腰椎圧迫骨折の後、直腸が肛門から外に脱出する病気になり、大腸ポリープの除去や緑内障手術など、約7年の間に4度入院した母親。80代になると認知症の症状に加え、幻視、難聴にも苦しむ。
長男である50代男性は一人暮らしの母を懸命に介護するが、長女は何もしない。そればかりか、両親が建てた実家で隠れて金儲けをしていた――。(後編/全2回)
前編のあらすじ】四国地方在住の烏丸珠樹さん(仮名・50代・既婚・IT系会社員)は、現在妻と2人で暮らす自宅から、車で5分くらいのところで一人で暮らす90歳の母親を通い介護している。烏丸さんが育った家庭は荒れていた。船員をしていた父親は、酒を飲むと暴れ、母親と烏丸さんに暴力を振るった。やがて「このままでは殺される」と思った母親は烏丸さんとその姉を連れて伯父の家に逃げ込む。離婚の話し合いを進めたが、父親は応じなかった。
それから数十年後……突然、父親の甥が尋ねてきて、「もう長くないから会ってほしい」と言う。母親と烏丸さんは断ったが、姉と烏丸さんで様子を見にいくと、姉が「あとは私が看る」と言い、姉が最期まで看取った。父親の遺産は、烏丸さんは放棄。母親と姉は父親が住んでいた家をリフォームして貸家にすることにしたが、姉は「借り手がつかない」とウソをつき、その家賃を独り占めしていたことが発覚した――。

■物忘れと幻視
元船員で家族に暴力を振るっていた父親が亡くなってから約3年の2021年秋。
この頃から、一人暮らしの母親(当時86歳)が玄関の鍵の閉めを忘れることが増えた。
母親は「夜は確かに閉めたけど、朝になったら開いていた」と言うため、烏丸さんは「しっかり者の母なのにおかしいな……」と思い始める。烏丸さんが訪問した時に開いていたこともあり、心配になった。
また、もともと難聴があった母親は、70代後半から自発的に補聴器を使うようになっていたが、頻繁に補聴器を失くしてはヘルパーや烏丸さんが見つけるということが増える。「何をした時にどこに置いた」という一連の行動の記憶がすっぽり綺麗になくなっているということが起き始めた。
「2019年1月に初めて患った直腸脱が2021年7月に再発し、8月に再手術で1週間入院したのですが、腰椎圧迫骨折後もできる限り母は『元気でいなきゃ!』と自主的に体操や家事に勤しんでいたのですが、入院中に絶食が数日続き、すっかり痩せて元気がなくなって退院して以降、動くことが億劫になってしまったようで、寝ていることが増えました」
さらに2022年5月頃、母親は幻視を訴え始める。
「母は昔から、いわゆる『見える人』でした。だから『部屋の中を時々子どもが走る』『今、ここに着物を着た女の子が立っている』と言われてもさほど驚きませんでした。でも、最初に驚いたのは眼科からの帰り道でした」
当時定期的に通っていた眼科で「眼圧が高い、このままだと緑内障になる」と言われ、眼圧を下げる目薬が処方されての帰宅中、突然母親が、「こっち側、なんか凄い石垣やねぇ。いつできたんやろ?」と左側を指さしたときだ。
そこには石垣などなく、普通の住宅が並んでいた。そのうちに、「箪笥に知らない衣類が入っている、誰かよその人が入ってきて入れたんだ」と言い始める。

烏丸さんははっきりと「認知症による妄想が始まったんだ」と確信した。
やがて同年9月末頃。かかりつけの眼科医から「眼圧が30になっている。紹介状を書くので大学病院に行ってください。緑内障です」と言われ、10月に緑内障の手術を受ける。
ケアマネジャーのアドバイスで要介護度の区分変更を申請した結果、母親は要介護1と認定された。
■実家の家賃問題
母親の体調が悪化する中、さらなる災いが起こる。
2023年春。父の死後、2018年後半からずっと姉夫婦が実家の借り手を探していた。年金頼りの母親の生計や介護費用の足しにするべく、家賃収入は必須だったが、烏丸さんの姉は決まって「まだ借り手が見つからない」とぼやくばかり。
ところが、これが真っ赤なウソであることが発覚した。烏丸さんが何気なくgoogleのストリートビューを見ていると、かつて一家が住んでいた家の玄関に見慣れない表札が映っていた。
画面を拡大すると「○○学習塾」と書いてある。びっくりした烏丸さんが住所で検索すると、「○○学習塾」と出てきた。逆に「○○学習塾」で検索すると、実家の住所が出てきた。ストリートビューは、2020年の情報だった。姉が3年間にもわたってウソをついていたことに烏丸さんは愕然とした。
いや、何かの間違いかもしれない。自分の目を疑い、慌てて姉が依頼していた不動産会社のサイトを調べると、烏丸さんの実家の家賃は「6万円」で「賃貸中」となっている。姉の裏切りが確定した瞬間だった。
父の死後、母親は、
・父親の現金は要らない

・土地と家は、自分は住む気はない

・売る場合は、自分も苦労して建てた家なので、売れた金額の半分はほしい

・売らずに借家にした場合は、家賃の5~4割程度はほしい
と言い、姉も烏丸さんもそれで合意。ただ、姉は家を売ることを一人嫌がり、「リフォームして借家にする」と言うため、烏丸さんと母親は姉に任せた。だが、姉は母親と烏丸さんに隠して、不動産会社への管理費を差し引いた分の家賃収入を、3年間も独り占めしていたのだ。
「残念なことに、父の死後、母子3人で相続について話し合った記録はありません。
単なる口約束で、書面も録音もありません。あの時は、姉がこんなウソをつくとは思いませんでした。でももう信用できません。問い詰めれば、『そんな約束していない』と姉はシラを切るかもしれません。でも母のためにもなんとかしたい。金銭的な心配を少しでも軽くしてあげたいと思いました」
信頼していた身内の裏切りは大きな傷を残す。烏丸さんは、今後は姉と話し合うときはすべて録音しておこうと思った。
烏丸さんがウソに気づいた後も、姉は相変わらず、「借り手が決まらない」とぼやき続けた。烏丸さんは思わず「おい!」と突っ込みたくなったが、ぐっと耐えた。姉と揉めると母親が悲しい顔をするからだ。
「できれば私が指摘する前に、姉の口から母に話してほしいと思っていました。過去に遡らなくても、『やっと決まったんよ』と言って、来月からでもいいので母に家賃を払ってやってほしいと思いました」
しかし烏丸さんの思いは虚しく、姉はその後もウソをつき続けた。

88歳の母親の家まで車で5分ほどの烏丸さんは、平日は仕事の後、土日は日中に母親の様子を見に行っているが、車で20分ほどのところに住んでいる姉は、無職だが何もしていない。「何でもするけん、いつでも言ってね」「ひとりで抱えたらいかんよ」と口では言うが、いざ通院の付き添いなどを頼むと、「忙しい」「その日は無理」と言って断られていた。
要介護1と認定された母親は、週1回のデイサービスと、週に2回のヘルパーを利用している。一人暮らしが心配な烏丸さんとしては、もう少しサービスの利用を増やしたいが、母親の経済的にはこれが限界だった。
「借家の家賃収入から姉が月々2万円でも3万円でも母に渡してくれたら、母は1000円、2000円の買い物をためらわなくてもすむようになります。デイやヘルパーを増やすことも、経済的に問題なくなります。しかし、姉の性分を考えると、ここまで誤魔化してきたのなら、今後も自主的に話すとは思えません。ストリートビューの写真だけだと、『すぐ出て行かれて、今はまた空き家なんよ』と言って逃げられそうなので、近日中に家を確かめに行こうと思いました」
後日、烏丸さんが確認しに行くと、やはり実家は「○○学習塾」となっていた。
2023年の春。母親がいつものように「家は誰か借り手が付いたん?」と姉に聞いた。いつものように「借り手は見つからない」と言う姉。その顔を見た時、烏丸さんは「今しかない」と思った。
問い詰めていくと、少なくとも2020年には借り手が付いていたことを姉は渋々認めた。
だが、「家賃の5~4割程度を母に渡す」と言ったことに関しては、「5~4割程度なんて無理。そもそも約束した覚えはない」と言い張って譲らなかったため、母親が折れ、毎月1万円だけ入金してくれることになった。もともとは両親が建てた家であり、姉が勝手に仕事をして家賃収入を独り占めしていいはずがない。しかし父親が亡くなった後、まさか姉がここまで傍若無人なことをするとは想像していなかった烏丸さんと母親は、実家の名義を姉にしてしまっていた。
■妄想が悪化していく母親
その後、母親の幻視やそれに伴う妄想はどんどん悪化した。
「庭にトウモロコシが生えていると言ったり、タクシーを降りた所から玄関までが崖になっていると言ったり、近所の家が爆弾が落ちた後のように壊れていると言ったり、どんどん酷くなっていきました。人物や動物の幻視も増えました。人物は、顔が曖昧だったり、『目だけ』『頭だけ』といったパーツだけあると言ったりすることも多く、『箪笥を開けたら顔があった』『1cmの隙間に人が入っている』……と、ホラーな幻視も多かったです」
ついには、「私が留守の間に大家さんが箪笥に衣類を入れていく」「大家さんが冷蔵庫を触っている」「大家さんが出汁の素を棚に入れていく」と、大家さんを疑い始めた。
「大家さんなら自分の家の鍵を持っているので、『きっと大家さんだ』と疑いはじめたのだと思うのですが、衣類に関しては、何年もしまいっ放しで記憶から抜け落ちてしまっている服ばかり。昔仕事で着ていた叔父の会社のユニフォームも忘れてしまったらしく、『これは私のじゃない』の一点張り。『叔父の会社のユニフォームを大家さんが持ってるわけないでしょ』と思うのですが、そんな判断もできないのが認知症なのでしょうね……」
母親は「私のじゃない」と言っては古い衣類を引っ張り出し、袋詰めにしていくため、どんどん箪笥は空っぽになっていく。
そんなある日、「見て。箪笥の子の引き出しが、ほとんど空になっとるんよ。いっぱい入っとったろ?」言い出した。
「そりゃあ、あれだけ引っ張り出したら、箪笥も空になりますよね。でも問題なのは『母が日々悶々と考えている』ということでした。幻視や妄想が悪化してから母は、短期記憶もあやしくなりました」
妄想による不安といえばいいのか、不安からくる妄想と言えばいいのか迷うが、母親はとにかくそればかりが頭の中を占めているため、生活する上で記憶するべきことまで記憶できなくなってしまったようだ。
「本人からすると、部屋の中に知らない人が入って、物を置いたり場所を変えたりしてるんですから、気持ち悪いことこの上ないですよね。気にするなと言うほうが無理。それはよく分かります。でも頻繁に妄想を聞いていると、私も胸に鉛を詰め込まれたような重苦しい気持ちになっていきました……」
2023年5月。母親は自分を傷つけるようになった。
「最初は、妄想やせん妄で取り乱したり、混乱した状態で感情が昂った時に、自分を叩いたり壁に体をぶつけたりしていました。妄想がひどい時は『自分は狙われている!』という内容が多かったです。私が妄想を訂正しようとすると、『この頭が悪いんじゃ!』などと言って、自分の頭を素手や棒で叩いたり、頭を何かにぶつけようとしたりしました」
そんな時、烏丸さんは母親の手を取り、目線を合わせて、母親の言うことを否定せず、ひたすら傾聴して落ち着かせた。落ち着いてきたら、少しずつ話を逸らし、冗談を言ったりして笑わせるようにした。
■90歳の母親を通い介護するということ
2023年6月に心房細動と診断されると、母親は毎朝夕に血圧を測るように言われたため、烏丸さんは平日は毎朝夕、休日は終日母親の家に行くようになった。
烏丸さんは、平日は6時頃に起き、7時過ぎに自宅を出ると、母親の家に寄り、補聴器を装着させ、服薬やバイタルチェックなどのサポートをしてから出勤。17時半頃に退勤すると、やはり母親の家に寄り、母親の家で母親が作った夕飯を摂り、後片付けや翌日の準備などのサポートをした後、20時頃に自宅に帰るという生活をしている。
休日は9時半から19時半頃まで母親の家事のサポートや話し相手、買い物介助など、平日に出来ない用事をこなす。もはや自宅には寝に帰るくらいになっていた。
同年12月。母親は「レビー小体型認知症」と診断された。「レビー小体型認知症」は、アルツハイマー型認知症の次に多い認知症だ。脳の神経細胞にレビー小体という異常なタンパク質がたまることで、認知機能の低下やパーキンソン症状、幻視などを引き起こす。
「現在母は90歳と高齢ですし、もともと心臓に難を抱えている上に心房細動の診断もあり、あと何年元気でいてくれるか、どこまで認知症が進むのかわかりません。通い介護なので、母の体調の悪い日に帰る時はものすごく心配になりますし、朝、母の家の玄関を開ける際にはいつも『倒れていたらどうしよう』と不安になります。補聴器を自力で着けられなくなってから母は、滅多に電話に出なくなりました。電話に出ないとやはり不安になります。不安が無い日はありません」
姉はそんな不安を分け合える唯一対等な存在であるはずだった。だが、「ひとりで抱えられん(抱えないで)」「何でもするから何でも言って」と決まり文句のように言うものの、いざ何かを頼むと「今は無理」「急に言われても無理」「そんな先の事は分からん」などと言って応じてくれた試しがない。
烏丸さんの妻も、自分の母親を介護している。お互いに自分の親を介護していればよき相談相手になるかと思いきや、妻は烏丸さんの母親が1回目の腰椎圧迫骨折を起こした頃、「うちの家や親戚のことは、あなたは関わらなくていい。その代わり、あなたの家や親戚のことは、私は関わらない。自分の家のことは自分でやろう」と言って線を引いた。
そんな烏丸さんの身近な相談相手はケアマネジャー。救いの場はブログだった。
「ケアマネさんは、ものすごくフットワークが軽く、相談するとすぐに対応し、母にも私にも寄り添った提案をしてくださるので、とても頼りにしています。私が通院に付き添えなくなった時、介護タクシーや訪看さんを紹介してくれたのもケアマネさんでした。先日も、母が転倒して肋骨を折ってしまったことを伝えると、翌日にはヘルパーさんもデイの事業所も母の骨折のことを知っていて頼もしく感じました。ブログは、文章に書き出すことで気持ちの整理ができますし、客観的に自分の状態が分かるので、メンタルヘルス管理に役立っています。コメントをもらえるととても励みになりますし、とても救われています。時々、その道のプロや、介護を卒業された方からアドバイスをもらえることもあって、とてもありがたいです」
母親が自分を傷つけるとき、烏丸さんは「そんなことしたら、僕もつらいがね」と語気を強めてしまったことがある。すると母親は、「つらい思いさせてごめんね!」と、さらに自分を叩こうとしたため、どんな時も、穏やかであろうと努めている。
「介護そのものに関しては、つらいと思った事はありません。でも『わーっと泣けたらスッキリするのにな』と思うことはよくあるのですが、なかなか泣けなくて……。自分に『仕方ない、仕方ない』と言い聞かせたり、車の中で思いの丈を叫んだり、車を停めて放心状態になったりしています」
姉や妻と同じ目線で介護の話ができれば、烏丸さんが抱えるつらさはきっと今より軽くなっていたに違いない。介護だけではない。家事でも仕事でも、自分が頑張っていることを身近に理解して評価してくれる相手がいるかいないかが、精神的なつらさを大きく左右する。
「親の介護は、親との関係性で大きく変わると思いますが、良好な関係であっても、介護は精神的にも体力的にもつらく苦しく悲しいことばかりです。慣れてきた側から想像を超えることが次々に起こり、容赦なくメンタルが削られます。私は、母が笑ってくれるだけでそんなつらさがすべて吹っ飛ぶのですが、またすぐに現実を叩きつけられます……」
烏丸さんは、これから介護に向き合う人に、こうアドバイスする。
・介護から離れる時間、自分の時間を持つこと

・他人の介護と比較せず、自分が今できること、今しかできないことを自分なりにやること
「介護を卒業された方の中には、『思い返せば、幸せな時間(かけがえのない時間)だった』と言う人もいます。私は今はまだそれを実感できませんが、ぼんやりと、『介護は自分のためでもあるんだな』と理解しています。後悔のないようにすることが大切だと思います」
介護はしてもいいし、しなくてもいい。たとえ親が要介護状態になったとしても、子どもは自分の人生を優先していい。ただ、自分が後悔のないようにすることを第一に考え、納得した上で進むべき道を選択してほしい。重要なのは「納得のプロセス」だ。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)

ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。

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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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