなに目の前の生徒を一生懸命指導して合格率を上げても、その地域のナンバーワン塾に生徒を取られてしまう。それが現在の塾業界の実情だ」
確かに地域ナンバーワンの塾はノウハウのある先生も多く、通う生徒も多いです。しかし生徒数が多いということは、その分先生一人が見る生徒の数も多く、負担も大きくなります。
合格者数だけが独り歩きしてきたように感じますが、今回の駿台の方針転換により、業界全体が何をアピールしていくか変わっていくように感じます。

■「良い塾」を見極めるポイント
では合格者数が頼りにならないのであれば、「良い塾」を見極めるためにはどんな基準に頼ればいいのでしょうか? 実際に東大に合格した学生たちや、教育業界で信頼されている塾経営者への取材を通じて、いくつか共通するポイントが見えてきました。
① 面倒見の良さ(伴走型のサポートがあるか)

成績が伸びる受験生は、単に授業を受けているだけではありません。学習計画を立ててもらい、進捗を細かくチェックしてもらい、勉強方法に悩んだときに相談できる環境があるかどうかが大きな分かれ目になります。良い塾ほど「担任制度」や「定期面談」を重視し、生徒一人ひとりに寄り添った伴走を行っています。
② 自習環境と学習習慣の支援

良い塾を選んだ東大生の多くは「自習環境が整っていたから勉強習慣がついた」と口を揃えます。授業の質だけでなく、「どれだけ勉強時間を確保できるか」を支える仕組みも重要です。自習室の開放時間、質問対応の体制、学習管理の仕組みなどが整っているかどうかを見てください。
③ 教材・カリキュラムの一貫性

単発の授業やイベント的な講座ではなく、「入塾してから合格までの流れ」を意識したカリキュラムが用意されているかどうかも大事です。教材の質やレベル感が自分に合っているか、弱点を補強できる仕組みがあるかどうかを見極める必要があります。
④ 教師やスタッフの姿勢

結局のところ、「人」が一番大きな差になります。合格者数の多い大手予備校でも、校舎ごとに雰囲気が違うとよく言われています。親身に相談に乗ってくれる先生がいるか、生徒の話を聞いて学習法を一緒に考えてくれるか。
こうした姿勢は、通ってみないとわからない部分ですが、体験授業や面談でしっかりチェックすべきです。
⑤ 数字以外の実績の見せ方

塾の「体験談」も参考になるポイントです。実際に合格した「生徒の体験談」や「進学後の成長度合い」を紹介している塾は信頼に値します。数字は大きく見せることができますが、リアルなエピソードや生徒の声はごまかしが利かないからです。また、過信は禁物ですが、第三者が運営するレビューサイトでの評判もチェックするといいようです。

■体験授業で「面談の頻度」を絶対に尋ねるべき
ただ、少しわかりづらいという声も聞こえてきそうです。合格者数は数字としてわかりやすく一目瞭然ですが、「良い塾」となるとどうしても主観の要素も含まれてしまうからです。ですので、前述の共通点を踏まえ、これから塾を選ぼうとする方は以下の要素に絞って検討してみるとよいと思います。
まずは「口コミ」を探してください。ネットのレビューサイトでも塾の評判は見れますが、ぜひ同じ学校に通っている友人・親の声も参考にしてみると良いと思います。「自分の子の成績」は皆さん関心が高いので、オフラインの声にこそ本音が隠れていると思っています。
また、体験授業も絶対に受けてください。そこで感じた第一印象・感覚はとても大事です。その際にぜひ、聞いてほしい質問が2つあります。「担任はいるのか?」「面談はどれくらいの頻度で設定されているのか?」です。
今はどの塾も生徒と先生の面談に力を入れており、この質問の返答には、どうやって一緒に成績を伸ばしていくかという塾の姿勢が表れます。面談は個人でもグループでも良いのですが、現在のトレンドからすると、年に2~3回程度だとやや少ない印象です。これまで聞いた中で最も理想的だと思ったのは「週1回、30分以上」でしたが、「月1回」設けられていれば十分と言えます。
■“サポート体制”は数字に表れにくい
今回の駿台の発表により、受験業界の「合格者数競争」が転換期を迎えようとしています。これからは「合格者数」ではなく「自分に合ったサポートがあるかどうか」が肝になってきます。駿台の決断は、その変化を象徴する一歩になると感じます。
私たち自身も、これまで「数字」に頼りすぎているところがありました。しかし本当に必要なのは、数字には表れない支援の質であり、一人ひとりに向き合う姿勢だということも痛感しています。塾選びの際には、ぜひ体験授業を通じて実際のサポート体制を確かめてみてほしいと強調したいです。

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西岡 壱誠(にしおか・いっせい)

カルペ・ディエム代表

1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すものの、2年連続で不合格に。二浪中に開発した独自の勉強術を駆使して東大合格を果たす。2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教え、教師に指導法のコンサルティングを行っている。日曜劇場「ドラゴン桜」の監修や漫画「ドラゴン桜2」の編集も担当。著書はシリーズ45万部となる『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大算数』(いずれも東洋経済新報社)ほか多数。

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(カルペ・ディエム代表 西岡 壱誠)
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