■「夫婦の間にピリピリした空気が…」
ここ最近、病院でこんな相談が増えています。
「最近、子どもにキツく当たってしまって……。以前は『学校はどう? 宿題は大丈夫か?』って話を聞くのが楽しみだったのに、先日『そんなの自分で考えろ!』って怒鳴ってしまって……」
40代後半のAさんは、診察室でそう話されました。詳しく伺うと、ここ数年で仕事の責任が増え、帰宅する頃にはクタクタの状態。「自分でも抑えがきかないときがあって、夫婦の間にピリピリした空気が漂い、子どもたちも話しかけにくくなっている。でも、どうしたらいいのか分からない」と、困り果てた様子でした。
一方、50代前半のBさんは、以前は休日になると家族でドライブや買い物を楽しんでいたそうです。ところが最近は、「体がだるくて、外に出る気がしない」とのことで、週末はソファでテレビを見ながらウトウトすることが増えたといいます。
奥様は「私ばかり家事や子どもの相手をしている」と不満を漏らされることが多くなり、Bさん自身も「良くないのは分かっているけど、つい『俺だって疲れているんだ!』と反論してしまって……」と話されていました。そのたびに空気が険悪になるのを感じているそうです。
■「男性更年期」の入り口は意外に早い
「ちょっとしたことでイライラする」「以前は好きだった趣味に興味が持てない」「疲れが抜けない」「仕事に対して、やる気が出ない」「色々なことに前向きになれない」――こうした変化を「年のせいかな」と流してしまう男性は少なくありません。
ところが、その裏には「男性更年期障害(LOH症候群)」が隠れていることがあります。日本インフォメーション株式会社の調べでは、30代後半からすでに「イライラしやすい」「気分が落ち込みやすい」といった症状を感じ、“男性更年期の入り口”に差しかかっている人も少なくないことが示されています(*)。
*日本インフォメーション株式会社「#73 ~理解・話題化には消極的?~男性更年期に関する調査」
■女性のように「節目」がなく、気づきにくい
男性更年期は、加齢やストレスに伴い男性ホルモン(テストステロン)が低下し、心身にさまざまな不調をもたらす状態です。女性の更年期のように閉経という明確な節目がなく、徐々に症状が進むため、自分でも気づきにくいのが特徴。家族や同僚から「最近変わった」と言われて初めて異変を意識するケースも珍しくありません。
男性更年期の症状は、大きく「身体症状」「精神症状」「性機能症状」に分けられます。身体症状としては、疲労感や肩こり、筋力低下、発汗異常など、精神症状とは、睡眠障害や、イライラ、怒りっぽさ、不安感や意欲低下、集中力の低下などです。そして、性機能症状は性欲減退やED(勃起不全)です。
特に精神面の変化は「性格が変わった」と周囲に受け止められがちで、うつ病や単なるストレスと混同されることがあります。しかし、うつ病と男性更年期は必ずしも同じではありません。
違いの一例として、男性更年期では朝方の気分が比較的良く、夕方に落ち込む傾向がありますが、うつ病では朝に気分が悪く夕方に上がる「日内変動」がよく見られます。とはいえ、両者が併存することもあるため、安易な自己判断は危険です。
■男性ホルモンを支える6つの栄養素
男性更年期を防ぐには、男性ホルモンの分泌を増やす必要があります。
男性ホルモンを作るためには、その材料となるコレステロールと、それを代謝・合成するための酵素や補因子(ビタミン・ミネラル)が欠かせません。特に次の栄養素は、日々の食事で意識して取りたいものです。ここでは、最も重要な6つの栄養素を紹介します。
①亜鉛(Zn)
亜鉛はテストステロン合成に必須な酵素の活性をサポートします。不足すると低テストステロン血症や、性欲低下、精子数減少が報告されています。牡蠣、牛肉、かぼちゃの種、大豆製品に多く含まれています。
②ビタミンD
ビタミンDはテストステロン分泌に影響します。また、精子形成や筋肉量維持にも関与し、免疫機能も支えます。不足すると血中テストステロン濃度の低下が報告されています。
③良質な脂質(オメガ3脂肪酸〔EPA・DHA〕)
オメガ3脂肪酸は、精巣の細胞膜の流動性を保ち、ステロイドホルモンの分泌環境を改善します。慢性炎症を抑えることでも間接的にホルモン産生をサポートしています。サバ、イワシ、アジ、サーモンなどの魚に多く含まれています。
■すべての土台になるタンパク質
④タンパク質
タンパク質は、筋肉・ホルモン・酵素すべての土台になります。卵、牛肉、豚肉、鶏胸肉、大豆製品に多く含まれています。
⑤ビタミンB群(特にB6・B12・葉酸)
ビタミンB群は、アミノ酸代謝や神経伝達物質の合成を介して視床下部―下垂体―性腺軸(HPG軸)を安定化させます。また、神経伝達物質を作り、気分の安定に寄与します。豚肉、レバー、卵、大豆製品、緑黄色野菜などに多く含まれています。
⑥抗酸化ビタミン(ビタミンC・E)
精巣の酸化ダメージを軽減し、ホルモン分泌環境を改善します。ビタミンCは、パプリカ、キウイ、柑橘類に、ビタミンEは、ナッツ、アボカドなどに多く含まれています。
■「家庭の空気」を整える食事メニュー
男性更年期は、本人だけでなく家庭にも影響を及ぼします。イライラや無気力は、夫婦関係や親子関係の摩擦を生みやすく、長期化すると家庭の空気全体が重くなってしまいます。
そこで、お勧めしたいのは、夕食を修復の場とする食習慣改革です。家族団欒の場でもある夕食で家族と一緒に取り組めば家庭内の空気も好転されることでしょう。
<ポイント1>糖質過多を避ける
血糖値の乱高下は感情の起伏を悪化させます。主食は精製度の低いもの(玄米、全粒パン)に変えてみましょう。
<ポイント2>高たんぱく・高ミネラルの一品を加える
<ポイント3>アルコールの習慣を見直す
過剰な飲酒はテストステロンを下げ、睡眠の質も悪化させます。飲酒代替の「お楽しみドリンク」と、体にやさしいおつまみを一緒に摂ることをお勧めします。
■これって更年期?「病院へ行くべきサイン」
次のような症状が2週間以上続く場合は、セルフケアだけでの改善は難しい可能性があります。
・原因不明の疲労や倦怠感
・強いイライラや抑うつ状態
・性欲や勃起機能の低下
・睡眠障害が慢性化
こうした場合は、内科や泌尿器科、男性更年期外来の受診を検討してください。血液検査でテストステロン値を測定し、必要に応じて生活習慣改善、漢方薬、薬物療法、そして「テストステロン補充療法(TRT)」などが選択肢となります。
ただし、テストステロン補充療法(TRT)には、注意点と副作用があります。TRTは、テストステロン値が明らかに低下している場合に有効性が報告されていますが、“副作用や長期的リスク”も指摘されており、慎重な適応判断が必要です。代表的なものは以下の通りです(国内外のガイドラインや研究報告より)。
1.赤血球増加(多血症)
テストステロンは赤血球産生を促進するため、血液粘度が上昇し、血栓症リスクが高まることがあります。定期的な血液検査でヘマトクリット値をチェックする必要があります。
2.前立腺への影響
前立腺肥大症の悪化や、前立腺がんが潜在的に存在する場合に増殖を促す可能性が指摘されています。治療開始前のPSA測定と泌尿器科的評価が必須です。
3.心血管系イベント
高齢男性や心疾患既往のある患者では、心筋梗塞や脳卒中のリスク増加を示唆する研究があります。
4.精子数減少・不妊
TRTは精巣のテストステロン産生を抑制するため、精子形成が減少し、一時的に不妊状態になることがあります。
5.その他の副作用
ニキビ・脂性肌、睡眠時無呼吸症候群の悪化、乳房の腫れ(男性乳房)など。
TRTは適切に行えば生活の質を改善する有力な手段ですが、「魔法の治療」ではなく、適応を満たす人に限り、定期的な検査と医師の監督下で行う必要があるというのが国際的な共通認識です。まずは栄養・運動・睡眠など生活習慣の土台を整え、それでも症状が改善しない場合に医師と十分に相談して選択することが大切です。
■食べ方ひとつで変わる、家族の未来
男性更年期は「年齢の宿命」ではありません。栄養・運動・休養という基本の土台を整えれば、多くの場合は症状を軽減できます。
特に食事は、毎日の積み重ねがホルモン環境を作る最大の要素です。
30代・40代から意識的に食習慣を整えれば、50代・60代での更年期症状を予防できる可能性が高まります。
そして、これは本人だけの問題ではなく、夫婦関係や家族の幸福度にも直結します。
「夫の食事を変えることは、家庭の未来を変えること」。今日の食卓から、その第一歩を始めてみませんか。
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梶 尚志(かじ・たかし)
梶の木内科医院院長
1964年生まれ、富山県出身。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部医学科卒業。医学博士。総合内科専門医、腎臓専門医として患者を診察する中で、通常の診察では解決できない「体の不調」に栄養学的なアプローチから治療と生活指導を行う。著書に『え、私って栄養失調だったの? その不調は病気でなく状態です!』『え、うちの子って、栄養失調だったの? その不調は食事で改善します!』(みらいパブリッシング)がある。
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(梶の木内科医院院長 梶 尚志)