■プロテスト未合格のまま、メジャー大会でベスト10
2024年シーズン、古家翔香はステップ・アップ・ツアーを中心にツアーに参戦していた。
シーズンのハイライトは、9月に開催されたソニー日本女子プロゴルフ選手権だ。予選会を突破して出場し、9位タイと堂々のベスト10入りを果たした。
この試合はアジアナンバーワンを決めると銘打たれたメジャー大会であり、すべての女子プロにとって大きな目標となる。古家はそのフィールドに立った131人の中で唯一、その時点でプロテストに合格していない選手だった。
国内女子ツアー、JLPGAでは2020年からツアーに参戦できるのはプロテスト合格者のみという制度改定を行った。つまり、毎年行われる最終プロテストに合格していなければ、メジャー大会はもちろんツアーでの試合出場はできない。古家もその意味においては、トーナメントに出場する資格を持たない選手だった。
■古家が使った“裏”ルートとは?
では、古家はどのように試合出場を果たしたのだろうか。その答えは、ティーチングプロ資格にある。
この競技会の上位15人には、ツアーでの出場権を決めるQT(予選会)に出場する資格が付与されるという制度がある。古家はいわばこの“裏”ルートを活用して、2024年シーズンのツアーに参戦することができたのだ。
2020年の制度変更以降、プロテストに未合格ながら、ティーチングプロの資格でツアーに参戦して好成績をあげた古家のような選手はいなかった。
彼女の戦いぶりは、プロテスト合格を目指している多くの女子選手たちのなかに、その時点でも国内女子ツアーで十分に活躍できるレベルの選手がいるということを示している。プロテストのレベルが年々上がっていて、毎年20位タイという枠は狭すぎるという主張は以前からあったが、古家の活躍はそれを裏付けるものだった。
このユニークなキャリアで、彼女は小さくない注目を浴びることになり、また現行制度の在り方についても、改めて考えさせられる契機となった。
■最初のプロテストに失敗し、挫折を経験
古家の競技キャリアは、それほど輝かしいものとは言い難(がた)い。とはいえ、アマチュア時代に日本女子アマ、日本ジュニアに出場したほか、国内最高峰の大会、日本女子オープンにも出場を果たしている。決して悪い選手ではないのだが、歴代のタイトルホルダーが群雄割拠するプロゴルフの舞台ではやや物足りない。
プロテストにも古家は苦戦する。
全く通用していないわけではなく、むしろこのカテゴリーの選手としてはかなり優秀な成績なのだが、それでもなかなか合格を掴めずにいた。
■「数カ月ゴルフをやめたこともあります」
「自分はどちらかというとプロテストに苦労した選手です。やめたい、と思った経験もあるし、実際に数カ月ゴルフをやめたこともあります。同じくらいの立場だった同い年の選手が合格したりするのを意識もしていて。周りの期待もあるし、他の選手と比較もされます。
だから、プロテストを受け続けるのは、かなり精神的にしんどかったですね」(古家)
初めて受験したプロテストでは、最終テストまで進出しながら不合格となり、大きな挫折感があったという。2度目のテストでは、周囲の選手のレベルの高さを目の当たりにして、自分が合格する水準に達していないことにショックを受けた。不合格を重ねるうちに、古家は精神的に追い詰められていった。
古家に限らず、不合格になった選手はモチベーションを維持するのに苦労するケースは多い。
■栄養学や名刺作法も学ぶ「ティーチングプロ資格」
プロテストで大きな挫折を経験し、ゴルフを辞めることまで考えるようになった古家に「プロテストがダメでもティーチングプロもあるよ。ゴルフは辞めなくてもいいし、そこから道が拓けることもある」とティーチングプロの資格取得を勧めたのは父親だったという。
プロゴルファーの資格は無数にあって、一般ゴルファーにはわかりにくいのだが、JLPGA(日本女子プロゴルフ協会)に限って言えば、プロ資格は大きく分けて2つある。
いわゆるプロテストを合格して得られるツアープロのためのプロ認定資格とレッスンプロのためのティーチングプロ資格である。
この2つの資格には大きな差があり、良いスコアを出す、いわゆるゴルフの技量という点では、無論ツアープロたちに分があるのだが、代わりにティーチングプロ資格では、レッスンに必要なより基礎的なゴルフ知識や指導方法を学ぶことができる。栄養学や名刺作法などの講習もあり、ライセンスの取得には3年間の講習が必要だ。
■貴重な3年間を費やしても実りがあった
ツアープロを目指す20代の時期にとって、3年という期間は長い。その時間やエネルギー、そして費用を練習に費やしたいとティーチングプロ資格の取得を諦める選手は少なくない。
しかし、古家はこの資格取得の期間のことを楽しかったと振り返る。講習から得る知識は学ぶものが多く、同期とともに切磋琢磨することに実りがあったという。
「ティーチングプロを受けて、これまでのプロテスト合格だけを目指す生活から、それだけではない生き方を学べて、別のかたちでゴルフに携わっていけるんだと感じることができました。それで練習にも心の余裕が生まれてきたと思います」と古家は振り返る。ともに講習を受けた同期たちが、活き活きと活動しているのにも刺激を受けたという。
■“何者でもない”立場からの脱却
プロテスト合格を目指すゴルファーは、社会的な身分としては不安定だ。プロテストには受かっていないが、企業のサポートを受けている選手も多く、その場合、当時のルールではアマチュア資格を失っていた。ツアープロでもなく、アマチュアでもない存在だ。
そんな選手たちも周囲の期待があり、同じ立場の選手と常に比較される。その中から、ひとりまたひとりと合格を果たしていき、それに加えて毎年新しい有力な選手が現れるので、競争は年々熾烈なものになっていく。古家もそうして選手のひとりとして、周囲のプレッシャーや他の選手の活躍を意識していた。プロテストを受け続ける道程はかなり苦しいものだった。
2023年に3年間の講習を修了し、古家は晴れてJLPGAティーチングプロの資格を取得した。
人間は不安や恐怖を感じると、良いパフォーマンスを出すことはできない。例えば、同じ幅のつり橋を渡る場合でも地上からはるかに高くなれば、自然と足がすくみ思うようには動けなくなる。その一年間のみならず、自分の人生をかけてプレーするプロテストでは、練習のようにリラックスしてプレーすることはできない。単純なゴルフの技術とは別の精神的な強さもまた求められるのだ。
ティーチングプロ資格取得によって、古家の心に余裕が生まれ、競技に挑むうえでも良い影響が出たことは想像に難(かた)くない。それは2024年シーズンのツアーでの活躍とも無関係ではないだろう。
■「正しい努力」をして伸びた選手
古家の技術的なコーチである宮崎太輝プロは、拠点をニューヨークに置き、スタックアンドティルトという技術体系を学びながら、主に現地でレッスンをしているという異色のプロコーチだ。PGAオブアメリカのメンバーであり、日米を股にかけて活動している。
2021年の終わりごろから古家を指導する宮崎プロは、彼女を「正しい努力をして伸びた選手」と評する。
最初の印象は、それほど良いものではなかった。飛距離が特に出るわけではないし、ショットにキレがあるわけでもなかった。
しかし、古家は「言ったことを全部やってくれた」(宮崎プロ)選手でもあった。最初のレッスンで課題を出したところ、古家は地道にその課題に取り組みつづけ、4カ月後には理想的なクラブ軌道を描くスイングへと変貌していた。
宮崎プロもその改善ぶりに驚き、これなら上を狙える選手になれると思ったという。
「努力はどんな選手もしています。でも私から見ると、妥当な努力がちゃんとできているかというと、そうでない選手が多い。翔香ちゃんは、運動として合理的な正しい努力を積み重ねることができれば、これだけの成長ができるということを示してくれました」(宮崎プロ)
その言葉が示すように、22年の春先から早くもミニツアーで勝利するなど、古家の競技成績は向上しはじめた。本人はもともと曲がらない選手だったというが、ショット精度が向上し、飛距離も伸びていった。
■次こそ合格すると臨んだプロテストだったが…
2024年シーズンは、2部ツアーにあたるステップ・アップ・ツアーをほぼフル参戦した。13試合を戦いトップ10は4回。実力のバロメーターとなる平均ストロークは、このカテゴリーで堂々の6位をマークした。
前述の通り、9月のソニー日本女子プロゴルフ選手権では予選会を突破して9位タイ。ティーチングプロの資格でも、堂々とツアーで戦えるところを証明してみせた。古家も自身の着実な成長の手応えを感じていただろう。
同時に受験していたプロテストも順当に最終テストまで進出。会場となる大洗GCはゴルファーとしての総合力が求められる国内屈指の名コース。わずか1打差の21位タイで敗退した一昨年と同じ舞台だった。無論、相性は悪くないはずだ。
しかし、それ以前から少し調子を崩していたこともあり、意外な苦戦を強いられる。最終プロテスト20位タイという合格ラインに対して、3日目を終わって41位タイとやや厳しい状況だった。
「(ツアー参戦の経験も積んで)今年はさすがに緊張もプレッシャーもないかなと思っていたのですが、周囲からも今年は合格するだろうという目でみられていたこともあり、凄いプレッシャーに襲われてしまって……。プレー中もかなり緊張していました」(古家)
■薄氷の合格に2度号泣した
最終日は1アンダー「71」と盛り返したものの、ホールアウト後は不合格と思い込み号泣した。ホールアウト直後のインタビューも不合格を前提としたものだった。
ところがそれまで合格圏にいた選手たちもスコアを落としはじめ、結果的に合格ラインが下がってきた。「ひょっとしたら合格するかもしれない……」と古家もにわかに緊張したという。
結果的に古家は19位タイで見事合格。この年の合格ラインとなった4オーバー、19位タイはなんと8人もいて、そのうち2人がどこかで1打伸ばしていれば他の6人の合格はなかったという薄氷の結果だった。
これでもうプロテストを受けなくて済む、と思うと合格後にまた号泣した。その涙は、彼女にとって過去のプロテスト挑戦がどれほど苦しいものだったかを物語っていた。
■初期の練習を今でも欠かさず続ける大切さ
何度もプロテストに落ちたことで、得たものはあったのだろうか?
「(少し考えてから)ないですね。プロテストは本当に特殊で。でも遠回りしたことで、出会うことができた人達がいるので、それは良かったなと思います。でも、テストに受からなくて良かったことはないですね。
普通の試合は楽しいんです。トライアンドエラーがあって、成長する過程もいい緊張感も楽しむことができるんですが。プロテストは試合ではないものなので。本当にプロテストだけは別なんです」
プロテストだけは二度と受けたくないという合格者は少なくない。古家もまたそういうプロの仲間入りをしたわけだ。もっとも、不合格であっても二度と受けたくないと感じている選手もあるいはいるかもしれない。
プロテスト合格後、QT(予選会)直前の練習で、古家は長い時間を費やして、フルスイングではなく小さなスイング幅での練習を繰り返していた。これはスイング軌道を整えるためのもので、宮崎プロに指導を受けた初期から続けている練習だ。
テストに合格した、いわばイケイケの時期であっても、こうした地道な練習を重ねられるのが古家の強みだろう。それが「正しい努力」であることを理解しているからだ。
プロテストに合格したルーキーイヤーとして迎える2025年シーズンも古家はステップ・アップ・ツアーを戦っている。8月の山陰ご縁むす美レディースは、優勝争いの末、最終日に崩れたものの7位タイと奮闘した。努力と経験を積み重ねて、きっとこれからも成長を続けていくだろう。
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コヤマ カズヒロ
ゴルフライター
1974年生まれ。ゴルフトレンドウォッチャー。1999年に大手ゴルフショップチェーンの立ち上げに参加。以降、ゴルフ用品小売を中心に製品開発・マーケティングなどに従事。2012年からライターとして、雑誌・WEBメディア等に寄稿。21年にYouTubeチャンネル「コヤマカズヒロのゴルフ批評」を開設。
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(ゴルフライター コヤマ カズヒロ)