※本稿は、井上治代『おひとりさま時代の死に方』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■「終活」をひとりで済ませた82歳女性
エンディングセンターの会員・古川智子さん(仮名)は、未婚でひとり暮らし。きょうだいはいるが、「死亡を知らせたくないし、財産も残したくない」と言い、まずは遺言書を書いた。続いて、エンディングセンターと死後の葬儀や埋葬、死後事務などを委任契約した。
すべての契約事務が終わったとき、晴れ晴れとした顔で、「安心しました。この喜びを伝えたい」と、エンディングセンターの担当者にランチのお誘いがあった。自身の長年の想いを託した安堵感があったのだろう。
その古川さんからある日、エンディングセンターの事務所に、電話がかかってきた。彼女が82歳の秋のことだった。
「友人とお茶をしていたら、急にお腹が痛くなって、かなり強い痛みなので、これから友人と一緒に病院に行ってきます」
そして夕方、病院帰りに電話が入った。
「入院するほどでもないので、今日は家に帰って休みます」
■友人の証言では身元確認にならない
そんな会話があった日の翌朝、病院に付き添った友人が彼女に電話をかけてみると、応答がなく、駆けつけると「ひとり死」していたことがわかった。
自宅の誰もいないところで亡くなっていると、死亡原因が事件性のあるものかどうかを調べるために、ご遺体は警察署に運ばれ検視がおこなわれる。その一環として実施されるのが身元確認(本人確認)である。身元確認をする理由の一つは、身元を特定し、ご遺体を家族に引き渡すためである。
古川さんの場合、前日一緒にいた友人も、確かにこのご遺体が古川さんであると断言できるし、またエンディングセンターも会員の古川さんだと証言できるのに、親族でもない者の証言では身元確認にはならないのだ。
刑事ドラマを思い浮かべるとわかりやすい。遺体が発見されると、名刺や携帯電話など、所持品や指紋などから身元が判明し、家族に連絡をすると、家族が警察署の霊安室に駆けつける。そして安置されているご遺体の顔を見て確認するというパターンだ。
■親族に連絡しても、1人も来なかった
では、ひとり暮らしで家族がいない場合はどうなるのか。
遺体の身元がわからなければ、当然ながら引き渡しはできない。いくらエンディングセターが死んでからのことを委任契約によって受任していても、そのことを警察も十分理解していても、ご遺体が契約者本人であることが判明しなければ、何も動くことができないのだ。
警察も困った。
身元確認ができない場合は、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」によって、遺体があったところの役所の長の責任で火葬し、しばらくは役所等で遺骨を預かり、やがて無縁塚などに葬られる。したがって古川さんの検視に関わった警察署は、地元の役所に、このまま身元がわからなければ、役所に遺体を送ると、連絡した。
身元確認さえできれば、委任契約によって、その後のことをすべてエンディングセンターがおこなう手はずになっているのに、それができないため、警察・役所・エンディングセンターの三者は顔を見合わせ、もどかしい時間を過ごした。
■歯科医院のデータと歯型を照合することに
結局、警察が最後にとった策は、歯型の照合であった。古川さんの場合、歯型で身元確認ができた。かくしてエンディングセンターでは以後、委任契約の際に「かかりつけ医(歯科医・他)」を書いてもらうことになった。
各都道府県には「警察歯科医会」と呼ばれる組織があって、警察歯科医は警察署からの依頼を受け、身元不明のご遺体の「歯科所見」(歯や口の中の状態)を記録し、一方で、その方が通っていたと考えられる地域の歯科医院に連絡をとり、生前のカルテやレントゲン写真などを提供してもらう。それらのデータがそろったところで遺体の歯型情報と照合して、該当者本人の確認をおこなっている。
そのほかの身元確認方法に、DNA鑑定がある。ただしこれは、親族のDNAを採取して血縁関係を照合する方法なので、ご遺体の血縁者ではないかと思われる候補者がいなければ、ご遺体だけのDNAでは判定できない。
■検案で死因を特定できない場合、解剖へ
次に、検死は、検視・検案・解剖の3つに分かれている。検視では、検察官や検視官が、遺体の状況や周囲の状況を詳しく調べ、事件性の有無を判断する。検案は、警察医が、遺体の外表面を検査し、病歴や死亡状況から医学的見地で死因や死亡時刻などを推定する。解剖は、検案で死因が特定できない場合や、事件性が疑われる場合に、医師が遺体を切開して、内部の状態を詳しく調べる。
病院で亡くなった場合は、医師が「死亡診断書」を書くが、自宅のような病院以外で亡くなった場合は、警察医が「死体検案書」を書くことになる。
二つは書式が同じで、A3サイズの紙の右半分が「死亡診断書(死体検案書)」となっている。これから提出する書類が「死亡診断書」なのか「死体検案書」なのか、該当しない表記を二重線で消してから必要事項が記入される。左ページは「死亡届」である。
■東京23区は行政負担、神奈川は遺族負担
費用についても説明しておくことにしよう。自分が亡くなった後のことを第三者に託す場合、病院以外のところで亡くなったら、費用がかかることを認識しておいたほうが良いからである。
費用は自治体によって異なる。
検視には5万円程度の費用がかかる場合がある。検案は医師がおこなうもので、2万~3万円程度、それ以外に死体検案書の発行料にも5000~1万円かかる。
また、解剖については種類によって費用負担が大きく異なる。犯罪性が疑われる場合におこなわれる司法解剖は、全額国の負担となり遺族の費用負担はない。一方、行政解剖は自治体によって費用負担が異なり、全額自己負担となる場合もある。承諾解剖は、遺族の同意が必要な任意の解剖で、費用は数万~数十万円とケースによって幅がある。
■死亡届の「届出人」を確保する必要がある
意外と知られていないのが、役所に提出する死亡届には「届出人」の欄があり、そこに記す人を確保しておかなければならないということだ。実際に死亡届を出しに行くのは、多くの場合、葬儀社の人がおこなってくれる。そういった代理で届を出す人ではなく、戸籍上に記載される「届出人」である。
「届出人」には誰でもなれるというわけではない。戸籍法第87条で届出人になれる立場の人が指定されているが、確保できないケースが増えている。
「ひとり暮らし」の者にとって大変難問である。戸籍法第87条ではまず、届出義務を負う者として、同居の親族、その他の同居者、家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人が挙げられている。
■「没交渉の親族には絶対頼りたくない」
そこで「ひとり暮らし」の人の身になって考えてみよう。
「同居の親族、その他の同居者」はいるわけはない。持ち家であった場合は、「家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人」もいない。このような事態が顕著になってきて、戸籍法第87条に第2項が加わった。届出義務は負ってはいないが、届出ができる者として「同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、補助人、任意後見人及び任意後見受任者」が付け加えられた。
天涯孤独の人は少ないので、「同居の親族以外の親族」が加わったことは朗報のように思われるが、そううまくはいかない。実際の声を聞くと、次のような答えが返ってくる。
「私は、両親はとっくに亡くなっているし、仙台に姉がいるのですが、94歳なんです。
「同居以外の親族がいることはいますが、みな没交渉です。私が高齢でひとり暮らしをしていると、親族は私に頼られたら困ると思って、みな私に近寄らなくなっています。そんな人たちを絶対頼りたくないし、財産も一円たりとも親族にいかないよう、遺言を書いています」
親族がいるからといって、関係が疎遠になっていたり、甥や姪などは長いこと会っていないと、そばを通ってもわからないことが多い。「届出人」問題は、まだ解決されていないのだ。
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井上 治代(いのうえ・はるよ)
NPO法人エンディングセンター理事長
社会学博士。東洋大学教授を経て、同大・現代社会総合研究所客員研究員、エンディングデザイン研究所代表。研究成果の社会還元・実践の場として、尊厳ある死と葬送の実現をめざした認定NPO法人エンディングセンターで、「桜葬」墓地と、墓を核とした「墓友活動を展開している。著書に『現代お墓事情 ゆれる家族の中で』、『いま葬儀・お墓が変わる』、『最期まで自分らしく』、『墓をめぐる家族論 誰と入るか、誰が守るか』、『墓と家族の変容』、『子の世話にならずに死にたい 変貌する親子関係』、『より良く死ぬ日のために』、『桜葬 桜の下で眠りたい』ほか多数。
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(NPO法人エンディングセンター理事長 井上 治代)