高知県産の新米「よさこい美人」が5kg7800円で売られていると報道されている。コメの値段はこれからどうなるのか。
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「JA農協は過去に例のない高水準の概算金を農家に提示している。この価格を維持するために自民党農林族は、政府が減反廃止などの農業改革を行えないように手を打った。市場原理を歪めるこうした構造が異常な高値を招いている」という――。
■コメの値段はもっと上がる
8月6日コメの値段は下がらないと指摘した(「5kg4000円」に逆戻り…小泉備蓄米がスーパーから消えた後、今年も「コメ不足」が再来するワケ)。
小泉農水相は備蓄米を特売的に安売りしただけで、これまで消費者が買ってきた「銘柄米」の価格は下がっていないからだ。それどころか、今年の高知県産「よさこい美人」が「銘柄米」の平均価格5kg4200円を大幅に上回る7800円で販売されているという報道が行われた。
異常な価格高騰の背景には、JA農協が農家に示す概算金(仮渡金)の上昇がある。
概算金は例年7~8月頃に示される。しかし、前年他の業者に集荷競争で負けたと認識した新潟、福井などのJA農協は、今年産米については作付けが始まる3月の段階でこれを農家に提示した。しかも、例年なら高いときでも玄米60kg当たり1万2000円なのに、その倍の2万4000円を提示した。これに農協の諸経費を加えるとJA農協が卸売業者に販売する価格(相対価格)は2万8000円を超える。これは26%の減産となった平成の米騒動時の2万3000円を上回る史上最高値である。

ところがいま、JA農協が農家に示している概算金は、3月時点よりも大幅に上昇し、北海道「ゆめぴりか」3万円、秋田「サキホコレ」3万2300円、山形「つや姫」3万1000円、山形「はえぬき」2万8000円、新潟「コシヒカリ」3万円などとなっている。
これからすれば、卸売業者が購入する際の価格は3万3000~5000円ほどになり、消費者が購入する精米5kgの価格は5000円を超え6000円に近い水準に跳ね上がってしまう。
■56万トン増産でもコメ価格が上がるワケ
農水省は主食用コメの作付け面積から今年産のコメの生産は56万トン増加すると見通していた。それが本当なら価格は下がるはずで、JA農協は農家に高い概算金を示すことはできない。農水省よりも農業生産現場に近く情報量が多いJA農協は、今年産米の生産量は増えたとしても猛暑と水不足で流通過程から排除される白濁米などの被害粒が多く発生し、消費者が購入できるコメの量が減少すると見込んでいるのだ。
小泉農水相は新米価格に影響することをおそれて8月末までに備蓄米を売り切ることを条件にしていたが、コメの値段が下がらないので販売期限を延長することにした。しかし、100万トン近くあった備蓄米はもう30万トンしか残っていない。しかも、その半分は4年古米で、半分は5年古米だ。消費者が喜んで買うかどうかはわからない。新米の価格を下げるほどの効果は期待できない。
国内の供給が少ないのであれば輸入して価格を下げる道もある。しかし、わが国は貿易立国のはずなのに、コメの輸入は認めないとする自民党農林族議員が立ちはだかる。

結局、消費者は極めて高いコメを買わされ続けることになる。
※8月21日時点
■来年秋には下がるのか
今年のコメはもうすぐ収穫が終わる。輸入もできない。コメは一年一作なので、国内産でコメの値段を下げようとすると、来年秋まで待つしかない。石破総理も小泉農水相も増産すると言っている。来年秋まで我慢すれば値段は下がるのだろうか。
しかし、これも期待できない。自民党農林族議員の巻き返しによって、小泉農水相は減反維持に後退してしまったからである(小泉進次郎氏が"JA・自民党農林族"に屈服した…増産を打ち出した石破政権「コメ政策の大転換」のウソ)。
小泉農水相や農林族議員が言う「需要に応じた生産で増産する」ということをわかりやすく説明すると、これまで1000万トン生産できるところを減反で650万トンの生産に抑えてきたのだが、需要が少し多いことが分かったので700万トンの生産にするというだけのことだ。減反による生産減を350万トンから300万トンに緩和するというだけのもので、減反は継続される。価格を下げることは期待できないし、下げないようにするというのが農林族議員の思惑なのだ。
2026年度の農林水産予算概算要求では、減反補助金(「水田活用の直接支払い交付金」は廃止されるどころか、前年比で90億円増加し、2960億円の増加となっている。
つまり、少なくとも26年産米について、減反は維持することを小泉農水相がはっきり認めているのだ。
■自民党内につくられた「小泉農相包囲網」
政府は来年夏までにコメ政策の抜本的な改正を検討している。これまで、農業政策は政府が単独で決定できることでも自民党と協議して決めてきた。食糧管理制度時代の政府買い入れ価格(いわゆる生産者米価)の決定は、その典型である。
今回の備蓄米の販売期限の延長のような小さな政策ですら、小泉農水相が自民党農林族議員に了解をとることなく決めたことに農林族議員は怒っている。政府が独走しないよう、自民党はコメ政策を中心に議論する「農業構造転換推進委員会」を新たに立ち上げた。自民党農林族議員の了承を得ない限り、コメ政策は決定させないということだ。
■権力の座に返り咲いた江藤拓前農相
しかも、自民党はこの委員会の長に江藤拓前農水相を任命した。
同氏は自民党農林族議員の中心的な人物である。
農水相時代、米価が下がるのを恐れて、備蓄米を放出することを拒んだ。放出を決定したのちも、農協に販売したり、買い戻しを条件にしたりして、米価が下がるのを防ごうとした。かれは「コメは買ったことがない」「売るほどある」と発言して更迭されたが、今回のコメ価格高騰の張本人であり、JA農協のために働いてきた人物である。
その人がコメ政策の見直しについての自民党の最高責任者にふさわしいのだろうか?
おそらく、森山自民党幹事長が農林族議員である江藤氏を引き立てようとしたのだろう。石破氏は政務を仕切っている森山に言われるとノーと返せないのだろう。しかし、この人事で石破氏の減反廃止という主張は完全に封じ込まれた。同氏は総理続投(延命)の理由の一つにコメ政策の見直しを挙げたが、自らその芽を摘んでしまった。
■小泉農相は農業政策の本質を理解していない
あるテレビ番組で、09年農林水産大臣だった石破氏が減反政策の見直しを訴えるものの、自民党農林族議員に反対されたことが紹介された。
これについて、出席した小泉農水相は「農水省の中からも農水族からも止められ、『史上最低の農水大臣だと言われた』と。これ、今でも石破さんよく言ってます」と述べた。
さらに当時と今とでは違うのかを尋ねると、小泉農水相は「変わりました」と答え、「この新しい方向性に行くなら今だろうという理解はありますし、増産自体に対して需要に応じた増産なんだよな、このことが確認できて自民党の役員の了承をとったんです。なのでそこは大丈夫です」と応じた。
さらに、「米をこれからは増産しますと。これを発出した会議でメディアの皆さんが退出されて会議が終わった後に、隣に座っている総理に『総理、やりましたね』とお声がけしたら、『17年かかったな』と言ってました」と振り返ったという。
■需要に応じた増産は「減反の維持」
需要に応じた増産が減反の廃止ではなく、単なる減反の緩和・維持に過ぎないことを理解していないようだ(小泉進次郎氏が"JA・自民党農林族"に屈服した…増産を打ち出した石破政権「コメ政策の大転換」のウソ)。
自民党農林族議員にうまく丸め込まれているようだ。これにうなずく石破氏も石破氏だ。
そもそも09年の石破氏の提案は減反の廃止ではなかった。減反の目標を達成した農家に特別の助成金を与えるというものだった。これは減反の選択制と言われた。あくまで減反の維持が前提で、目標を達成した農家にご褒美を与えるというものに過ぎなかった。当時このような主張をする穏健派の農業経済学者がいて、石破氏はその意見に乗ったのだ。大改革というものではなく日和見的なものだった。同氏が農水省の事務局に指示して作成させた減反緩和・廃止のシミュレーションについても、米価低下による輸出の実現を考慮に入れない不十分なものだった。
実は、この減反の選択制こそ、民主党の戸別所得補償政策だった。これは生産(減反)目標数量を達成する農家に限り所得補償(助成)するものだったのである。まさに石破案である。
しかし、これで減反はどうなったのか? 減反を実施することに対するインセンティブが高まったので、逆に減反目標の達成度が高まったのである。つまり、減反の選択制は減反の緩和どころかその強化だったのである。
■石破首相は逆転ホームランの機会を失った
今の石破氏はかつて提案した減反の選択制を主張しようとしているのではないと思われる。しかし、まともな経済学者ならだれもが反対する減反政策を廃止する道は、今回の小泉農水相と自民党農林族議員の協議、江藤氏の自民党委員長への任命で絶望的な状況となった。
こらえきれない笑いをかみしめてるのはJA農協だろう。苦しむのは国民消費者である。石破氏は、最後まで何をしたかったのかわからない総理として歴史に残るだろう。国民の注目がコメに集まっているのに、減反廃止の好機を失ってしまった。何のために、これまで農政を勉強してきたのだろうか? 逆転満塁サヨナラの好機にど真ん中に投じられた失投を見逃して三振した打者のようである。

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山下 一仁(やました・かずひと)

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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