東大合格者数で44年連続で日本一を達成している開成で中国人の生徒数が増えている。開成卒業後、東京大学理科一類を経て、東大院で学びながら、家庭教師サービスの事業をしている後藤弘さんは「中国人家庭の教育にかけるパワーはすごい。
お金に糸目はつけず、中高一貫校への進学率が高い都内の区にわざわざ引っ越してくることも少なくない」という――。
■開成で見た中国人同級生の「規格外」ぶり
「通訳も一緒に入室してよろしいでしょうか」
東京大学の大学院で学びながら家庭教師サービスを運営している私のもとに、こんな依頼が届いたのは昨年の冬のことです。オンライン面談にいらっしゃったのは中国人の母親。決して日本語が話せないわけではありませんが、「知りたいことを100%正確に理解するために」と、わざわざ通訳まで手配していたんです。
30分間の面談で矢継ぎ早に質問されたのは、私自身の高校生(開成)の頃の勉強時間、通っていた塾(特に高校で通った「鉄緑会」)について。教育に対する熱意とお金の使い方に、正直驚いてしまいました。この時期を境に、中国人家庭からの依頼が増えていきました。昨冬は2人だった中国人の生徒も、現在では20人以上に急増しています。
そんな彼らの教育に対する姿勢、戦略的思考、そして子どもへの期待値は、日本人家庭の想像をはるかに超えています。
今回は、開成中高時代から東大院まで、一貫して中国人同級生と関わってきた私が目の当たりにした、中国人家庭の「ヤバすぎる」教育投資術をお伝えします。
私が開成中学・高等学校に在籍していた約10年前、1学年(中学約300人、高校約400人)に5~6人の中国人同級生がいました。高校の校内模試で東大合格の目安となる上位100位に入る「百傑」に今では中国人生徒が普通にランクインするなど、その存在感は増していると聞きます。

在学当時、一番印象的だったのは、同じクラスだったTくんです。中学生の頃からプログラミングに没頭し、学校のパソコンにソフトを勝手にインストールしてパソコンを4台も壊すという事件を起こしました。結果は1週間の停学処分になりましたが、そもそも学校のパソコンの環境自体を変えてしまう“スキル”と発想に、衝撃を受けました
中国人同級生たちの家庭の共通点は早期教育です。開成の同窓で東大院でも一緒のSくんは、3~4歳の頃からピアノを習っており、その腕前は本物。中国では幼少期からの芸術教育が国策として推進されており、このような教育投資が当たり前になっています。日本でも早期英才教育をする家庭はありますが、その規模と熱量は中国人がはるかに上回ります。
勉強に対する姿勢にも、日本人とは異なります。彼らの努力量は圧倒的で、ひたすら「量」をこなします。TBS「東大王」に出演した縁で、私が以前、中国最大のクイズ番組『最強大脳』にゲストで出た際も、北京大学の学生が「受験生時代には1日14時間勉強していた」とこともなげに話しており、愕然としたのを覚えています。そのやり方には日本なら賛否が出ると思いますが、現地では批判されません。スパルタは普通の感覚です。
■週3回・3人の専門家庭教師と通訳付き面談の衝撃
家庭教師の会社を運営していて一番驚いたのは、冒頭の通訳付き面談でのやり取りです。
通訳を介してまで聞きたかったのは、おそらく「成功のための具体的な勉強法」だったんでしょう。日本語での微妙なニュアンスも逃さず、100%理解したいという教育への執念を感じました。
その情熱が最も表れているのが、前述した教育への投資です。例えば、IT企業の社長や投資家など一部の富裕層家庭では、塾に加えて個別指導と家庭教師を毎日のように入れ、月の教育費は50万円近くにのぼることも。中学受験のSAPIXや中高生が対象の鉄緑会の月謝が5万円前後であることを考えると、10倍。すべての中国人家庭がこうではありませんが、教育への本気度は日本の比ではありません。
「良い授業を受けられるなら、お金に糸目はつけません。ここなら、複数の先生を単発で試して良い先生を選べると聞きました」
面談でこう話された母親の表情は、鬼気迫るものがありました。
他の家庭で印象深かったのは、父親だけが子供と来日し、中国に残る母親と離れて親子で受験勉強に取り組むケース。「子どもの教育のためなら、家族が離ればなれになることも厭わない」という覚悟に、正直驚いてしまいました。
■「都心6区」への住環境戦略が凄まじい
中国人家庭が教育投資の一環として特に重視するのが、住環境選びです。彼らの狙い目は「都心6区」の文京区、港区、中央区、千代田区、渋谷区、新宿区。
その周辺を「城北」「城東」と中国風の呼び方で区分けしているのも興味深いポイントです。
選定基準は明確です。評価が高く、名門中学への進学率が高い公立小学校があるかどうか。中でも有名なのが「3S1K」と呼ばれる文京区にある4つの公立小学校、誠之(せいし)小学校、昭和小学校、千駄木小学校、窪町小学校です。文京区の学校にわが子を通わせるために現在住んでいる家を売り、文京区のに引っ越すことも珍しくないそうです。
「公立小学校の教育内容自体はどこも似たようなものですが、友達や周りの環境が重要なんです」
ある母親はこう話していました。中国人コミュニティで使われているSNS「WeChat」や「RED」では、こうした日本の公立小学校ランキングや子育てにおすすめな区の情報が活発に共有されています。彼らにとって情報は財産であり、良いと思った情報は惜しみなく仲間内で共有する文化があります。
これは日本の受験が個人主義的なのとは対照的です。本来ライバルとなる同学年の子供たちでも、共に成績を伸ばしていく姿勢には、日本の受験コミュニティも学ぶべき点があると感じました。
一方で、日本の強みは「治安の良さ」や「地域のつながり」にあります。実際に中国人の方からも「子供が1人で外を出歩ける環境は信じられない」という声をよく聞きます。
教育環境の選び方に違いはあっても、日本社会の安全性やコミュニティの安心感は、中国人家庭が日本を選ぶ大きな理由のひとつだと感じます。
■東大院で見た中国人学生の驚くべき実態
東大の大学院に進学して、中国人学生の存在感は東大時代より増しました。なんと、東大の大学院生の5人に1人が中国人(私が所属する研究室の中国人率は50%)。この比率の高さ自体が、今の日本の大学院の現実を物語っています。
彼らは、就職活動における上昇志向も強いです。就職先として圧倒的に人気なのはコンサル業界で、応募者の多くは中国語・英語・日本語を自在に操るトリリンガルです。先輩の一人はアクセンチュアに就職し、面接では日本語で受け答えをしていましたが、「中国語と英語もできますか?」と問われると、即座に言語を切り替えて流暢に応対できたそうです。
また、最近は大学学部レベルでも慶應のPEARL(多様な国籍の学生が英語で経済学を学ぶ)や早稲田のEDESSA(同大政治経済学部内にある英語での授業のみで政治学・経済学を学ぶ)といった英語学位プログラムが、中国人の間で注目を集めています。私の周りにもPEARLに通う中国人留学生が多く、卒業後は海外大学院やグローバル企業に進むといったキャリアを志向するケースが目立ちます。
■中国vs日本、教育制度の根本的違い
中国人家庭が日本の教育を選ぶ理由を聞くと、必ず出てくるのが「個性を伸ばす教育」への期待です。
中国の教育は「正解を求める教育」です。例えば数学の問題も、解法は一つと決まっていることが多く、それを早く正確に解くことが求められます。
一方、日本の教育は「プロセスを重視する教育」だと彼らは評価しています。
グループワークと発表、多様な部活動、主体的な学びの時間。これらを通じて協調性やコミュニケーション能力、深く考える力が育まれると考えているのです。
また、中国では現在「美育(mei yu)」という芸術教育が国策として推進されています。これは単に音楽や美術を学ぶだけでなく、創造性や美意識を育む教育方針です。「芸術等級試験」という国家資格もあり、ピアノやバイオリンの実技能力が大学入試で加点されるケースも出てきています。
しかし、最も大きな違いは受験制度です。中国の大学入試「高考(gao kao)」は年に一度の一発勝負。この数日間の結果が人生を大きく左右します。交通規制が敷かれ、街中が協力するほどの一大イベントです。
対して日本は、共通テスト、私立個別試験、推薦入試など多様なチャンスが用意されています。面接や小論文、グループディスカッションなど、筆記試験以外の能力も評価される多角的な評価システムに、中国人家庭は大きな魅力を感じています。
そうした日本の受験体制を見込んで、わが子を日本で学ばせたい中国人家庭が増えているのでしょう。
■中国人家庭から学ぶこと、大切にしたい日本らしさ
会社を通じて多くの中国人家庭と接する中で、彼らから学ぶべきことは確実にあると感じています。まず驚かされるのは、日本では最近否定されがちな「量をこなす」ことへの抵抗感が一切ないことです。日本では効率的な勉強法が重視されがちですが、中国人の同級生たちを見ていると、基礎をしっかり固めるためにはある程度の量も必要だと感じます。開成時代の中国人同級生も、人より早く準備を始め、コツコツと積み重ねることで結果を出していました。
さらに印象的だったのは、情報共有に対する考え方です。本来ライバルになるはずの同学年の家庭同士でも、良い情報があれば積極的に共有する。この「みんなで一緒に成長しよう」という文化は、個人主義的になりがちな日本の受験環境にも必要かもしれません。
ただし、こうした教育投資にはリスクもあります。過度な競争や期待が子どもに大きなプレッシャーを与え、不登校になったり、親との会話がなくなったりといったケースも見てきました。
日本には日本の強みがあります。「効率的な学び方」や「協調性」、そして「安全で自由な生活環境」は、海外の家庭が日本教育を選ぶ大きな理由のひとつです。加えて、多様な部活動やグループワーク、個性を尊重する教育文化は、日本ならではの魅力でもあります。大切なのは、お互いの良い部分を学び合いながら、それぞれの文化の特色を活かすことだと思います。
中国人家庭の教育投資術は確かに圧倒的です。しかし日本にも、効率性や多様性、安心して学べる環境といった独自の強みがあります。
大切なのは、どちらかを優劣で語ることではなく、互いの良さを学び合いながら、新しい教育の形を築いていくことです。
子どもたちがそれぞれの可能性を最大限に伸ばせるように、私も教育の現場からその橋渡し役を担っていきたいと思います。

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後藤 弘(ごとう・こう)

bestiee代表

2001年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学工学部に進学。2021~2024年、TBS『東大王』にレギュラー出演。ミスター東大2023グランプリ。知り合いのお兄さんの影響で勉強嫌いを脱却できた経験から、「お子様と運命の先生との出会いを作りたい」との想いで、家庭教師サービス「ベストティーチ」を運営。

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(bestiee代表 後藤 弘)
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