JR北海道が苦境に陥っている。北海道新幹線の札幌延伸は遅れ、全20区間で赤字が続いている。
鉄道ジャーナリストの東香名子さんは「現場でも安全確認の怠慢や人為的なミスが後を絶たない。私自身、今年7月に『あわや脱線か』というトラブルに遭遇した」という――。
■JR北海道「凄惨事故」と「安全」の歴史
近年のJR北海道は、不祥事が相次いでいる。世間に大きな衝撃を与えたのが、2011年に発生した石勝線の特急列車脱線火災事故だ。
釧路発札幌行きの特急スーパーおおぞらで、走行中に異音と振動を感知した運転士がトンネル内で停車。その後、列車から火災が発生し、煙が車内に充満した。248人の乗客と運転士ら4人は、暗く煙が充満したトンネル内を徒歩で避難。この事故で乗客78人と乗務員1人が負傷した。
列車は5両目が脱線し、火災により6両が焼損。真っ黒に焼け焦げた車両の写真は、多くの人を戦慄させた。
この事故を受け、国土交通省から業務改善命令が発令され、JR北海道は安全対策の強化を誓った。しかし、その2年後の2013年には函館本線で貨物列車脱線事故が発生。
同省の特別保安監査により、多くの線路検査データの改ざんが判明したのだ。鉄道の安全を脅かす由々しき事態に、多くの国民が肝を冷やした。
2014年には国土交通大臣から「輸送の安全に関する事業改善命令及び事業の適切かつ健全な運営に関する監督命令」が発令され、抜本的な改革が求められた。なお、この一連の出来事の渦中、2011年には当時の社長が、2014年には元社長が自ら命を絶っている。
JR北海道は、現在も「安全」を経営の根幹と位置づけ、2024年に策定した「安全計画2026」に基づき、さらなる安全性向上に向けた取り組みを進めるとしている。
■安全性向上に取り組んでいると思いきや
「安全計画2026」を策定した後も、不穏なニュースは後を絶たない。函館線砂川駅で2024年11月、貨物列車の接近中に作業員が線路に立ち入り、安全対策を怠ったことを隠すために虚偽の報告をしていたことが判明した。
また同月内、北海道森町の函館線内で貨物列車脱線事故も発生し、大きく報道された。レールの著しい腐食が脱線の原因の一つで、脱線の起点とみられる現場の踏切では、通常15ミリの厚さがあるレールがわずか3ミリ程度にまで腐食。1メートル以上にわたって破断していたという。
レールは、事故の2カ月前に行われた超音波検査で画像の乱れが見られたにもかかわらず、目視で「異常なし」と判断され、詳細な確認が行われていなかった。過去にも同様の腐食が見過ごされていたことが明らかになり、社内での点検体制に問題があることが露呈した。

■報道されていない「凡ミス」も起きている
2025年に入ると、函館線内で保線作業中にグループ会社社員が見張りの業務を怠り作業に加わった事案や、札幌駅構内で運転士が操作を誤り急停車、乗客6人が怪我をする事態も起きた。
安全確認の怠りや、人為的なミスや安全管理上の不祥事が相次いで発生するJR北海道。安全対策を強化しているというものの、組織風土の根本的な改善には至っていないのではないかと、利用者としては不安を感じる。
大きな事故等はニュースになるが、トラブルに繋がりかねない「凡ミス」は密かに起きているようだ。私も「あわや脱線か」と実際に肝を冷やした体験がある。
■楽しみにしていた「3時間半の鉄道旅」
2025年7月30日、JR宗谷本線の特急サロベツ(稚内発旭川行き)に乗った時のことである。
宗谷本線は、日本最北端の稚内駅から旭川駅を結ぶ、鉄道ファンにも人気の高いローカル線だ。13時5分、定刻通りに稚内を出発した列車は、雄大な草原と天塩川と並走し、北海道の大自然を満喫しながら快走していた。旭川の到着時刻は16時45分。およそ3時間半の旅である。
初めての宗谷本線に乗ることを楽しみにしていた私だが、実はその前々日、札幌市の上野幌駅構内の線路上に穴が発見され、一部列車が運休した、というニュースを聞いていた。その穴の大きさは、縦約50センチ、横約60センチ、深さ約150センチで、陥没した原因はわかっていないという。

立て続けにトラブルは起こらないだろうと思いながらも、失礼ながら「JR北海道、大丈夫かな」と半分信頼できずにいた。しかし、その不安は的中することになる。
■「レールが暑さで破断」と不穏なアナウンス
旅が順調に進んでいた15時過ぎ、途中の音威子府(おといねっぷ)駅の手前で不穏なアナウンスが車内に響き渡った。
「この先のレールが暑さで破断したため、交換作業を行います。しばらくの間、音威子府駅で停車します」
驚いてしまった。レールの破断とは、おおごとではないか。レールの破断といえば、前年の函館線内の貨物脱線事故がつい頭をよぎる。
「またか、JR北海道」。いや「やっぱり、JR北海道」。
失礼ながら、率直にそう思った。破断に気づかず通れば、脱線していた可能性がある。脱線しなかっただけセーフだが、未然に防げなかったのかと、怒りさえ込み上げてきた。

■想定外のトラブルでも冷静な乗客たち
アナウンスがあっても、特に車内で混乱はなかった。30%ほど座席が埋まっている程度で、混雑はない。夏真っ盛りで外気温は暑いが、幸い、車内はクーラーが効いている。
「暑さでレールが破断」とのことだが、この日の周辺気温を調べてみると、最高気温は29.6度(アメダス)だった。外に出ると日差しが強く、暑いには暑いが、レールが破断するほどなのかは疑問ではある。
しばらく停まるなら駅を散策するかと、悠長なことを考えた私は、ホームに出た。この停車中の音威子府は「おといねっぷ」と読み、鉄道ファンやクイズ好きにはちょいと知られた難読駅だ。ホームに降り立つと、鉄道ファンと思しき小学生の男の子が、ここぞとばかりに車両を撮影している。つられて私もスマホで撮影を始めた。
すると、駅の階段でせわしなくダンボールを用意する駅職員の姿が見えた。「停車は長くなりそうですか?」と尋ねると、「2時間以上は……」と申し訳なさそうな返答が。責める気持ちはなかったが「えーっ!」と声を出してしまった。
2時間以上の足止めは予想外だった。
■水と非常食の差し入れに感謝するも…
停車から15分ほど経過した頃、乗客にはペットボトルの水と「カロリーメイト」が配られた。
こうしたホスピタリティあふれる対応に感謝しつつも、私はスマホの充電が残り少ないことに焦っていた。モバイルバッテリーは持ち合わせていなかった。差し入れはありがたいが「充電をさせてくれないか」と強く願わずにはいられなかった。
もちろん今すぐ命に関わるわけではないが、毎日スマホを触る生活をしていると、その充電が切れることを想像するだけで精神が乱れる。
鉄道会社の皆さんへ、有事の際は、充電のサポート体制があると非常に助かるんだがなあ、とワガママを承知でここに提言しておく。
■「鉄分」多めの駅での足止めは幸運だった
長時間の停車は残念だが、私のような鉄道好きにとっては、こうしたトラブルもまた一つのイベントでもある。音威子府駅を散策できる絶好の機会。駅構内には、すでに廃線になった「天北線」(かつて音威子府~浜頓別~南稚内を結んだ)の資料室があった。鉄道の歴史に触れることができたのは思わぬ収穫だった。
さらに駅舎はありがたいことに充電スポットが豊富で、何カ所も電源が開放されていた。
ある一角で、3つ差し口のあるコンセントを、他のご婦人と共有した。同じように充電の減りに不安を感じる人がいたのだ。中には欧米人の女性もいた。
■予定より約3時間遅れで旭川駅に到着
「困りましたねぇ」と井戸端会議に興じていると、「運転再開は17時半になります」とのアナウンスが流れた。「えぇー」とご婦人方と目を合わせて驚いたが、充電もできたことだし、長時間待つ覚悟を決めた。
結局、運転再開までに3時間近くもかかった。終点の旭川駅に着いたのは19時半を過ぎたころだ。列車の規定により、到着が2時間以上遅れると、特急料金が払い戻しになる。今回の特急料金2950円をきっちりゲットし、へとへとになりながら旭川駅前のホテルに向かった。
ところで「レールの破断」は大丈夫だったのだろうか? この衝撃的な出来事は、特にニュースになることはなかった。一体なぜか。
■ニュースにならない「レール破断」の怪
「暑さでレールが破断」という衝撃的なアナウンスは、私たち乗客の不安を煽ったが、この件が大きく報道されることはなかった。
当日のX(旧ツイッター)アカウント「JR北海道 列車運行情報【公式】」には、本件と思われる運行情報が投稿されていた。「美深~天塩川温泉間で、線路点検を行っているため、一部の列車に運休・遅れが出ています」とのことだった。
きっと深刻な事案であり、報道されるだろうと思いきや、待てど暮らせど「破断」がニュースになることはなく、JR北海道の公式ホームページにも発表はなかった。乗客の安全に関わる問題は、直ちに開示するべきであると思うのだが。
■「破断を隠しているなら、それこそ大問題だ」
そもそも「暑さでレールが破断」というのはあり得るのだろうか。当日の気温は30度弱で、そこまで猛暑というほどではない。毎年猛暑になると、線路の温度が上がり、運転規制がかかったというニュースは各地で聞かれる。どれも鉄が熱せられてレールが伸びて歪んでしまう、などの理由で「破断」というわけではないようだ。
なんだかモヤモヤしたのでJR関係者に聞いてみた。すると「暑さでレールの『破断』は聞いたことがない」という。さらに発表がされていないことを伝えると、「仮にJR北海道がレール破断を隠しているなら、それこそ大問題だ」とも言う。一体何が起きているのか。
事態を明らかにするために、JR北海道旭川支社に問い合わせを行った。果たして何と回答するのか。
■嘘かまことか「レール破断」の真相
旭川支社の担当者からはメールで返答があった。
「今回は『レール破断』ではなく『レール張り出し』のような状況だった。現場で作業していた社員が、レールが曲がっているような状況を発見し、列車を抑止。その後、措置を行ったため、運休・遅れが発生した。原因については、暑さの影響があると思うが、断定はできない」
ちなみに「張り出し」とは、簡単に言えば「暑さで線路がゆがむこと」である。真実は、レールの破断ではなく、レールの変形だったようである。ぽかーん。
「では、アナウンスは間違いだったのか」と聞くと、「おそらく勘違いと想定されます」ということだった。
「よかった、破断したレールはなかったんだ…」とホッと胸を撫で下ろすのも束の間、乗客の安全に関わる重要な情報が正確に伝えられていなかったことは残念である。なお今回の件は、主に北海道内のテレビ局、新聞などに向けてリリースをしたが、内容が報道されるかどうかは報道機関次第だったという。
連日の猛暑による線路トラブルは全国的な問題である。特に北海道は、厳冬と猛暑を繰り返す過酷な環境だけに、レール保守はとても大変に違いない。今回も、レールの張り出しに対処してくれ、感謝の気持ちが大きい。
しかし、今回の件は交通インフラとして今後どのように情報提供をしていくべきか、改めて考えさせられる出来事だった。安全への取り組みはもちろん、乗客への情報提供も正しくこなすことが交通インフラとして生き残る条件ではないだろうか。

----------

東 香名子(あずま・かなこ)

コラムニスト

鉄道コラムニスト。鉄道トレンド総研所長。メディアコンサルタント。外資系企業、編集プロダクション、女性サイト編集長を経て現在フリー。メディア出演多数。著書に『超タイトル大全 文章のポイントを短く、わかりやすく伝える「要約力」が身につく』ほか。

----------

(コラムニスト 東 香名子)
編集部おすすめ