休んでも疲れが取れないのはなぜか。脳神経外科医の菅原道仁さんは「体の疲れだけでなく、脳の疲れが影響している恐れがある。
脳を疲れにくい状態にするために意識して作ってほしい時間がある」という――。(第1回)
※本稿は、菅原道仁『働きすぎで休むのが下手な人のための 休息する技術』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■“体の疲れ”は体質や食事などに原因がある
「タフな人」という表現が使われることがあります。精神的にも、肉体的にも、です。
これは見方を変えると、「疲れにくい人」と解釈することもできます。タフであれば、疲労を感じるまでの時間が、タフといわれない人に比べて長くなるのが自然だからです。そして当然のことながら、その反対に「疲れやすい人」も存在します。
皆さんのなかで、「自分はタフで疲れにくい」と思っている人は、まずいないでしょう。タフではないと思っているから、疲れやすいから、上手に休息をとりたいから、本書や本稿にヒントや救いを求めているはずです。
疲れやすい人と疲れにくい人、両者の違いはどこにあるのでしょうか。体の疲れの場合、持って生まれた体質、食事を中心とする生活習慣、運動習慣、慢性疾患の有無などが違いに影響してきます。丈夫な体に生まれ、バランスのとれた食事をとりながら規則正しい生活を送り、適度に運動をして、持病もいっさいない人は、その真逆の人に比べ、はるかに疲れにくいです。

■脳の疲れは「正しく使えているか否か」で変わる
脳の疲れの場合は、体質などが原因で違いが生じることはそれほどありません。脳が疲れやすい人と疲れにくい人を分かつポイントは、「脳を正しく使えているか否か」にあります。
詳しくは後述するように、脳を正しく使えていれば、脳に休息を与えることができるからです。脳疲労がたまりにくい状態、すなわち疲れにくい状態――そういってもいいでしょう。
脳を正しく使うとは、「脳が活性化した状態になりっぱなしならないために、メリハリをつけるように働きかける」ことです。前項で説明したように、脳は生命維持のために24時間働き続けているので、意識的にスイッチのオンオフを切り替えることはできません。
しかし、思考の仕方や生活習慣などに工夫を凝らすことにより、脳への負担を和らげ、頭の中をからっぽにする時間を多くつくることならできます。そこに意識を向ければ向けるだけ、脳疲労の蓄積を防ぐことができるのです。
まず、大前提として推奨しておきたいことがあります。それは頭の中をなるべく無意識にして、ぼーっとする時間をつくることです。
私たちが意識的に脳を使おうとすると、脳の特定の部位だけが活性化し、脳のエネルギーもそこに集中することになりますが、それは効率のいい脳の使い方、正しい脳の使い方とはいえません。一方、ぼーっとしているときは、寝ているときと同様に、脳全体が無意識のうちに活発に働きます。
じつはこのとき、アイデアやひらめきが生まれやすいといわれているのです。
■脳を意識的に使わないと“ひらめく”
この現象をもたらすメカニズムのことを、アメリカのワシントン大学セントルイス校の神経学者マーカス・レイクル教授は「デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network :以下DMN)」と名付けました。
DMNには、内側前頭前野、後帯状皮質、下頭頂小葉、楔前部などの脳の領域が含まれ(下部【図表1】参照)、DMNが活性化されると、新たなアイデアがわくだけでなく、過去の経験が整理されて情報が組み立てやすくなり、記憶や思考がうまくまとまるようになります。
無意識化の脳の活動なので、自動車が停止していてもエンジンは止まらずに動いている、アイドリングの状態に置き換えるとわかりやすいでしょう。
イギリスの科学者アイザック・ニュートンは、物思いにふけっているときに、木になっていたリンゴがたまたま落ちるのを見て、万有引力の法則の着想が生まれたといいます。「なぜリンゴは落ちるのか」を意識的に考え、脳の一部をフル稼働させて発見に至ったわけではありません。
また、入浴中や電車移動中に「曲や歌詞のいいアイデアが浮かんだ」というアーティストの話もよく聞きます。これらは、脳を意識的に使わない状態であり、DMNが活性化しているから起こることなのです。
■“DMN活性化”のメリットとデメリット
DMNが活性化されると、脳内の情報整理をスムーズに行うことができ、さらには記憶力が定着するので、空いたキャパシティを有効活用できるようになります。それにより、脳のパフォーマンスが格段にアップすることはいうまでもありません。
それだけでなく、脳が余計な情報処理にエネルギーを使わなくて済むので、脳疲労の防止にもなります。忙しさに追われて心理的な余裕がないと感じている人は、そんなときこそ、あえてぼーっとする時間をつくってみてはいかがでしょうか。

ただし、いいこと尽くめというわけではありません。デメリットもあります。じつは、安静時の脳活動の多く(推定60%前後)がDMN関連領域に割り当てられることがわかっており、DMNが活性化しすぎてその状態が長時間続くと、オーバーワーク気味になって歓迎できない事態をまねいてしまうのです。
注意力が散漫になったり、大切なことを一時的に忘れたりすることにもつながります。情報処理がスムーズに進みすぎたことにより、余計なことを考えてしまって、それが不安感を助長するケースもあるでしょう。
この状態を続けていると、脳に蓄積されているエネルギーが枯渇し、かえって疲労の原因になることもあります。
■現代は“脳の疲れ”を感じやすい
脳疲労がたまりにくい状態、疲れにくい状態にするためには、脳を正しく使うことが大事。これは間違いありません。そのために、ぼーっとする時間をつくって、DMNを活性化させることが効果的。これも合っています。
しかし、DMNが活性化しすぎて脳が疲れてしまっては本末転倒です。ぼーっとすることは大切ですが、ものには限度というものがあります。
上手にメリハリをつけて、脳が疲れにくい人になることを目指しましょう。
疲れやすく、休息を欲している日本人は、昨今どんどん増えつつあります。その一因は、疲れの種類や感じ方が変わってきていることにあると考えます。
昔は仕事にしろ、プライベートにしろ、自分の体を動かすことが多く、体の疲れを感じることが多かったはずです。体の疲れは脳の疲れと異なり、安静や睡眠によってスムーズに回復を図ることができます。
それに対して現代は、コミュニケーションツールの進化、ECサイトやネットバンキングの利便性の向上、フードデリバリーサービスの拡充などにより、直接人に会ったり店舗に足を運ばなくても、大切な仕事や用事を簡単にこなせるようになりました。コロナ禍の到来により、その風潮がさらに強まったことはいうまでもありません。相対的に、体の疲れよりも脳の疲れのほうを感じやすくなったのです。
■理由のひとつは「空気の読みすぎ」
他人との関わり方や、距離のとり方の基準や常識が変わったことも、大きく影響しているでしょう。
「他人への気づかい」はいつの時代も大切ですが、自己主張をセーブし、人間関係になるべく波風を立てないように振る舞うことが、昔よりも重んじられるようになった気がします。いわゆる「空気を読む」という行為です。
自分が悪目立ちしないように、他者から攻撃されないように、過剰に空気を読んで言動や行動を慎重に選択することは、大きなストレスを生みます。
これが、心の疲れをさらに加速させることになりました。
それに輪をかけて、SNSの爆発的な普及が状況をエスカレートさせつつあります。家族、友人、仕事で関わる人たちへの気づかいだけではなく、会ったこともない見ず知らずの人への配慮も怠ると、炎上したり、誹謗中傷されたりすることが起こり得るようになったのです。
空気を読むことにとらわれ、四六時中、周囲への過剰な気づかいをしていたら、ストレスは際限なく蓄積していき、自律神経も乱れまくってしまうことでしょう。これが、昔と今で異なる疲れの種類のトレンドです。
■「スルー」でやり過ごしたほうがいい
私がみなさんにお伝えしたいことは、自分の心が疲弊しきってしまうほど、周囲に対して配慮しなくてもいい――これに尽きます。
空気を読まなくていいとは言いません。とくに組織に属していれば、折り合ったり、妥協点を見いだしたりすることも、時に必要となるでしょう。しかし、空気を読みすぎるあまり、自分自身が疲れてしまうのは大問題です。そこまで気にすることはありません。自分が違うと思えば主張していいですし、それで波風が立つことを危惧するのなら、相手の言うことを受け流してしまいましょう。
仮に険悪なムードになったり、自分の立場が悪くなったりしても、長い人生において、それは一時的なつまずきに過ぎません。
その相手とこの先、一生付き合っていくのかと自らに問えば、その答えはほとんどが「ノー」となるでしょう。ならば、重く受け止める必要はないということです。
和を乱さないことばかりを気にして疲れがたまり、心を病んでしまっては身も蓋もありません。私たちに必要なのは「スルーする力」です。自分を守ることを優先して、うまくやり過ごしていきましょう。

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菅原 道仁(すがわら・みちひと)

日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター

脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、菅原クリニック東京脳ドック(港区赤坂)院長。杏林大学医学部卒業。「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。

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(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)
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